第150話 留学の案内

 研究発表の後、しばらく何事もなく普通の日常を過ごしていたのだが、とある日に学園長に呼び出された。


「失礼します」


 中等部学園長の部屋に入る。中には何かしらの本を読んでいる白髪の老人がいた。


「よく来た、ソファにでも掛けてくれ」


 学園長に言われて腰掛ける。部屋の中には様々な書状や、分厚い専門書などが飾られており、何とも言えぬ堅苦しさを与えてくる。


「それで、お話とは何ですか?」


 と言ってもこういった部屋には慣れているので気負うことなく本題に入る。


「実は古い友人からこれが届いてな」


 テーブルの上に手紙が置かれる。


「拝見します」


 承諾を貰い、手紙を開く。


「???クメニギスから手紙ですか?」








 クメニギス魔法国


 グロウス王国の西側に接している国で、魔法技術が盛んな国、そして高い魔法技術の発祥もと。


 地形は


 東にグロウス王国。


 北東にはノストニア。


 北は険しい山脈。


 南は海。


 西はフィルク聖法国、西南側には国の名前はないが蛮族の集落が存在している。


 農業はや工業はグロウス王国とさほど変わりないが、魔法技術だけは先んじられている。おもな工業は北の山脈地帯から、農業に関してはどこも大して変わらず、畜産などに関してはキビクア領に近い東部が盛ん。


 貴族制度もこの国と大差ない。


 グロウス王国と比肩を取らない領土の大きさと国力を持っており、表面上は穏やかな友好国だが、過去には何度も戦争した仮想敵国でもある。










 手紙には、そのクメニギス王家の印璽いんじが使われている。


「ああ、実はクメニギスの学院に知り合いがいてな、その友人が先日の発表を甚く気に入ってな」


 学園長の話を聞きながら、手紙を開く。


「マナレイ魔導学院長からですか」

「そうだ、私が学生だった頃、一時期向こうに留学してなそこで知り合ったんだ。手紙は、まぁ一言でいえば、留学の案内だ」


 手紙には先日の発表の件についての賞賛と、クメニギスの学院に来ないかという内容だ。


「学院については知っているか?」

「いえ、学院の名前はかろうじてという程度です」

「では話そう」





 マナレイ魔導学院、通称マナレイ学院、クメニギスの根幹と言ってもいい教育施設だ。


 高い教育性と幅広い魔法の研究を日夜行っている。


 魔法を学びたいのであればまずはここに行くべきだと知っている人は口をそろえて言う。








「まず学院の教育体制はグロウス学園高等部とかなり違った形を取っている」

「と言うと?」

「形式としてはまず学院に入ると研究室に入ることになる」

「研究室ですか」


 まずは学院に入ると研究室に入るか、新しく研究室を作るかの二択が取られるという。


「学院では多くの授業の中から研究のためになりそうな科目を見つけて履修していく。そして履修した科目の知識を生かし、定期的な成果発表会を行い、そこで成果を見せつければ学院から研究費を貰える」


 そこは部活と似たようなものだ。


「これが研究室の一覧だ」


 手紙の他に研究室の一覧が書かれた手紙が添えられている。


「どうだろう行く気はあるかい?」

「いくつか質問です、向こうに留学するにあたってこちらの学園はどうなりますか?」

「もちろん、こちらでも同じように進級基準を満たしていると認めよう」

「留学とおっしゃいましたが、期間は?」

「来年から中等部の卒業までと考えておる」


 つまりは来年から二年間ということになる。


「では最後に、向こうの政治状況についてです」

「う、うむ」


 クメニギスは三年前に王太子が死亡し、今でも継承位争いの真っただ中だ。


「話を聞いたところによると第三皇子が継承位争いから抜け、出家したとは聞きましたが?」

「その通りだ、だがまだ第二第四、第五王子と第一第三王女が継承位争いを続けている」

「そこに俺を放り込む意味をご存じで?」


 当然ながら他国の公爵家の嫡男が赴くんだ、どう考えても燃え盛る焚火に油を突っ込むようなものだ。


「ああ、その心配はないから安心しなさい」

「………心配はない?」

「そうだ、実はマナレイ学院は政治の場を持ち込めない特殊な場となっている」


 それから話を聞くと、三代前の国王が学院内ので政治闘争を禁止する令を発したらしい。


 その理由が国の発展を促す場所なのだが、一時期政治争いが活発になり研究が碌に進まなかった時代があったとかでいろいろ問題が起こったらしい。


「その時に有能な研究者のほとんどがボイコットを決めてな、そこから五年ほどは碌な活動などなかったんだ、それにしびれを切らしたクメニギス国王は貴族を一喝し、諫めたのだ」

「やけに詳しいですね」

「儂はその時マナレイ学院におったからのぅ」


 その時のことを知っている人間というわけだ。


「だから学院では、そう言う話は上がらないと思ってもらっていい」


 なので一応は安全だという。


「ふむ、少し考えさせてください」

「よかろう、できれば冬季休校までには返事をもらいたい」


 とりあえず返事を保留にする。











「ふぅ~~ん、留学のお誘いね」


 屋敷に戻り、イドラ商会の報告書に軽くを目を通しながら、学園長との内容をクラリスに教える。


「まぁいいんじゃない?私もこうして他国に来ている身だし」

「だが、俺が行く場合お前はどうするつもりだ?」

「ついて行こうと思うのだけど?」


 それはやめておいた方がいいだろうな。


「どうしてよ」

「どう考えても政治に巻き込まれるぞ」


 ノストニアの王族というだけで取り込みには掛かるだろうからな。


「確かに学院内では政治の持ち込みは厳禁だ、だが外はその限りじゃない」

「なるほどね」


 理解は示してくれる。加えて、俺は招待された身なので安全はあちらから約束されるが、クラリスが赴く際はその恩恵は薄くなるだろう。


「じゃあ私はこのまま学園に残るわね」

「いいのか?これを機に一度ノストニアに戻るって手もあるけど?」

「それじゃあ私がこっちに来た意味がないじゃない」


 クラリスがこっちに来たのは人族ヒューマンの体系や習性を学ぶためだ。言葉からしてまだ十分な情報を得られてはいないのだろう。


「私は残るとして、ほかはどうするの?」

「聞いた話だと、従者は二人までしか連れて行けないようだ」

「ふぅん、リンは連れて行くわよね?」

「ああ」


 護衛、毒などの警戒、秘密裏に動いてもらうなどにはリンが一番最適だ。


(実力はあるし、索敵もできる、解毒もできる、護衛としては最適なんだよな)


 となるともう一人のなのだが。


(知識があるセレナか、いや、あいつはやたらと学園にこだわりを持っているから無しだな)


 無理に連れ出して、心証を悪くするまでもない。


 連れて選択肢としてはラインハルト、ネロ、ノエル、カルス、カリン、その他大勢の騎士。


(個人的にあまり親しくない騎士は拒否したいな)


 相手からしたらお近づきに成れるから喜ばれるが、俺からしたら信用できない者を近くには置きたくない。


 ネロは論外、隠されているとはいえ王族の出だ、下手に誘拐されたら笑えない。


 ラインハルトは近々、100人隊を任されるそうなので、時期が悪い。


 となるとノエル、カルス、カリンの三択になるんだが。


「……ノエルだな」


 礼儀や実力、家事を鑑みればノエルが最適だ。


「そう、ギルベルトは選んであげないんだ?」

「いや、あいつはタダの庭師だろ」


 信用はできるが、アイツは護衛も索敵も無理だ。


「結構乗り気ね」

「まぁ、クメニギスの印璽が使われていては断りにくいからな」


 つまりは国からの要請、よほどの理由がない限り断ることはまず不可能だ。ただし弱国の場合は除く。


「じゃあ強制みたいなもの?」

「そうじゃないが、文面を見る限りはかなりの根回しをされてそうだ」


 発表の際に陛下と会って、意気投合としたと書かれている。


「まぁ相談してみるか」


 数日後には父上が王都に来る予定なのでそこでこの先の展望を考えるとしよう。












 数日後、農業大臣の任務で王都に来た父上と共に夕食を食べ、相談する。


「なるほどマナレイ学院からか」


 屋敷で今までの経緯を説明すると、うなる声が聞こえる。


「う~ん、本当は残ってほしいけど、状況がな~~」

「どういうことですか?」


 父上の口ぶりだと、行かなくてはいけない事情があるみたいだ。


「実はな―――」


 王宮内で様々な部署がゼブルス家に圧力を掛け始めたのが確認されたらしい。


 目的は中立派閥から勢力をそぎ落とし、圧力の影響を嫌がる貴族を取り込むこと。


「もちろん、バアルの逆鱗に触れない程度にだ」


 ゼブルス家の逆鱗に触れたら食料の圧迫の他に魔道具の使用停止が待っている。


 普通であれば虎の尾を踏まないようにするのだが、虎自体が鬱陶しいと感じる奴らもいる。


「東部と西部の境界線にいる領主に圧力を掛け、それぞれの派閥に囲い込みたいが」


 魔道具停止できる時点で仕掛けることができない。


「だからバアルが危ないんだ」

「……暗殺ですか」


 それで厄介な俺を排除暗殺しようとする動きがみられるわけか。


「それで少しの間、雲隠れとしてマナレイ学院に行けと」

「あと三年で両殿下は卒業する、そうすれば本格的に政争が始まる、それまでに両派閥は規模を拡大しようとする」


 そうなれば苛烈な手段を使うことも多くなる、だが苛烈な手段を取ろうにも南部に手を出せばゼブルス家が止める。


 それをさせないために俺を排除する。


 もし仮にそれが出来なくてもためらわせることができる。


「母上と二人はどうしていますか?」

「そっちは大丈夫だ、三人には常時100人の騎士を待機させているし、暗部の方も総動員している、さらには例の騎士団にも協力を頼んだから、万全だ」


 そこまですれば襲撃などには対応できるだろう。


 まぁ少しやりすぎな気がしなくもないけど……


「と言うことで少しの間バアルには不在になってもらい、それぞれ取り込み活動に専念できるようにしてもらう」

「中立派閥は多少縮小するが、取り込みに精を出している間は平和な時間が流れていくわけですか」

「ああ、それに他国と伝手を作るのもいいだろう?」


 父上は意味深な顔になる。


(中立派閥の縮小は本来、阻止すべきだ。だがそれをせず一時的にでも平穏な時間を確保する。これだけだったら南部貴族が削られるデメリットと俺の安全を確保するメリットしかない)


 だがこれではデメリットの方が多すぎる、メリットも一時的に休学でもして領地に引きこもれば済む話だ。


 となるとデメリットを起こす価値があることがなければいけない。


「………」

「………あ、そういうことですか」

「さて、分かったところでマナレイ学院の研究室の一覧を調べておきなさい」


 父上との話し合いで方針が決まった。

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