第72話 問題の方からやってくる

 とんぼ返りでゼブルス領に戻ってくると工房に籠る。


「さて、『改編』」


【魔道具製作】のスキルにて魔道具を生産している。


 イドラ商会で売っている物はすべて自動生産できるのだが、影の騎士団用となると自作する必要が出てくる。なので工房のとある場所で内密に製造している。


(やっぱ便利過ぎるアーツだな、これは)


 『改編』、それは素材さえあれば過程をすっ飛ばして物を作り出せる破格のアーツだ。もちろん条件としては自身が精巧に仕組みや形を理解しておかなければいけないがそれさえクリアしてしまえばどんなものでも作り出せてしまう、研究者からしたらまさに魔法のような技術だ。


 俺はこれを使い魔道具という製品を開発販売することで膨大な財を築いている。


 だがこのアーツの真骨頂はこんなものではない。


(縮尺すらも自由自在だもんな)


 素材と設計図さえれば即座に作り出せるアーツ。実は設計図の部分に手を加えて全体的な縮小化もできる。


 実はこれが一番すごいことだ。なにせ前世では実現不可能な小ささの電子回路を作り出すこともできてしまう。この仕組みを使い、すべての魔道具には本来の機能とは別にある機能が組み込まれている。


 それが超小型無線機能。つまるところ原理は基地局と同じで、魔道具が広がれば広がるほど連絡用の魔道具を使える範囲が広くなるということ。燃料に関しても、魔力を使用分にプラスして計算されているから問題ない。


「便利な魔道具を買ってくれればくれるほど影の騎士団は活動範囲を広げる」


 それにまだ騎士団にも伝えていない機能も多く存在している。


(影の騎士団も今さら俺との縁を切って、活動に必要な魔道具の供給を止めるなんてこともしないだろうしな)


 魔道具が広がれば広がるほど、見えざる手が増えていく。この事態に思わず笑ってしまいそうだ。










 十分な数を作成し終わったら工房の壁に触れ、とある魔法を発動させると壁の一部が広がりその先に通路ができる。












 これは時空魔法の一つ、『空間歪拡張スペースディストア』を使っている。


(これも大概過ぎたもんだよな)


 この魔法の効果は一つ、空間自体を歪めるられるというものだ。


 例えば1メートルずつ違う色が続いている3つ壁があるとする。『空間歪拡張スペースディストア』で両端の壁の長さを1.5倍に歪めると、真ん中の空間が無くなったように見える。イメージとしては三つ折りにした紙の折り目同士をくっつけて真ん中の部分が見えなくなっているようなものだ。ちなみに通路を隠すのにもこの原理を使っている。


 ほかにも三畳の部屋を体育館並みに大きくすることもでき、現に工房のいくつかの部屋は同じ仕組みが施しており外から見た大きさとは不釣り合いな大きさをしている。


 ただこれだけ聞くとすさまじく使えるのだがもちろんデメリットも存在する。それが設置型の魔法であることで魔石を用意しなければいけない。


(そして最高なのが発動のオンオフの時しか魔力の消費をしなくていい点だな)


 この魔法は一度発動してしまえば、部屋が壊されるか、魔法を刻んだ魔石を壊すかしなければ解くことはできない。


 小さい部屋を広くしたいときや通路を隠したい時には最適な魔法だ。


 ただ一つだけ注意が必要で、魔法を解くときは中には元の体積以上入れておくと大爆発を起こす。


 なので取り扱いには十分注意しなければいけない。


(まぁ、この工房全体に耐久力を上げる魔法をかけているからそうそう壊れないからな)


 それこそ戦車の大砲でもない限りは問題ない。











 道を進んでいくとブゥン、ブゥンとした聞き慣れた音が聞こえてくる。


 そこは様々な大きさの箱が存在しており、何百もの配線が床を這っていて、動いている証としてランプが何度も点滅している。


 俺は工房の奥に設置してあるモニターの前に移動する。


『おかえりなさいませ』

「ただいま」


 起動すると電子音声が聞こえてくる。


 これは前世で大活躍していた量子コンピューターだ。さらには高度なAIも搭載しており、どんなことにでも対応できるようになっている。今でも魔道具の生産過程、自身のメンテナンス、経済状況把握、魔道具による通信網の把握、キラの自動運用など任せられる部分をすべて任せている。


『経過報告です、現在生産完了した魔道具は冷蔵庫約1000台、レンジ約200台、洗濯機約500台、これから冬に入るのでセラミックヒーターの数は予定の倍の800台を生産。その他は通常通りに指定された数のみを生産しております』


 椅子に座るとモニターには具体的なグラフが表示されている。


「とりあえず指定された魔道具以外は生産中止だ」

『了解しました』


 今度は工房内の映像が映し出されて次々にアームが収納されていく。


『なぜ、と聞いてもいいですか?』


 思考できるAIを組み込んでいることから、こういった疑問も出してくれる。


「ノストニアの件はすでに読み込んでいるな?」

『はい、ですがこれからさらに魔道具の需要は高まると予想します、なのになぜ?』


 自身でシミュレーションをして需要が高まると結果が出ているという。


「簡単だ、買える人間が限られているんだ」

『………すでに十分な魔道具が出回ったということですか?』

「それもあるが、俺の魔道具で急激に生活が変わっていった。だがそれについて行けない人たちもいるということだ」


 なにせ食料を長期間保存するという生活に慣れてない、なら無理して冷蔵庫を買う必要がないとなって、買わない人は少なくない。前世でも何かしらが導入されると受け入れられるのには時間がかかったようにだ。


『……確認しました、では今後の魔道具生産体制を見直します』


 そのことを伝えると、即座に情報に修正を入れ持ち前の演算能力でシミュレートしてみた結果、どうなるかが分かったのだろう。


「それよりもすべての魔道具に新たな機能を付け加えてほしい」

『ではどのような機能を付け加えるか設定してください』


 俺はキーボードを操作し、あらかじめ作っておいた機能を作成、インストールする。


『なるほど、過剰魔力を供給できるようにしたのですね』


 AIは即座にその機能の詳細を調べ、どんなものかを予想できている。


「…っとできた。じゃあ、あとは頼むぞ」

『了解しました』


 そう言ってAIはフル稼働する。










 今、何をしているのかというと外部から強制的に内部の構造を変化させている。例に出すなら外部から勝手にパソコンのマザーボードを改造しているようなものだ。


 もちろんそれができるのもすべては魔法という超技術があるからに他ならない。仕組みとしてはあらかじめ空白の部分を作っておき、何か機能を加えたくなったらその部分を使い新たな機能を追加させ、容量がいっぱいになったらいらない部分を削ってほかの機能にする。スマホのアプリケーションみたいなものだ。


 全ての魔道具にはそんな細工をしてある。だから新たに何かを組み込みたいと思ったときはすぐさま導入できる。


「どれくらいで終わりそうだ?」

『すべて完了させるのでしたら、期間にして約2か月ほど必要になります』

「じゃあそれで」


 この場での用事は終わった。
















「さて、この後はどうするかな~~」


 とりあえず工房内に設置している戦闘用アンドロイドを点検する。


 戦闘用アンドロイドはAIが操作可能なロボットで、工房内に万が一侵入者が入り込んだ際に駆除する役割を与えている。武装などは魔導人形キラよりもはるかに凶悪なものを仕込んでおり、知らずにこの場に来た者を哀れむほどだ。


「問題はなさそうだな」


 武装に問題はない。俺が点検するまでもなくすべて自動で行われている。


「次に動力室だな」


 今度は地下に入るとそこには透明なガラスのような結晶にいくつもチューブが繋がっている部屋がある。


「魔石も問題ないな」


 この結晶は魔石用の部屋だ。動力室と言っても差し支えない。






 魔石にはいくつか種類があり、これは純魔石といいすべての属性に関係なく使えるタイプだ。他にも属性が偏った火石、水石、風石、土石、雷石、光石、闇石とそれぞれ属性に偏ったタイプがある。


 これらは何のためにあるかと言うと杖などに使われる魔法の触媒だ。たとえば人間の魔力で1の効果を発揮できるとしよう、だがこの属性魔石を通すことで同じ属性魔法の効果を2にも3にも増幅することができる。


 純魔石はそのような扱い方はできなく、魔力の貯蔵庫としての使い道しかない。だがそれでこそ様々な使い道が存在している、この動力源もその一つだ。









(ちょうど町の市場で売っていて助かったよ)


 これは領地視察の時にある村の市場で見つけたものだ。


「……それにしても大きくなったな」


 本来は手に納まる程度だったのだがすでに岩と言っていいほどの大きさになっている。


「どれくらい溜まっているんだろうな」

『工房を全力で稼働させてもあと一年は持つ計算になります』


 部屋に電子音のこえが聞こえてくる。


 AIが管理しているのはあの場所だけではない、この工房内全域、それと魔道具により情報がわかるところもだ。


「じゃあこれからも頼む」

『はい、私の存在意義はこの工房を死守することにありますので』


 その言葉に安心し、工房を後にする。














「なにようだ」


 自室でいつものように父上の片付かない書類を整理していると急な来客があった。


「お初にお目にかかります、私アーゼル商会のガルバ・アーゼルと申します」


 やってきたのは知っている限り、唯一エルフとのつながりを持っている商人、ガルバだった。


「もう一度聞くが何用だ?」

「実はゼブルス家にお話を持ってきたのです。すでに知っていると思うのですが私はエルフの一人と知己になっております」

「ああ」

「ですが肝心の使節団と交信が途絶えて、一向に話が進みません」


 なんとなく言いたいことが見えてきた。


 条約が結ばれて交易をしたいのだが、今回の件で出来そうにも無くなった。時間が経つと自分以外にもエルフに知己を持つものが増えてアドバンテージが少なくなる。そんなことできる商人なら何としても食い止めたい。だがそんな力、いかに豪商であっても持ち合わせているはずがない、そこで位の高い貴族にお願いしに来たという訳だ。


 これには俺へのメリットも存在し、ガルバとの組み合わせで俺の方も知己ができやすい。


 簡潔に言えば、自分の人脈を貸すからさっさと事態を解決してくれ、とのことだ。


「なぜアズバン家を頼らない?」


 だが普通ならつながりがあるアズバン家にこの話を持って行くのが正しいはずだ。


 なのにわざわざ南に来てまで、それもどの公爵家よりも距離があるゼブルス家に頼る?


「ええ、普通ならそのように判断するでしょう、ですが私がエルフの伝手を持てたことを知ってイドラ商会で私に伝手を持とうとしたその情報力、それでゼブルス家のほうがふさわしいと私共は愚考しました」


 確かに影の騎士団から絶えず情報が送られている俺の方が色々と詳しい。ほかにも南の貴族である俺がへまをしても、北の領地にはほとんど影響はないからという点も理由として上げられる。


「で、具体的にはどうしろと」

「私たちがエルフとの窓口になり交渉を進めるのです。その際に当然ながら貴族でない私が参加するのは無理でしょう。なので」


 そこで俺を使いたいわけだろう。


 現在の王国にはノストニアの窓口になりそうな存在はいない。なにせ今回でそれを作ろうとしていた段階でそれに失敗した。


(本当に面倒くさいことになったな)

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