第五章 新たに芽吹くもの

第95話 新たな年

 雪が降ってもおかしくない寒い中、ゼウラストの中心にある広大な広場にて壇上が用意されてていた。その上に一人の大人が上がる。


「ではこれより、新年祭を始める!!」


 壇上で俺の父親。ゼブルス家現当主リチャード・セラ・ゼブルスが音頭を取る。


「「「「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」」


 その声に呼応し、まるで冷気を吹き飛ばすように歓声が響く。


 父上を見えることができる建物の一室で俺たちはその様子を見学していた。


「ほら、バアルも楽しんでいらっしゃい」


 母上がベッドに横になりながらそう勧める。


「ですが」


 本来なら父上の隣に母上が立ち激励を手伝うのだが、あいにく体調を少し崩しており、安静にということで見送られた。


「私は大丈夫よ、もちろん二人もお願いね」


 母である、エリーゼ・セラ・ゼブルスの近くには二人の子供がいる。弟のアルベール・セラ・ゼブルスと妹のシルヴァ・セラ・ゼブルスだ。


「それに三人も行きたがっているわよ」


 視線の先では二つの銀髪と一つの緋色がベランダの柵の前でそわそわと揺れている。


「そのようですね」

「ほら、ほら、行ってきなさい。それとこれはお小遣いよ、好きに使いなさい」


 少なくない額が母上から渡される。


「はぁ~、視察に行くぞ」

「「「!!はい!!」」」

「「やった!」」

「は~い」

「了解です」


 こうして先走る5人を俺とリン、セレナが苦笑しながらついて行く。










 新年祭はグロウス王国の伝統行事だ。


 全ての貴族が自身の領地で領民を集めて大規模な祭りを行う。


 無論、離れている場所などから呼び出すことはできないので、人員や物資だけを送り、その村だけで祭りを行ってもらう場所もある。


 そしてこの行事の意味だが、まぁ文字通りなのと祭りが始まった時点で全員が年を一つ取ることとなる。なので俺、バアル・セラ・ゼブルスは13歳に、リンは15に、セレナは13、カルスたち三人は9に、アルベールとシルヴァは6になった。


「バアル様、これおいしそうですよ!!」


 匂いを辿っていった屋台の前でカルスが俺のことを呼ぶ。


「ほぅ、で、どれが欲しいんだ?」

「この串!!」


 今度は隣のカリンが答える。


「他はどれにする?」

「俺はこれ」

「……私はこれを」

「「これ」」


 それぞれに串を渡すと財布から金銭を渡す。すると店主が俺にも一つの串をくれた。


「頼んでないが?」

「はは、これは若様にです」

「そうか、では、ありがたくいただく」


 俺も串肉を受け取りながら、また祭りを楽しむ。


「バアル様、あれ!」


 カリンが裾を引き、指差す。


 その先には俺が前世の祭りでよく見たものが売られている。


綿飴・・か」


 セレナからしぼ………もらった(もちろん建前)アイディアを実用化したものだ。


「ねぇ、アレ、だめ?」


 カリンだけでなくほか四人からも似た視線を感じたので買ってやることにした。


「お、若様」

「売り上げはどうだ?」

「順調でさ、物珍しいんでしょう、いろんな客が買っていきますね」


 そう言うと五つ綿あめを用意してくれた。


「ほいよ、嬢ちゃんたち」

「「「「ありがとうございます」」」」


 今回の新年際はセレナがいるおかげで前世の様々な料理を作り出すことができている。


(おかげで臨時収入が期待できそうだ)


 もともと前世の料理を作り出し売ることも視野に入れていたのだが、突然見たことのない料理を作り出す不自然さを考慮しそれができないでいた。


 もちろん名前を借りるために多少のロイヤリティを与えるつもりだが、それも税収の一部になり、何より屋台の用意したのは俺のポケットマネーなので断然俺の方が多く入ってくる。


(本当にいい拾い物をしたな)


 そんなの事を思っているとノエルが一つの屋台で足を止める。そこはアクセサリーを売っている屋台だった。


「どうした何か欲しいのか」

「…………いえ」


 そう言うと再び足を進める。


(……ノエルだけ遠慮がちだな)


 ほか二人は遠慮なくねだって来るのにノエルだけは控えめだ。


「まぁ従者としてはノエルが正しいけどね」


 様子を見ていたセレナが近づいてくる。


「そうだが、これでは不公平だろう?」

「……そうね、でも本人が欲しがらなければ、それは余計なおせっかいよ」


 これには何も言えなくなり、そのまま祭りの中を進む。










 程よく楽しみ、日が落ちたころ。


「そろそろだな」

「アレですか」


 リンにだけ先に話しているのでわかっているが、それ以外の6人は首をかしげる。


「とりあえず戻るぞ」


 最初に父上が音頭を取った中央広間に戻る。


「始まるぞ」


 俺が空に指差すと同時にいくつのも魔法が空に放たれる。


「「「「わぁあ~~~~」」」」


 空には魔法で作られた竜や火の鳥が動きまわり、人々を楽しませる。


 もちろんこれもセレナに話させたネタで作ったものだ。


 パフォーマンスが終わるとこれで祭りはお開きとなる。


「バアル様、今年もよろしくお願いします」

「ああ、リンもな」


 こうして新しい年が始まった。

















「なぁ、もう少し量は減らせられないのか……」


 いつもながら書類仕事をさぼろうとする父上。だが今回は俺も自身の書類よりも優先させて手伝いに駆り出されている。そんな中でさぼるなんてことはまずさせない。


「できるわけないです、これは新年祭の書類や決済、補助金の書類ですよ、大急ぎで済ませないといけないのです」

「いや~、それは分かっているよ、でもこの量は……」


 机の上いっぱいに書類が埋め尽くされている。下手に衝撃を与えれば紙の雪崩が起きるほどに。


「他にも、税金や雪による被害報告、貴族たちから新年の贈り物、あたらしく採用する役人や兵士、騎士の書類もあります」


 年末年始ほど忙しい時は無い。


 しかもこれらは必ず父上が目を通さなければいけない書類ばかりだ。


「ばぁあ~る~」


 語尾に『えもん』とかつきそうな声だ。


「こればかりは手伝えません、ご自分で目を通してください」


 そう言うと机に突っ伏して涙目になっている。


(仕方ない)


 父上専用のエナジードリンクを用意するため部屋を出て、母上の部屋に向かう。


「母上いますか?」

「あら、どうしたの?」

「すみません、父上の元に行ってほんの少しだけ甘やかしてきてください」

「あら、ふふ、わかったわ」


 このやり取りだけで父上がどうなっているか理解できているのだろう。


 ここは母上に行ってもらって、励ますやら、叱るやらで動かしてもらわねば。


「仕方ないわね」


 そう言うと嬉しそうに部屋を出ていった。


(なんだかんだ言っても母上も父上が好きだからな)


 見ていられなくなる場面が多々あるほど両親はいい関係だ。


「さて」


 俺は庭の人目のないところである手紙を開く。


(アルカナの秘密か)


 手紙にはノストニアの件の報酬で、アルカナについて書かれている。








 アルカナシリーズ。


 魔具にはシリーズと言う何らかの関連性が確認されているものがある。これはその一つにあたる。


 数は確認されているだけで21個。ただ詳細は不明。なぜならアルカナは3つの段階を踏むからだ。


 〗




(………段階か)





 段階は『所有者』『契約者』『代行者』と分けられる。


 ・『所有者』は契約ができずにただ上辺だけの力しか使いこなせないもののことを指す。


 ・『契約者』は契約を成し、体とアルカナが同化した状態の者のことを指す。


 ・『代行者』、これだけは文献がなかったため不確定である。ただ、『契約者』の時点でかなりの能力を擁するのでさらに強い能力を保有すると捉えてよいだろう。


 〗









“汝、神秘の十六番目たる、『塔』の契約者足りえるか”

“汝に我が神秘の欠片を与える資格を見た”

“破壊、破滅、崩壊、災害を引き起こす『塔』の神秘アルカナ、汝との契約を遂行する”


 以前頭の中に伝わってきた言葉を思い出す。


(おそらく俺は『契約者』の段階だろうな)


 残念ながら知識がないのでどの段階なのかは予想しかできない。







 そして判明していることが一つ。


 アルカナシリーズには『逆転』という現象がある。


 詳細は不明だが、ある一定の行動を起こすと自我が無くなり暴走することが確認されており、その『逆転』から生還した者はいない。


 〗








 そして最後の一文に


〖ただ、唯一『塔』のアルカナだけは『逆転』の現象が確認されたことはない。〗


 書かれていた。


(アルムが『塔』の契約者に会えたことを喜んだのはこれか…)


 憶測を立てる。


(なぜ『塔』にだけ『逆転』が起こらない?……考えられる理由は3つ)


 一つは『逆転』の条件がとてつもなく厳しい。誰もその条件を満たしたことがないから確認されてない


 二つ目はそもそも『逆転』が存在しない。これはさすがに考えにくい、シリーズとされているのに例外なんてものはあるとは思えない。


 三つ目、それは―――


「――ある様、バアル様」

「ん?ああ」


 リンが俺の体を揺すり思考から戻す。


「どうした?」

「あの、グラス様からの使者が来ております」

「グラスから?」


 俺は使者が待っている部屋へ向かう。








「お久しぶりですバアル様」

「ルドルか」


 来客用の応接間で待っていたのは去年の合宿にて世話になった騎士、ルドル・セラ・アヴェンツだった。


「お前が来るとはな」


 ルドルは近衛騎士副団長、つまり騎士の中のNo.2。


 そんな人物が暇を持て余すわけがない。つまりはそれほど重要な案件だということになる。


「本来なら前置きなど口上を述べさせてもらうのですが、必要なさそうなので省きます」


 これが本来の貴族なら、言う必要がないって侮辱されているのもおんなじなのだが、ルドルは俺が本心でめんどくさいと知っているのでこういった対応を取っている。


「だな、で今回はどうした?」

「……これを」


 ルドルが出した書類を受け取り内容を確認する。中身はノストニアとの交易についてだ。


「ノストニアとグロウス王国の国境付近に二つの町を作りそこで交易を行う、か」

「そのとおりです」


 ノストニアとの会議では、お互いに全面的に受け入れるのは時期尚早と両国は判断した。なので交易の場を設けてそこから始めようというものだ。


「なるほどな、税などはどう考えている?」

「それぞれの街にはその国の税を適用しようと考えています」


 計画はこうだ。


 ノストニアの街ではノストニアの商品しか売り出さず、人族ヒューマンは買いだけを行う。逆にグロウス王国の方の街はグロウス王国の商品を売りのみを行い、エルフに買いに来てもらうというものだ。


 自分側の街でのみ『売り』、お互いの金銭を手に入れ、それぞれ『買い』のみ行く。


 これが始まる交易の形だ。


「ふ~ん」


 最初の段階としては上出来だ。


(だが暴利に走らないように王家に忠告を………必要ないか)


 これくらいのことは分からない王家ではないだろう。


 せっかくノストニアと良好な関係に成れたのだ、自らそれを失うことはしないと思いたい。


「それで俺に報告に来たのか」

「はい、それもありますが」

「……が?」


 もう俺に用はないはずだろう?


「実はエルフからできれば魔道具を売ってほしいと通達がありまして………」

「それはイドラ商会会長である俺に要請したい、と言うことか?」

「その通りです」

(なるほど向こうである程度広めたのが理由か)


 部下から大量に魔道具を求められているアルムの光景が目に浮かぶ。


「これに関しては書状をしたためるようにグラス殿に伝えてくれ」


 こういったやり取りを口約束で行うのには少々危険な部分がある。なので明確に書面に残し、お互い遺恨の無いようにするのがベストだ。


「了解しました」


 こうしてルドルは帰っていく。











「むずかしいはなしは終わりましたか?」


 ルドルが屋敷から帰っていくのを窓から見届けているとノエルが俺の部屋にワゴンを運んでくる。


「ああ……」

「どうしました?」

「お前はわがままを言わないと思ってな」


 以前から感じているものを聞いてみる。


「遠慮しているのか?」

「…私は拾われたの身なので」


 そういってノエルはうつむく。


「ああ?そう思っていたのか?」

「…え??」

「俺はお前たちを雇い入れたと思っていたんだがな」

「私たちをですか」


 なんで?と表情に出ている。


 その表情を見て思わず笑う。


「バアル様?」

「ああ、すまんすまん、理由としてはお前たちのユニークスキルにある」


 ユニークスキルが希少なこと、今から教育すればすごい存在に成れる可能性があることを教える。


「だから俺はお前たちに金を注いでいるわけだ。もちろん給金も出しているぞ、執事長に聞けば金をくれる手はずになっている」

「……………………」


 ノエルは口を開けながらこちらを見ている。


「……あ、失礼しました」

「問題ない、だから、ある程度わがままを言ってもいいぞ」


 すると何かを言いたそうにしている。


「ほら、言ってごらん」

「…では図書室に入れてもらえますか」


 もちろん俺は承諾した。


「ああ、もちろん仕事はきちんとこなしてくれよ」

「はい!」


 そう言うと笑顔になり部屋を出ていく。


(ご機嫌くらいならいくらでも取るさ)


 一騎当千の実力者になれる金の卵だ。


(大切に大切に育てて恩で動いてもらえる風になってもらわないと)


 卵のままで食うよりも、生産性がある鶏にした方がいいのは誰だってわかるだろう。


「……さて、俺も準備をしないとな」


 イドラ商会に向けて書類を準備する。

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