第156話 アルカナの出現

 翌日、クメニギスへ行くための物資の買い出しをするのだが。


「ここが一番質がいいですよ」


 どうやら本日もレイン嬢が案内してくれるようで、朝から宿にいてガイドを買って出てくれた。


 そして現在キビクア家で大店の食料取扱店にやってきていた。


「たしかに、肉の質はいいな」


 屋根からつるされている食肉からは微かにだがおいしそうな匂いがする。


「ここにある肉はすべて、特別な育て方をしている家畜から取った最高級の食肉です」


 肉を眺めていると店員が説明してくれる。


「値段は?」

「このひと固まりで銀貨1枚となります」


 大体300gほどの塊で銀貨一枚。


 この世界では安定して肉が取れないので比較的に割高になるのだが、この値段は別段に高い。


「残念だが、今回はクメニギスに行く道中の食料を求めているんだ」

「さようですか……でしたらこちらの燻製肉はいかがですか」


 次に見せてくれたのは別の場所に置かれている燻製肉だ。幾段か質は落ちるが、それでも普通よりも品質がよさそうだった。


「こちらでしたらクメニギスの道中なら安全に食せます、さらにはお値段もお手頃です」


 こっちだったら300gの塊で大銅貨2枚。


 確かにこれなら長期の移動に最適だ。


「ただお貴族様の舌に合うかは保証しかねますので、ご了承くださいませ」

「味見はできるか?」


 そういうと端っこを少しだけ削り取ってくれた。


「…なるほど」


 少し塩味が強く効いている。おそらくスープなどに入れるなら上手く調理できるだろう。


 それからは野菜やドライフルーツ、塩や馬の飼料も買い込む。


「ではこれより、馬車の積み込みに入り込みます」

「ああ、見張りも忘れるなよ」

「はい」


 買い込んだ物資は続々と兵士たちが運んでいく。


「?なんか?変な馬車ですね」

「まぁ冷蔵庫を内蔵していますからね」


 馬車の内の数台は冷蔵庫を内蔵しており、長期の食料保存を行わせている。こうすることで長距離物資を運び込むことが可能となっている。


「さて、あとは各々好きにしていい、だが、朝には集まるようにしろ」

「「「「「「「はい」」」」」」」


 クメニギスへの準備が整ったので護衛や御者には明日まで休暇を与える。


「リンとノエルも休暇が欲しければ与えるが?」

「いえ、問題ありません」

「私も」

「了解」

「では市場に行きませんか?」


 二人とも休みはいらないというと、レイン嬢の提案で二人と引き連れて、キビルクスの市場に行ってみる。










「今日は何かの催し物をやっているのか?」


 眼前には広場一杯に布が敷かれて様々なものが売られている市場が見通せる。


「これは月に一度の緑浄祭といいます」

「……趣旨は?」

「まあ大雑把に言うと、この日だけこの広場内での商売には税がかからないという物です」


 つまりフリーマーケットだ。


 税をかけてないという点では楽市楽座か。


「もちろん、出店するには許可が必要ですよ。きちんと問題ないと判断された物と決まった量しか売れないですから」


 まぁ市場を荒らされたらたまらないからな。


 たとえば大きな取引をこの日に行うとする、そうすれば商人は利益のすべてを懐に入れることができる。そんなことが許容されてしまえば、事前に話し合いだけしてこの日にすべての決済を行えば一切の税を払わなくていいことになってしまう。


(為政者からしたら断固として拒否だな)


「さぁ楽しみましょう」


 レインはその思考を理解しているのか少し疑わしいが、当主でもないし、それに携わる人材でもないのでどうでもいい。


 広場に入ると主にレイン、リン、ノエル、メイド二人が中心となって市場を進んでいく。


(やっぱり小物売りが多いな)


 売り場を眺めていると約半分は装飾品が占めていると言っていいほど、それしか売ってない。


 ほかには布や古着、櫛、ほかには使わなくなった武器や防具が売られている。


 割合としては4割が装飾品、3割が皿などの日用品、2割が布や古着、1割が使い古された武器や防具といったぐらいだった。


 一応屋台とかもあるのだが、そちらは広場というよりも端っこにあり、どうやら課税対象みたいだ。


(まぁ装飾品とかは売るのに最適だしな)


 いつもは課税の対象になっており、少しだけ値上がりするので普通は買わないのだが、この緑浄祭では税を掛けずに売れる、つまりは値下がりする。となると当然お得と考えて消費者の財布は緩んでいく。そして買われたアクセサリーの良さが広まれば、名が売れて、さらに売れるという好循環が生まれる。


 それゆえに職人は今日のために力を入れている。


 もちろんこれはいい品を作れることが最低条件となっているが、やはり売れやすいのは確かだ。


 その流れはかなりの女心を掴むようで。


「やっぱり、リンさんは淡い緑色が似合いますね~」

「そうですね、髪が黒色で緑黄色はとても映えます」

「それでしたらもう少し服装を明るい色にしてみてもいいですよ」

「そうそう、もう少し飾り付けしなきゃもったいないわ」

「あ、ありがとうございます」


 なにやら一つの場所でリンが四人に囲まれている。


「ど、どうでしょうか?」


 緑色の鳥型の髪留めを付けたリンが戻ってくると、緊張しながら感想を聞いてくる。


「ん?似合っているぞ」

「あ、ありがとうございます」


 すぐさま四人の輪の中に戻っていく。


(…………さすがにあの感情は理解できてしまうな)


 だが何も言うことはない。


 俺がその感情を持つことは―――












 それから女性主体で市場を周るのだが。


「…………ん???」


 四人の後に続きながら市場を散策していると、面白い気配がする。


「いや、まさかな………」


 あり得ないと感じても自然と足がそちらに向いてしまう。人混みをかき分けて奇妙な気配を辿ると、やってきたのは少し外れにある敷物の売り場だった。


「…………」

「なんだい?この大鎌が気になるのかい?」


 シーツの一部に置かれているのはバカでかい大鎌・・だ。全体に黒く、所々に紅い脈のような物が浮き出ている。


「婆さん、これ・・どうしたんだ?」

「ん?これかい?倉庫をあさってたら偶然あってな」

「…………これが?」

「ああ、ただ、少し妙でね、こんな大鎌買った覚えはないんだけどねぇ」


 話を聞いているといつの間にか倉庫にあったらしい。


「婆さんが買ったのを忘れているだけじゃないのか?」

「そうかねぇ?」

「まぁその年だし、覚えてなくても何もおかしくないよ」

「失礼だね、あんた。冷やかしならとっとと離れな」

「すまん、すまん、じゃあお詫びにこの大鎌を買うよいくらだ?」

「………大銀貨7枚でどうだい?」

「失言したからその値段でいいよ」


 婆さんは吹っ掛けているのだろうけど、その価値を知っている身からすればもはやゴミ同然の値段だ。


「しかし、物好きだね、そんな草刈りに使えなさそうなのを買うなんて」

「まぁかっこいいからね」


 それからはお金を払い、とある大鎌を手に入れた。









「バアル様!!!」


 とある気配を辿る際にはぐれてしまっていた。一応報告は覚えていたため、すぐに引き返すと合流することはできたのだが。護衛であるリンからしたら俺の行動には怒りを覚える部分があったのだろう。


 その表情か鬼気迫る顔になっており、少しだけ怖かった。


「まぁ問題ないからよ「くないですよ!!なぜ護衛がいるのかお考え下さい!!確かに並大抵の相手ではバアル様にはかなわないでしょう!ですが汚い手を使われたらどうするつもりですか!何のために解毒できる私がいるとお思いですか、バアル様はよく屋台で飲み食いをなされますが、その際に解毒役が必要なのはご理解しているでしょう!!ほかにも――――」」


 それからはかなりの精力を削られる説教をされた。


「ということで、これからは私や護衛を引き連れて行動してくださいませ」

「ハイ、ワカリマシタ」

「………それで何をしていたのですか?」

「いや、実はな」


 リンとノエルだけを連れて人気のないところに行く。


 亜空庫から例の大鎌を取り出す。


「これって………」

「ああ、あいつが持っていた大鎌だ」


 リンと合流する前にモノクルで鑑定してみたのだが…


 ―――――

 命刈ノ死鎌“タナトス”

 ★×8


【ⅩⅢ死神】


 アルカナシリーズの一つ。命刈る鎌は存在を持たない。いつの間にか現れ、いつの間にか体に触れ、いつの間にか冥界にいることになる。

 ―――――


 まさかのアルカナシリーズの武器だった。


(外見もヴィクスが持っていた時のまんま………なんであの婆さんの倉庫にあったかは謎だが、なんにせよいいものが手に入った)


 なにせ物を透過して直接肉体に攻撃できるんだ、どれほど有益かは理解できるだろう。


「まぁこれの検証は後回しだな」

「…………」

「どうした、ノエル?」

「あ、いえ、何でもありません」


 そうは言うが視線がずっと鎌に吸いついている。


「ほらさっさと行くぞ、変に勘繰られたらたまらん」

「「はい」」








 日が暮れ、市場が閉まると手配していた宿に戻る。


「今日は楽しかった、感謝する」

「いえ、こちらも楽しかったです」


 案内してくれたお礼を言い、手配した宿の前でレインと別れる。やや淡白な気もするが、正直それほど親しい仲でもないのでこれぐらいがちょうどいいと割り切る。


「おかえりなさいませ」


 宿に残っている騎士が出迎えてくれる。


「今戻った、ほかの奴らは全員いるか」

「……いえ、ほとんどが未だに帰って来ておりません」


 まだ日は出ているし、遊んでいるのだろう。


「騒ぎを起こした奴は報告しろ、明日に影響しそうな状態の奴も報告しろ」

「了解です」


 騎士に休息させるように指示すると部屋に戻り、先ほどの大鎌を取り出す。


「やっぱり大きいな」


 少々手に余るサイズだ。バベルは成長に合わせて長さが変わっているおかげで、今の体格にベストな長さを取ってくれている。


「(さて、どんな具合なのか)ふん!」


 ブン!


 ガッ


「は!?」


 試しに振ってみたら壁に突き刺さった。


(なんでだ?)


 収穫祭のダンジョンではリンの刀を透過して攻撃で来ていた、だがそれはこの武器の特性ではないようだ。


「となるとバベル同様に武具のアーツか」









 ちなみにだが武器に備えられているアーツは、持ち主のLvやスキルに関係なく、魔力さえあれば使用できてしまう。


 種類は多様で、唯一の物から一般的に使われているアーツもある。


 リンの『風辻』や『嵐撃』、バベルの『神罰』や『怒リノ鉄槌』が最たる例だ。










「一度使ってみるか」


 デスサイスに触り魔力を流そうとするのだが。


 パァン!!


 腕が破裂する幻覚が見える。


「っ!?」


 瞬時に手を放す。


「今のは……(偶然…じゃないよな)」


 あんな鮮明な幻覚、普通に見ることなどないはず。明らかに異常な感覚だった。


(惜しいけど、亜空庫に入れっぱなしにしておくか)


 コンコン


「バアル様、いらっしゃいますか?」


 亜空庫に仕舞おうとすると扉がノックされる。


「何用だ?」

「食事の準備ができたとのことです」


 もう少しタナトスの仕様を確認しておきたかったが、時間なので亜空庫に仕舞い、食堂に向かう。

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