第100話 まだまだ詰めが甘い
時間になるとメイドの案内でパーティー会場に案内される。
「意外に時間がかかりましたね」
「仕方がない」
パーティーの仕組みとして位の低い貴族が最初に会場に入って、徐々に位の高い貴族が遅れて会場に入ってくる。そのため公爵家が入場するのは後ろから二番目となる。ましてやこの国には公爵家は4つしかなくても侯爵、伯爵、子爵、男爵と下になればなるほど、その数は急激に増していく。なので階位が上から二番目としても貴族全体で見れば数百の家のトップとなる。
「主催者はどうするですか?」
「これは場合による。自身よりも位が高い貴族を招待する場合は最初から会場に居なければいけない。自分以上の位の者がいない場合は最後に登場するのが普通だ」
今回は騎士の称号を持っている者から、男爵、子爵、伯爵と言ったふうに会場入りする。
「俺たちは最後から二番目に入るから、遅い」
侍女に連れられて、ゆっくりと廊下を進む。
「おや、ゼブルス卿ではないですか」
わき道から見たことある人物が現れる。
「これはアズバン卿、お久しぶりですな」
父上があいさつしたのは今話題のアズバン公爵だ。
あちらも控室から会場まで案内される途中なのだろう。
「バアル君も久しぶりですね」
「ええ、ノストニアの件で協力してもらい、ありがとうございます」
「いえいえ、陛下の命令とあれば快く協力させてもらいます」
暗にゼブルス家の要請だとこんなスムーズには行かないと言っている。
俺とも挨拶を交わし、共に侍女に案内される。
「それにしても、優秀なお子さんですね。陛下からの覚えもめでたいようですし」
「そうですよ、バアルは優秀なんですよ」
父上とアズバン卿は先頭を並んで歩く。
(アズバン卿はスラッとしているのに父上ときたら)
後ろから見たら同じ男性とは思えない。まるで某人気配管工兄弟の対比のようだ。
父上たちがメイドのすぐ後ろを歩き、父上たちのすぐ隣にそれぞれの母上が並びながら進む。そして子供たちに関してだが、大人の数歩後ろをついていくように歩いていく。
「久しぶりだな、バアル」
「ニゼルもな」
父上たちの背を見ているとニゼルが話しかけてくる。
「ノストニアで交易をするのはうちだからな、手を出すなよ」
双方の両親がいるのに、すがすがしいほどの独占宣言をした。
本来ならアズバン家は販路を築いたゼブルス家に多少なりとも気を使わなければいけない。なのにニゼルはそんなことお構いなしに言い放つ。
(アズバン家当主は事態を見届ける姿勢か)
ニゼルの物言いは本来なら貴族にあるまじき言葉だ。アズバン家当主とその正妻が本来は言い含めておかねばいけないのだが、それでもこれでニゼルの言葉が通りゼブルス家から完全に販路を独占できるなら儲けものとでも考えているはず。もしニゼルの言葉が通らなくても子供の言葉ということで軽く謝罪をするだけで事態は済んでしまうことも見据えての傍観だろう。
(それに長男がいないのはなぜだ?)
アズバン家にはニゼルのほかに評判のいい長男がいたはず、だが彼は今この場にはいない。
(ニゼルより話の通じる長男の方に話を通したかったが)
この場にいないなら仕方ないと割り切り話を進める。
「ノストニアの交渉をまとめたのは俺だ」
「ああ、でも、それはアズバン領で行われることだろう?」
そういうと勝ち誇った顔になる。
「無理だな、ノストニアや陛下の要請でイドラ商会から魔道具を売ってほしいと打診があった」
「ああ、だが売るのはなにもイドラ商会からじゃなくていいだろう」
こいつの言いたいことを理解した。つまりは自分たちに魔道具を卸して、そこから自分でノストニアに販売するつもりらしい。当然そうなればどれほどの中間マージンが取られることになることか。
これがリスクのある取引だったらそれでもいい。だが、すでにアルムの手回しなどでリスクは無いに等しい。そんな中でわざわざ中間にアズバン家を入れて、莫大な仲介料を取られるのは許容できない
「断る」
「……少し耳を貸せ」
考える間もなく断るとニゼルは肩を組んでくる。奇しくも以前アドバイスした時の反対の図となった。
「俺はお前の弱みを一つ握っているぞ」
「………なんのことだ?」
(弱み……………全く心当たりがない)
ニゼルに握られそうな情報で弱みに該当するものなど何一つ思い浮かばない。
「魔道具の義手って言えばわかるな」
(キラのことか)
だが
「お前のところで雇われて
言いたいことがなんとなくわかった。
(かなりの見当違いをしているな)
ニゼルは俺とキラが未だに雇われている状態で禁薬に手を染めたと噂にするぞ脅している。
これが社交界で噂になればゼブルス家の評判は落ちる。さらには禁薬を使用したということで国から何かしらの罰が下るかもしれない。
影の騎士団ひいては陛下は合宿でキラが禁薬を使用したことを知っている。さらに言えば影の騎士団も陛下も既にキラが俺の手元にいないことは知っているので関わりはないと判断している。だが影の騎士団はあくまで秘密組織、存在を公にしないので、あの騒動は表向きは突然トロールが発生したと発表している。そこに噂が広まれば、嘘で塗り固められてしまう可能性があり、そうなれば真相を知っている陛下でも罰を下すだろう。
だが
「そうか、では逆に問うがなぜニゼルはそいつを知っている?」
「………何が言いたい」
俺が余裕を崩さないことに違和感を覚えているニゼル。
「信じてはもらえないと思うがそいつは私が学園に入学する前に俺たちの前から消えた存在だ」
「………信じられないな」
「ああ、だから私はその証明をしよう」
「証明?」
「そいつの首を晒す」
俺が何事もないように言ったことに驚いているのが手に取るようにわかる。
「はじめにゼブルス領以外の魔道具を停止させるとしよう」
「なんだと!?」
これにはさすがにニゼルも驚く。
「そんなことができるのか!?」
「もちろんだ、それとニゼルが知っているということはアズバン領に滞在しているのか?ならアズバン領だけを停止させるとしよう」
「!?やめろ」
いくらニゼルでも、食料の貯蔵や浄水に魔道具を使用しているのは知っているだろう。
「安心しろ、短期間だけだ。そいつを捕らえ終え、知っていることを総て聞き出したらすぐさま魔道具を使えるようにするさ」
ニゼルは焦った顔になる。
なにせ自分の領地の魔道具が止まるうえ、キラが捕まれば自分の悪事が漏れ出る可能性が出ているからだ。
そして今度は俺が小声でささやく。
「ニゼル、お前、そいつに何か依頼したのだろう?」
「!?」
「それもさっき話に出た禁薬に関してだ」
ニゼルは餌を食む金魚のように口をパクパクと動かし茫然とする。
「情報を持っているのがお前だけだと思うなよ」
俺はニゼルの腕を外し、そして今度は俺からニゼルと肩組む。
「さて、アークたちを殺すために禁薬に手を付けたニゼル君」
小声でささやくとビクンと固まる。
「こっちは疑惑だけじゃない証拠も持っている、まぁあいつを追いかける過程で知ったこ副産物だがな。………さて本題に入ろう」
ニゼルは青い顔になるのがわかる。
「俺はノストニアの王太子、いや今年で陛下になる御方から魔道具を卸してほしいと頼まれている。そしてグロウス王国はノストニアと深く交流を持ちたいと考えている、これは陛下にも確認済みだ」
「陛下も?」
「ああ、だから馬鹿な貴族が横やりを入れてこないように厳重に注意しているのが現状だ」
何が言いたいのかわかってない顔をしているニゼル。
「一言で言うと、ノストニアの交易での税を軽くしろ、ああ、もちろんイドラ商会には一切税をかけてくれるなよ、掛けたらどうなるかわかっているな?」
「いや、待ってくれ!バアルのところは知らないが、俺のところはそれでは無理だ」
「それでもやれ、拒否は許さん」
俺は先ほどの脅しの件でニゼルを敵とみなした、ならば遠慮などしない。
「何だったら俺が陛下にとりなしてやろうか?ノストニアの交易で好感を得るために向こうが希望している魔道具の税をなくす案を、な。もちろん子息であるお前も一緒にこの案に賛成しているなら陛下の承諾をとりやすくなる。陛下の承諾さえ取れればアズバン卿には事後承諾で十分だしな」
そんなことをしたらアズバン家の税収が下がる。だがそれを歓迎していないのは実はアズバン家のみだ。なにせ王の収入は直接民から集めるわけではない。この国の構造としては貴族は平民から税を集めるが、王は王家直轄の税収に加えて、それぞれの貴族に対しての税に加えて、爵位別に別途の爵位税とでも呼べるものがあったからだ。
今回だとアズバン家がいくらかの利益を出したとしてもそれが王家の懐にたどり着くまでには微々たるものになっている。そう考えれば多少金額が減っただけでノストニアと良好な関係を築けるなら安いものだと王家は考えるはずだ。もちろんアズバン家は利益などは上げられずにだ。
「っっっっっ」
ニゼルが絶句しているのがわかる。すべての意図を理解しているとは思えないが、おそらくは王家がそれに賛成するのはわかるのだろう。
「何も俺は意地悪をしているわけではない。お前が国のことを考え、領地のことを考えて父親に進言するだけだ。益は下がるだろうが国に貢献したとみられるし、父親からも称賛を得られるかもしれないぞ」
「……わかった」
ニゼルは優れない表情で頷く。
「ただ、俺が父上を説得できなかったら陛下への進言を手伝ってもらっていいか?」
「ああ、それくらいならな、それと証拠隠滅を行おうとしてももう無駄だからな」
ここできっちりとくぎを刺す。この場逃れだとしても既に遅いことを伝えておく。
「…………合宿の件は黙っててくれるんだろうな」
「合宿、はて、なんのことだ?あれは急に魔物が発生しただけだろう?」
俺がとぼけたのを見てニゼルもとりあえず納得した。
それから廊下を進んでいくと残り二つの公爵家、キビクア公爵家、ハルアギア公爵家とも合流する。
並び方としては左からキビクア、アズバン、ゼブルス、ハルアギアとなっており。
その後ろに妻達が並び、さらにその後ろに子供たちが並ぶ構図となっている。
(……キビクア公爵の子供が一人少ない?)
幼児ならまだしもある程度の年齢になればよほどの事情がない限り欠席はしてはならない。
本来ならアズバン家もその例に漏れないはずだが、道中父上たちの会話でどうしても外せない用事ができていると分かった。もちろん事前に王家にそのことは伝えてあるらしい。
またアルベールとシルヴァも同様でまだ幼いことから連れてきていない。なぜなら公にパーティーに出席するのは清めが終わった後、つまりは10歳からが通例となっているからだ。
だがキビクア家の子供はすでに10歳を超えているので出席しているはずだった。
(まぁ問題はないか)
他家の事情に首を突っ込む気もないので、気にせず会場まで進む。
「では公爵の皆様方のご到着です!!」
扉の向こうから声が聞こえると巨人が使いそうな大きな扉が開く。
中には何百人もの貴族が既に待機している。
それぞれの家は中に入ると自分の派閥のいる場所を目指して進む。
「お待ちしておりましたリチャード様」
「おお、アジャク侯爵ではないか」
アジャク侯爵はゼブルス領のさらに南部に位置している領地を持ち、周辺の港のある領地のまとめ役をしている重要な貴族だ。それと父上と親しい点から、もちろん中立派の派閥だ。
「ゼブルス領では不作と聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「もちろんだ、一時期収穫量が落ち込んだがすぐにまた持ち直したさ」
父上はアジャク侯爵やほかの貴族とも世間話を始める。
「奥様、お久しぶりです」
「あら、アーミラ婦人!夏のお茶会以来ですね」
母上も母上で貴族のご婦人と交流を深める。
(さて、俺はと)
普通なら俺も近しい友人などと交流を深めるのが普通なのだが、悲しいことにそこまで親しい友人はいない。
(母上たちには悪いが俺は先に食事にさせてもらうとしよう)
父上達から離れて食事に向かう。
(………遠目からは観察する視線があるのだがな)
俺との距離を測っている視線を複数感じる。
だがその複数の中にはリンに向けられている視線もある。
(まぁ、リンは美しい部類に入るからな)
注目を集めてもおかしくはない。さらに言えばいつもの護衛しやすい服装ではなくパートナーを務めるためにきっちりと化粧とドレスアップをしている。
「バアル、少しいいか」
離れた場所にいた父上が近寄ってくる。
そして父上の後ろには親子と思しき貴族が何人もいる。
「どうしたのですか?」
「いやな、バアルに紹介したいものがいると聞いてな」
俺は今までに様々なパーティーに出席しており、貴族としての友好関係は決して狭くない。なのにわざわざ父上が交友を勧めるということは、だ。
父上の意図を知ると素直に紹介を受ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます