第157話 クメニギス国内へ
「こちらになります」
ホテルマンにレストランまで案内されると、ウェイターにテーブルまで案内される。このレストランはすべてのテーブルがお互いが見えないように工夫されているため、今この空間にいるのは俺とリン、ノエルだけとなる。
(まぁ正直この二人以外はあまり、な)
現在、俺が泊っている宿はキビルクスでも有数の高級宿なので、食堂でバカ騒ぎなどした暁には部下を御しきれないという風評を得てしまう可能性があった。一応はそれぞれ個室のようになっているため視界には入らないのだが音の面はそこまででもない。なので今回連れてきた兵士たちはそとの大衆食堂とかで飲み明かしている。
(ほんと、騒ぎだけは起こしてくれるなよ)
父上に同行したことがある者だけを連れてきたので、そこまで心配はないと思うのだが。アルコールが入ると人は何をするのかわからないから怖さがある。さすがに旅先で不祥事などはごめん被る。
「こちらが今晩の料理になります」
一人の給仕が料理の皿を運んでくる。
「お前たちは座らないのか?」
リンとノエルは背後に立っている。一応はテーブルに余りの席もあるのだが、そこに座ろうとはしない。
「護衛ですので」
「侍女ですので」
このように堅苦しい態度を取る。普通に考えればこれが従者しては正解なのだが、多少の話声なら周囲には届かない。一人で黙々と食事をするのは少々味気ないので会話相手になってほしいのだが二人には期待できない部分だった。
(セレナやクラリスがいればもう少し楽しめるのだが………それはそれでうるさくなりそうだな)
それからは黙々と食事を済ませて部屋に戻り、再び鎌を取り出す。
「どう検証するべきか……聞いてみるか」
心当たりがあるであろう相手に連絡を取る。
『あははははははは』
「笑いすぎだ」
通信機の先で笑い声を上げているのは現ノストニアの王、アルムだ。
「それで、幻覚の話だが」
『ああ、それは君のアルカナが拒絶しているんだ』
「拒絶だと?」
『ああ、契約は一人一つが限度なんだよ。そしてほかのアルカナは使用できなくなる』
「そんなこともらった情報にはなかったが?」
『いやだってさ、こんな短期間に他のアルカナ、それも所持者がないものを見つけると思う?普通に考えてあり得なかったからさ』
まずありえないだろうから書かなかったらしい。
「じゃあ、俺には他のアルカナは使えないんだな」
『その通り』
となると大鎌は亜空庫の肥やしになる。
『でもすごいね、君の周囲に【定められた者】がいるのか』
おっと、また、聞いたことがない言葉が出てきた。
「定められた者ってのは何だ?」
『うん?アルカナに認められた者のことを言うんだよ』
「……それじゃあまるで、アルカナに意志…が……」
“汝、神秘の十六番目たる、【塔】の契約者足りえるか”
“汝に我が神秘の欠片を与える資格を見た”
“破壊、破滅、崩壊、災害を引き起こす【塔】の神秘アルカナ、汝との契約を遂行する”
『資格を
それは意思を持っている言い換えてもおかしくない。
『うん、あるよ。アルカナは自分で契約者を見つけに行くんだ。かく言う僕も、君もね』
ダンジョンの報酬で出たのだが、それすらも必然だと言う。
『要点だけで言うと、君は他のアルカナは使えない、君の近くにそのアルカナの契約者が現れるということさ』
「根拠は?」
『古文書に書いてあっただけだからね、信じるも信じないもご自由に』
「……」
そう言われたら何も言い返せない。
「ちなみにだがアルカナの契約者を探す方法とかはないか?」
『う~ん?そんなこと聞いたことないね、コンコン、やば、じゃあ僕はこれ、陛下!!あれほど書類をまとめ』ブツン
「……」
最後にアルムの本性を垣間見た気がする。
「確かめるすべはないか………仕舞っておこう」
この事はいったん忘れよう。
(忘れるなら寝るのが一番だ)
大鎌を仕舞ったら、そのままベットに入り込む。
「さて、準備はいいな?」
「「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」」
翌朝、キビルクスの西門に全員を招集してみると誰一人として酔いつぶれていなくて安心した。
「では、鐘が2つなるタイミングで出発する、それまでに各々積み込みを済ませておけ」
指示を出し、出発の準備をする。騎士たちは自分の荷物を馬車に詰め、班を作り出発に備える。
「バアル様」
声がするので、振り向くと、そこにはレイン嬢が来ていた。
「昨日ぶりですね、今日はどうしましたか?」
「はい、せっかくなのでお見送りをと思いまして」
「ありがとうございます」
「それと私からの一つお礼を」
「お礼?」
はて?何かした覚えなどないが?
「私が騎乗したことを黙ってくださってありがとうございます」
その件か。
「もしかしたら、明日に大目玉を喰らうかもしれませんよ?」
「いえ、父ならばすぐさま行うでしょう、それが無かったので約束を守ってくれたのがわかりました」
どうやらあの事がばれると、本当に困るようだ。それならばしなければいいとも思うがそこはレイン嬢の我慢しだいだろう。
「そこまで怒られたくないなら騎乗しなければいいのでは?」
「……まぁそうなんですが」
レイン嬢の歯切れが悪い。
「お嬢様は楽しんでおられるのですよ」
「楽しむ?」
「はい、幼少の頃は本当にお転婆で、目を離したすきにいなくなり、探し出すと厩舎にて馬に乗って遊んでおりました」
「しぃーーー」
レイン嬢はすぐさまメイドの口を塞ごうとするが身長が足りず片手で抑えられている。
「へぇ~」
「うそ!嘘ですからねバアル様!」
後ろを見るとメイドさんが全員首を振るっているので嘘ではないのがわかる。
「談笑のところ申し訳ありません」
「どうした?」
「準備が整いましたので報告を」
「そうか、ではレイン嬢この二日間はお世話になりました」
「いえいえ、バアル様の旅のご無事を願っております」
こうしてキビクア領からクメニギスに向けて出発した。
キビクア領とクメニギスの国境は幅広い谷によって形成されている。それも一つではなく幾重もの谷が存在しており、その深さは底が見えないほど。備えなく入ろうとしたものには必ずと言ってもいいほど死がやってくる場所となっている。
ここを渡るには一度谷を降りて渡るか、作られた橋を渡るしかない。
そして国境はちょうどその橋の上となっている。
「次の者!!」
最後の谷の橋では国境を守る騎士団が見張りをしている。
「失礼だが、この馬車は?」
「こちらはゼブルス家嫡男、バアル様のお乗りになっている馬車です」
「なるほど、目的はなんですか?」
「今年からマナレイ学院の留学ですので、そのために―――」
馬車の外で御者とクメニギスの兵士とのやり取りが聞こえる。
「ちなみに入国してからどのようなご予定を?」
「オウィラの町にマナレイ学院の使いの者がきているそうなので、そこで我々ゼブルス家の兵士は戻ってくることになっています。残念ながらバアル様の予定となると我々には不明です」
「ふむ、ありがとうございます。では入国証を発行いたしますので少々お待ちください」
先ほど御者が言った通り、最初の町に訪れるとそこで、今回の護衛とはお別れだ。
そこから先はマナレイ学院の使者と行動を共にしていくことになる。
「失礼します、どうやら少々お時間が必要なようです」
「わかった、どれくらいか聞いたか?」
「この人数ですと、一刻は必要になるとのことです」
つまりは30分程度か。
「それぐらいなら問題ない、さすがに一日とか言われたらどうしようかと思ったがな」
ということで30分ほど待つことになるのだが。
「「「………」」」
俺は本を読み、リンは刀の手入れをし、ノエルは目を閉じてじっとしている。
誰かがしゃべることなどなく、ただただ静謐な空間が出来上がっていた。
コンコンコン
しばらくすると扉がノックされる。
「バアル様、通行許可証が来ました」
「わかった、では出発しろ」
「はい」
ようやく橋を渡ることができた。
それから1日かけてようやくオウィラの町に到着する。
「では、皆は宿で待機していてくれ」
「わかりました」
俺たちの馬車だけは宿の進路を外れて領主の屋敷に向かう。
「お待ちしておりました、グロウス王国ゼブルス公爵家嫡男、バアル・セラ・ゼブルス様で合っていますでしょうか」
領主の館に入ると、すぐさま執事がやってくる。
「馬車の紋様を確認すればわかるだろ?」
ゼブルス家の紋様は二本の麦に巻き付いた大きな翼の生えた蛇が描かれている。
(蛇はどう考えても豊穣とは真逆のイメージだが)
前世でもあったが動物のイメージとご利益のイメージが合わないものが多々ある。
(どう考えても父上と蛇は合わない……)
どちらかと言うと子豚や太った猫といったイメージの方がわかりやすいだろう。
「これは失礼しました、それではご案内します」
館内に通されると応接室に通される。
(……男爵としては可もなく不可もなくか)
室内や道中の装飾、ここに来るまでの町の活気から平凡という評価になる。
(とはいっても表面上だけの評価だからそこまで明確にはできないな)
とりあえずは出された紅茶を飲みながら時間が過ぎるのを待つ。
「いや~お待たせしまして、申し訳ありません」
部屋に入ってきたのは、日焼けした肌に幾重にも傷跡が付いている、現役バリバリの軍人のような人物だ。
「……オウィラ男爵で合っているか?」
貴族のイメージと離れすぎてて、こう聞いてしまった俺は悪くない。
「はい、ゴルト・マク・オウィラと申します」
そう言って綺麗な礼をする。
「ああ、すまん、さすがにこっちの貴族の顔は把握していなくてな」
「わははは、儂の顔つきからしたら皆同様に驚きますよ」
何事もないように笑ってくれる。
それから雑談でお互いの距離感を確かめる。
「儂は平民上がりの貴族ですので、貴族の何たるかなど知らないのです。今も知り合いに人だけ送ってもらい、何とか領地を経営しているにすぎませんぞ」
「別にそれでもいいと思うがな」
「ほぅ」
男爵は続きが聞きたいという表情をしている。
「貴族に必要なのは領地を繁栄させること、それさえできればあとはどうでもいい些事でしかない」
「はは、そうか些事であるか」
すこし嬉しそうな表情をする。いろいろな苦労があるのだろう。
「もちろん、その繁栄する手段としてほかの領地と友好的に接して盛り上げていくという手もある。というよりも、ほとんどがその方法を取っているのだがな」
「これは、耳が痛いですな」
反応を見る限り、そちらは上手くいっていないようだ。
「できれば、そちらの面でもご教授してもらえば」
「こればかりは頑張れとしか言えない」
隣接している貴族が血統貴族ならば平民上がりの男爵を快くは思わないだろう。
こればかりは時間が経って一応でも貴族として認められるほかない。
逆にある程度好意を持ってくれているなら、むしろ俺が言うことは何もない。人材を派遣してもらっていることから、表面上だけでもきちんとはしているから大丈夫だとしか判断できない。
「それで、本題に入りたい」
「おっとそうでしたね、そろそろ来るはずなんですがね」
アウィラ男爵がそう告げると同時に、扉が開かれる。
「こちらにマナレイ学院行きのバールさまはいるかな?」
入ってきたのは紫色の髪を後ろに無造作にまとめている女性だ。素材は良さそうなのだが磨いてないのが一目でわかるので社交界で噂はされるが花にはなれないタイプの人種だろう。服装もどこか着崩れていている。外見からしておそらくは20代前半ぐらいの年齢。
そして何より、違和感があるのがその気配だ。
「俺がバアルだ」
「……へぇ~、君もか」
相手側も俺の気配に気づいたようだ。
「今回、学院からの使いに抜擢された、ロザミア・エル・ヴェヌアーボだ。ロザミアと呼んでくれ」
「ヴェヌアーボ?」
聞いたことがない家名だ。
「君は他国の大物だろう?私たちの国が荒れているのは知っているかい?」
「多少は」
言いたいことが何となく理解できた。
「ヴェヌアーボ伯爵家は遠縁だけど学院創始家の縁戚だ。なのでどの派閥にも入っていなくて、政治にも関与しない、だから私が選ばれたんだ」
俺は今この国からしたら近しくなりたい存在、そこで使者に選ばれた者は距離を近づけることができる。
だが学院の理念から政治と結びつけるのはどうか、ということで政治にもかかわっていないヴェヌアーボ家の家系から使者を選出したということらしい。
「ということでよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
すると顔を近づけて耳元でささやく。
「よかったら君についても教えてくれよ」
「機会があったらな」
これにて顔合わせは終了した。
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