第112話 中にいた存在

 エルカフィアには大きな広場が七つ存在している。


 一つ目は神樹の根元に作られた広場。ここは開会式が行われた場所で、広場の中では一番有名な場所だ。祭りはもちろん、地方から来たエルフたちが神樹の姿をより近くで見ようと訪れるため、日常でもほぼ満杯に埋まっている。


 残りの六つだが、それぞれ神樹から聖樹へつながる道の途中に造られていた。


 聖獣のそれぞれは担当する聖樹へと続く広場に集まっており、アグラはそのうちの東南方向にある広場に来ていた。









『あ、ぱぱ~』


 人混みをかき分けて東南の広場に近づくとネアが先に行ってしまう。


 追いかけようとするが母上と父上を置いていくわけにもいかないのでゆっくりと進む。


(図体がでかいのも不便そうだな)


 視線の先ではアグラが広場の中心に座している。周囲にはかなりのエルフが訪れており、見方によってはふれあい動物園にも感じてしまう。


 それにアグラの図体だと、距離を保たれてはいるが人混みが邪魔でろくに動けない。


 そんな人混みに割って入りアグラの元へと向かう。


 民衆のエルフはクラリスの存在に気付いたのか道を開けてくれる。


「お久しぶりです、アグラベルグ様」


 アグラの眼前まで進んだクラリスはエルフの礼を行う。


『クラリスか、昨日ぶりだな、ぬ?』


 アグラはクラリスに視線を飛ばした後、こちらを見て驚いている。


『いいのか?』

「何がだ?」

『クラリスと敵対していたのではないのか?』


 ……そういえばアグラにはクラリスと敵対していると伝えたままだ。


「何とか和解できたさ」

『それはよかった、それと時に頼みがあるのだが』

「なんだ?」

『今度リベンジさせてくれ』


 そういって口を開けて笑うが、獅子の笑顔など捕食前の表情にしか見えない。


「(………こいつもクラリスと同じか?)なぜ?」

『当然、聖獣の矜持からして負けたままでは納得がいかん』


 理由はどうあれ、結局は悔しいだけのようだ。


「バアル!?」


 後ろで父上が叫び、リンが刀に手を当てて警戒する。


『そっちは?』

「俺の父上と母上、そして弟と妹、あとは護衛だな」

『ほぅ』


 アグラベルグは全員を眺めて。


『おぬしがバアルの父親か?』


 視線を父上に固定する。


 その視線を受けても父上は怯むことなく礼を行う。


「はい、グロウス王国でゼブルス公爵家当主を務めております。リチャード・セラ・ゼブルスといいます。以後お見知りおきくださいませ」

『…………』

「…………あの?」


 アグラはなぜだか父上と俺の間に視線を行ったり来たりさせる。


『本当に父親か?』

「なぜそのようなことを?」

『髪や瞳は同じだが、強さが違う。近縁のものならある程度強さは似るものだろう?』


 獣の感覚で採ら和えられても困る。さて、どう説明したらいいものか。


「俺が人族の中でも特別強いと思えばいい」

『そうか………人族ヒューマンとは奇妙なものだな』


 なんとか話題を再戦から外すことができた。


「なぜアグラはこんなところにいる?聖樹のところにいなくていいのか?」

『問題ない、この時期になるとここに訪れるのが習わしだからな』


 どうやら儀式的な理由でアグラはこの場所にいるらしい。


『しかし、おぬしは一段と強くなったのう』

「今のアグラに言われても、うれしくはないがな」


 眼前にいるのでアグラの気配が嫌でもわかってしまう。


(明らかに俺より強いよな)


 鑑定するまでもない強さがにじみ出ている。


 サルカザの件で洞窟で出会ったあの大蛇と同じ圧を感じる。以前のアグラとダンジョンに行ったとき、弱体化しているとはいえギリギリでも勝つことができたので、おそらくはいい勝負ができるぐらいにはなる予想していたのだが。


「残念ながら俺にも立場がある、今は勘弁してくれ」


 さすがに惨敗するのが目に見えているのに勝負などしたくはない。


『ふむ……そうだな』


 アグラが理解してくれてよかった。さすがにないとは思ったが、ここでゴネて勝負するとなったら笑えなかった。


『ふむ、そっちの二人は精霊と契約できたのか』


 アグラはノエルとカリンを見ている。


「ああ、本当は他の二人が精霊と契約したがっていたが……」


 セレナはアグラそっちの気で精霊石と周囲の精霊を気にしている。普通なら明らかに注目すべきは目の前にいるアグラのはずなのにだ。それほどまでに精霊と契約したいのだろう。


『みたいだな』


 アグラも誰なのか分かっただろう。


『しかし、懐かしい気配を感じるな』

「懐かしい?」


 全員に視線を送るが心当たりがないのか全員首を横に振る。当然ながら俺も心当たりはない。


「誰のことを言っている?」

『そこの狼だ』

『………俺か?』


 アグラが視線を向けているのはウルだった。


 ウルは俺の後ろに隠れながらアグラを見据える。ちなみにウルの尻尾は又に隠すようにしており、怖がっているのが一目瞭然だ。


(………もしかしてあれか?)


 そしてアグラはウルに懐かしい気配を感じているのか。考えてみると一つの可能性が浮かび上がる。


「それは千年魔樹エンシェントトレントのことか?」

『ほう、進化していたのか………三百年前に少し縁があってな』


 長命の種族同士だ、長い年月の中、どこかで知り合っていることもあるのだろう。


『それで、あやつは元気にしているか』

『………じいちゃんは………いなくなった』


 ウルの念話を受けてアグラは止まる。


『………死因はなんだ?』

「呪いだ」

『……呪いだと?』


 アグラの顔には信じられないと書かれている。


「正確には森全体に敷かれた呪いを総て受けたんだ」

『……そこまでしてもあやつに効くとは思えんのだが』

「ああ、そこまでなら問題なかった。だがその呪いの元凶を叩き潰そうとしたときに……」


 ここから先を言うかどうか迷う。なにせウルの身代わりになって死んだようなものだ。


『じいちゃんは…………俺の、呪いを、肩代わりして』

『そうか………』


 アグラも察してくれたのだろう。


『そうか、あやつはかえって行ったか』


 寂しそうな、それでいて嬉しそうな複雑そうな感情が伝わってくる。


「嬉しそうだな」

『………あやつは常々自身が長く生きる意味を考えていたからな、その答えが見つかったようで何よりと思っただけだ』

「???」

『わからぬか?答えはそこの狼、ウルにある』


 全員の視線がウルに集まる。当然ながらそれは心地よい物ではない。


『あやつがいかに大事にしているかが理解できる。なにせそこまで強力な加護を授けているのだからな』


 そういえばウルは【樹霊の加護】というスキルを持っていた。これは千年魔樹エンシェントトレントの想いなのだろう。


『ウルよ、我が子ネアと仲良くしてやってくれ』

『……わかりました』

『じゃあ!あそぼーー!』


 アグラの背中で遊んでいたネアがウルの上にとびかかり、ウルの悲鳴が上がる。











 ブルッ


 ポッケの中で何かが振動する。


『おい、もうすぐ修復できるようだぞ』


 アグラの声を聞き、壊れている精霊石を取り出す。


 ひび割れていた箇所はほとんど直っていて、残っている内部のひび割れが今まさに直ろうとしていた。


『ほれ、最後にお主の魔力を注いでみよ』

「??わかった」


 よくわからないまま俺の魔力を注ぎ始めるが、何やら精霊石が帯電し始める。


 バチ、バチバチバチ、バチバチバチバチバチバチバチバチ


「っ、止まらないが!?」


 精霊石の放電量がどんどん大きくなっていき、終いにはプラズマのようになってしまった。


「バアル様!!」


 リンが心配して声を掛けてくる。


「リン!全員に被害が無いようにしろ」


 周囲にはアグラを見に来ているエルフたちがいた。そんな彼らに危害を加えたとなると人族の評価がまた下がってしまう。ただでさえ、醜聞があるのにこれ以上広げてしまったら、ほんとうに修繕不可能になりかねない。


 俺の命令を聞き、リンは即座に風を操り、俺の周りに真空の壁で覆い被害を抑える。


『そのまま魔力を注ぎ続けろ』

「いや、どうなっているか理解しているのか!?」

『無論だ、お主ならそれぐらい痛くもないだろう?』


 たしかに俺は雷に対してかなりの耐性を持っている。本来なら感電死しているはずなのに俺には意味がないほどだ。


 だが心配の矛先は俺自身ではなく周囲の被害だ。


『問題ない』


 アグラは寝そべり様子を窺っている。その様子からするに別段脅威でも何でもないということだろう。


(っなら、とことんやってやるよ)


 そのまま魔力を流し続ける。


 精霊石の放電量はさらに増していき、俺を囲んでいる空間内はどこを見ても雷だらけになっている。


 そして終わりは唐突にやってきた。







 バチッバチッブシュウウゥゥゥゥゥッゥ


 放電が収まり、精霊石も落ち着きを取り戻す。


「バアル様!!」


 放電が収まったのを確認してリンが近づいてくる。


「大丈夫なんですか!?」

「ああ、最後辺りはさすがに痺れてきていたけどな」


 最後の大雷は耐性を突き抜けてきていた、おかげで腕が少し痺れている感覚がする。


「それよりこっちはどうなってい」






『いや~助かったわい』







 声の元を確認すると精霊石の上に手のひらサイズの金色エリマキトカゲがいる。


「アグラこいつのことか?」

『ああ、久しぶりだな』

『うぬ……どこかで…………』


 エリマキトカゲはアグラを見上げる。アグラは知っている様子なのにトカゲのほうはよくわかっていない様子。


 だがしばらくすると思い出したのか。


『おお!お主は泣き虫白猫か!!』

『殺すぞ』


 アグラは牙を抜きエリマキトカゲを威圧するが、トカゲは全く動じない。


『ほぅ、儂に牙抜くか、覚悟はできておろうな』

『そっちこそ中級まで成り下がった身で俺に勝てると?』


 会話からこの二人はお互いのことを知っているみたいだ。


『は?…………なんじゃこれは!?』


 エリマキトカゲは自身の手足を見ると絶叫する。


『おい!!どうゆうことだ!?』


 俺の目の前に飛んで来ると胸元を掴み揺らす。


「知るか、その前にお前は誰だ」

『儂は大精霊“虹掛け雨蜥蜴イピリア”じゃ』

「知っているか?」

「知らないわ」


 クラリスに聞いてみるがクラリスも知らないみたいだ。


『がっ!?』


 そのことにショックを受けたのか地面に墜落していく。


『なぜじゃ……一時は信仰の対象にすらなった儂が………』

『爺がいた時から既に700年ほど経っているからな、仕方がないだろう』


 エルフの寿命でも300年なので覚えている奴らはまずいないとのこと。


『ようやく石から出れたと思ったら大精霊だった面影もない………今やこんな中級になりたての体なんて……………』


 涙を流しながら地面でいじけているダイセイレイ。


 俺達は何が何だかわかっていない。


『はぁ~4度転生したことがある精霊が今やこんな姿か』


 アグラも憐憫に思っている。


『いや!儂はあきらめん!いずれまた大精霊になってやる!!!』


 何やら一人で元気になると、足元から駆けあがり肩に乗る。


『ということでよろしく頼むぞ』






「……は?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る