第151話 キラキラした世界
「へぇ~、マナレイ学院に留学か~」
同好会の部屋でフルク先輩に留学のことを話す。
「ええ、なので俺が学院を卒業するまでは研究機関に関しては先輩一人でやってもらう」
あと二年、つまりは学園を卒業するまで留学するつもりなので当然ながら研究機関には顔を出すことはできない。となれば当然ながらフルク先輩一人に研究機関を任せることになる。そのことを告げると書類を整理していた先輩は固まる。
「うぅ~~ん」
セレナが同好会の机で頭を抱えている。
「行ってみたいけど、今からの学園が面白いのに」
「別に無理に来る必要はないぞ、何だったら夏季休校とか使って遊びに行ってもいい」
「あ、そうですね」
セレナは案の定、学園に残るつもりだ。
「じゃ、じゃあぼくはどうすれば!?」
正気に戻ったフルク先輩が慌てる。
「とりあえず、同好会同様にスキルについて調べてくれ」
「わ、わかった」
そのまま資料整理に精を出してもらう。フルク先輩一人ではそれぐらいしかできないだろう。
「にしても色々あるのね~」
クラリスは研究室の一覧を見てつぶやく。
「で、どこにするの?」
「そうだな、『雷撃研究』や『魔法陣研究』『刻印研究』『魔獣研究』………いろいろあるな」
約100もの研究室の名前が記載されている。
「どのようにして選ぶのですか?」
リンが一覧をのぞき込みながら聞いてくる。
「そうだな、もちろん有益そうなのがいいんだが」
「有益ねぇ~、なら雷系の研究所?もしくは魔道具に使えそうなところ?」
「そうだな………」
一覧を除いていると最後に面白そうなのがあった。
「……『魔力研究室』?」
研究室の説明を見てみる。
『
【魔力研究室】
所属人数:一名
≪研究内容≫
スキル、
』
「魔力を知る、か」
スキルの時、同様かなりの興味を惹かれる。
「また面白いものに惹かれているわね」
クラリスは何が興味を引いているのか理解できないみたいだ。
魔力、それは不思議な力。
なにせ人をまるでアニメや漫画のように動けるようにしてしまう。
魔法という物の原料であり、生物が生きているうえで絶対に関わってくる。
(摩訶不思議な力の源を知る、研究には十分な価値がある)
「そうだね~
資料を片付け終わったフルク先輩が話に加わる。
「それにいまこの国は少し不安定だからな」
「そうなの?」
よくわかっていないセレナに説明する。
「まず、この国が不安定の理由は、エルドとイグニアの王位争いだ」
「はい、先生!」
「……説明を続けるぞ」
初等部は子供同士のつながりを持ち、どんどん派閥を広げていくので、表立ってそこまで政争が激化することはない。
だが中等部となると話は変わる、全生徒が同じ学び舎にいないことから、目的が子供のつながりではなくどれだけ実績を作れるかといことにシフトしていく。
貴族への援助もそのうちの一つ。餌であり実績作りも兼ねている。
表の部分ではそれでいい、だが当然この世界は綺麗なところだけで出来ている訳じゃない。
裏側では敵派閥の勢力をそぎ落とす工作を何重にも行っている。
「でもそれって中立派閥は関係なくないですか?」
そうでもない、この派閥はいわば決めあぐねている集団でもある。
ゼブルス公爵家は国の農業を担当しているため、国全体とつながりがあり、決めかねているが、その他の貴族は違う。政争できる家格や財力がないか、ただ決めあぐねているか、もしくは決めたくないだけだ。ならば当然、二人からしたら勧誘や囲い込みをしたいだろう。だが南部を勧誘、囲い込みしたいとなるとゼブルス家が邪魔になる。
「なんで?勧誘とかなら別に問題ないんじゃない?」
「……セレナ、まさかとは思うが、貴族の勧誘が簡単な話し合いで済むと思っているのか?」
派閥に入るとなると当然、ある程度の手土産が必要になる。
お互い全力でぶつかり合っているので、甘い蜜だけ吸おうなんてことは容認しえないからだ。だが、そんな手土産を持ってまで派閥を移るなんてリスクを中立派は犯すことはまずない。
となればどうするのか、それは自分たちで頼らざる状況を作り出し、頼ってきたらそれ相応の要求すればいい。
(やり方が893と同じだな)
これが今起きている部分だ。
手段としては、周囲の食料をかき集め、その領地の相場を高くしたり、なぜだか盗賊が蔓延ったり、婚姻により家を乗っ取ったりなどなど。
そして限界に来た時に手を差し伸べる。派閥に入ればすべて解決してやると言ってだ。
もちろんそれ相応の対価を払う必要がある、金が無ければ人を、人が無ければ物を、ものが無ければ土地を、土地すらなければ利権を、といった具合に。当然そんなことをしてしまえば、南部の経済や秩序と言ったものが欠落してしまうため南部を統括しているゼブルス家からしたら防がざるを得ないわけだ。
その最たる抑止力が魔道具停止だ。そしてだからこそ、ゼブルス家、引いては俺の存在が邪魔なのだ。
「うへぇ、知りたくなかった世界」
「理想にある、キラキラした貴族なんてものはまずいないと思ったほうがいいぞ」
笑顔で握手をしても、ナイフを隠し持ち、背後を向けた瞬間刺し殺す感じだ。
影の騎士団の報告では最も多い時期で日に7組の暗殺者集団が一か月連続で続いたと報告が来たくらいだ。
「でもそれならなんでバアル様が留学するのですか?話を聞いている限り、裏工作を阻止するためにグロウス王国にとどまった方がいいのでは」
「………」
もちろん、俺も最初はそう思っていた。
だが多少勢力を落としてでもマナレイ学院に行く理由はあるのだ。
「まぁ理由としては二つ、一つは俺の安全確保」
当然ながら他国に行くことで、暗殺などの手を防ぐという目的。それと、俺がいないことで勧誘に力を入れさせて、余分なリソースを奪うこと。
「二つ目は?」
「…来る時の仕込みだ」
クメニギスで権力者の知己を作ること。
それは友好のためであり、抑制のためでもある。
なにせ既にエルドとイグニアはそれぞれクメニギスとネンラールと繋がり始めた。
となると両国とも利権やら土地やらは欲しいわけで、当然力を入れてくる。
その力の一端を俺の派閥に組み込むことにできたのなら抑制になる。
(それにイグニアとはグラキエス家とのつながりは少なからずあるが、エルドにはない。そのため、もしエルドが勝った時の保険を作っておかなければな)
イグニアが勝った時はグラキエス家との縁で問題ない、だがもしエルドが勝ってしまったのならば、俺とのつながりはほぼなく冷遇されるのが目に見えている。
なのでエルドの支援者であろうクメニギスと縁を繋ぎ、冷遇を避ける。
(イグニアが勝ったら、グラキエス家の密約でひそかに支援していました。エルドが勝ったらクメニギスから手を回していたと言い訳できる)
もちろん、イグニアが負けたらグラキエス家から、エルドが負けたらクメニギスの方から恨まれるが。
(恨まれたからなんだというのかな)
もちろん報復にチクるとしても、その時に成ればすでに遅い。
エルドにもイグニアにも支援の実績を残せば、敵の裏工作という可能性が出て、しらばっくれることもできる。
(となると縁を結ぶなら、どこがいいかな。あまりにもエルドに近すぎれば中立を疑われる、だが離れすぎると今度は裏からの支援に説得力が持てない。いっそ、過去のクメニギスに嫁いだ家とコンタクトを取るのも悪くないな、そうすれば会ってみたかったということで理由は立つ。もしくは海運関係でもいい、食料や魔道具の商売目的で近づいたのならだれも攻めることはまずないだろうから。同じ研究室ということで近づいてもいい。ほかには―――)
「ねぇ」
「なんですか?」
「バアルはいつもあんな感じなの?」
「そうですね、何か考え込むときは大体あのような感じです」
「顔が整っているから余計に怖く見えるのよね~」
留学する方針を決めて、準備をしていると一人の客人がやってきた。
「ば、バアル様、今回のお手紙です」
「……ご苦労」
現在、自室にはルナがいる。その手にはグラスからの手紙を持っていた。
「用件は?」
手紙を受け取りながらルナに用件を聞く。
「は、はい、長距離用通信機の供給の依頼と定例会のご案内です」
「定例会?」
普段ならもう少し先なのだが。
「何か重要な情報が出て来たのか?」
「私の口からは何とも言えません」
口止めされているのか、それとも知らないのか。
「(まぁ行けば分かるだろう)了解だ、5日後のパーティーで問題ないよな?」
「はい、紹介状はすでにこちらに」
渡された招待状には俺と、父上の名前だけが載っている。
母上は二人を見ているから断るのが目に見えていたんだろう。
「名目は?」
「新たな『研究機関設立祝い』と言うことになっています」
それなら俺が出席するのは理解できる。
「てことはフルク先輩も来るのか?」
「いえ、今回はバアル様のみとなります」
「それはおかしい、一応は主任となるはずだろう?」
そう言うとルナは不思議そうな顔をする。
「何言っているんですか?主任はバアル様ですよ」
「………はぁ?」
それから話を聞くと、新たに研究機関を設立するが俺が卒業するまでは実質活動停止にするらしい。
「さすがに平民のフルク・デュクライを主任にはできませんからね」
他の奴らを納得させるために俺を主任にしたそうだ。
「それに、フルクだけで研究ができるとお思いですか?」
もちろん無理だ。それをわかっているから、俺を主任とするらしい。
「だが今は学生だぞ」
「その点も大丈夫です、陛下の命令で兼任させるようなので」
それはおれの仕事をさらに増やすってことか?
「………他に用件はあるか」
「ありません」
ルナが退室すると新たに予定を組みなおす羽目となった。
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