第39話 アレ?イメージ通りじゃないのか?

(っ奴らの庭での追いかけっこは不利か)


 全力で森の中を走る。


 『飛雷身』を使って逃げればいいのだろうと思うだろうが、それは悪手だ。


 理由は二つ、まず発動条件で移動する場所を視認しておかなければならない。今は夜中、月明かりが出てはいるが、そんな微々たる光では視界が悪いのは変わらない。


 そして次に俺自身が雷になって移動するため、雷光によりどちらに逃げたかがわかってしまう。


(これが昼間だったら文句なかったが)


 ガサッガサッガサッ


「まだ追ってくるのかよ」


 向こうは密偵の可能性も考えているのだからできれば捕らえたいのだろう。


(……殺すか?)


 あいつらを皆殺しにすればこの場は逃げることはできる。


 だがリスクが大きい、一人でも逃げ出せればすぐにでも増援が送られてくるはずだ。ほかにも実力者と戦い時間を稼がれることで逃げ道がふさがれる可能性がある。


「っち、ここは何とか撒くしかないな」


 ステータスに物言わせて全速力で移動する。


 ガサッガサッガサッ

「……ついてこれるのかよ」


 奴らには勝手知ったる森だ、ステータスで劣っていても十分追跡できるのだろう。


(計画的に追い立てられているな)


 地形を利用して俺を追い詰めようとしているのだろう。


 (……仕方ない)


「俺で敵わないなら他の者に相手してもらうとしよう」








〔~クラリス視点~〕


「クラリス様、あの者は北に進路を変えました」

「北……なるほど」


 魔物の中を進み、我々を撒こうというわけですか。


「『魔物避け』の準備をして」

「了解です」


 全員がとあるペンダントを取り出す。魔力を流し込むと淡く緑色に光りそれぞれ体を包み込む。


「そのまま捕縛を続けろ」


 ユニークスキル持ちでも魔力が尽きれば何もできない。


 にしても


(もし、東や南での跡が、あのバアルという子供の仕業なら)


 なんで逃げるのかが不明だ。あの力があれば抵抗すればいい。


 そしてもう一つ。


(なぜ聖獣様がいないのか……)


 聖樹がある場所を縄張りとしその地に入り込んだものを無傷で返すことはまずありえない。


 私たちもそれなりの対価を払って無事を約束している。


 それなのにあの者は全く問題なく縄張りにいた。


(まずは捕縛して話を聞き出す)










〔~バアル視点~〕


(どういうことだ?)


 魔物は後ろの奴らに襲い掛かることは無く、俺の方向ばかりに向かってくる。


(なにか持っているのか?)


 本来、あいつらにも襲い掛かっていくはず、だけどすぐ近くにいても問答無用でこちらに来る。


「まさかあいつらも魔物なのか?」

「失礼ね、ここの魔物と一緒にしないでよ」


 魔物に手こずっているとついに追いつかれた。


「ほ、かの奴、らはどうし、た」

「遅れているんじゃない、貴方の足が異様に早かったからね」

「それ、は、そ、れは」


 魔物を対処しながら話す。


「ひとつ、しつもんだ」

「なに」

「なんでこ、こにいる魔物、は見境なく襲ってくるんだよ」

「それはわからないわ、未だに解明されてないもの」

「へぇ、それよ、りたすけてくれた、りは?」

「するわけないじゃない、降伏するなら考えてあげるけど」

「残念だが、しないさ」


 とりあえず、すべての魔物を殺す。


「ふぅ、やっと一息付けた。で、次はクラリスか?」


 今までの戦闘で俺と戦うとは思えないんだが。


「そうね、君程度なら捕縛できそうだしやるとしましょう」

「………ほぅ」


 こう見えても俺は自分の強さに結構自信がある。襲ってきた魔物も特筆すべき存在がなければ一蹴できるほどにだ。


「なら、捕縛してみろ」


(目印になってしまうがもういい)


 ユニークスキルを使い帯電する。なによりこいつを人質にとる方が逃げる確率が上がる。


「準備もできたようね、じゃあ始めるわ」


 クラリスはそう言い弓を放つ。だがその腕は上手とは言えない。


(速さもなければ威力もない)


 ということで矢を切り払うと接近する。


(軽く当てるけど許してくれよ)


 刃の無い場所で当てて気絶させようとする。


 だが


「そんな甘くないわよ」


 クラリスは弓から手を離し、そして


 ドン!!!


 腹に強烈な衝撃が襲う。


「ぐっ!?」

「ごめんね、私は弓とかは上手じゃないの、代わりにこっちはとても得意だから退屈させないわ」


 クラリスは完全に弓を捨て、徒手格闘の構えを取る。


 拳を握りしめるその手にはグローブをしている。弦で傷つかないようにするためかと思ってた。だがそうではなくバンテージの役割だった。


「っ、女が無暗に拳を振り上げるものじゃない」


 エルフってのは弓か魔法が得意なイメージがあったんだが。


「どうしたの?拳で戦うエルフは初めて?」


 目の前のこいつでエルフのイメージが崩れた。


(にしてもそれなりに硬い俺に痛みを与えるか)


「エルフってのは華奢なイメージがあったがな」

「間違ってはいないわ、魔力を使うことが出来なければ人に勝つことはまず無理なぐらいにね、でも」


 クラリスは横にある樹に裏拳を入れると、樹は大きくへこみ音を立てて倒れていく。


「【身体強化】を使えばドワーフにも劣らない力を出すことができるわ」

「………はぁ、骨が折れそうだ」


 ステータスに物を言わせて抑え込むつもりが、できそうもない。


「さてそっちが来ないなら私から行くわよ」


 身を低くして襲い掛かってくる。


「っ!?」


 もう手加減とか考えている場合じゃなくなった。


 バベルを突き出すが、体に当たったと思ったら手ごたえが急に無くなり、体に衝撃が襲う。


「っ、幻みたいだな」

「あら、ありがとう」


 突き出されたバベルがクラリスの右肩に当たると、その場で一回転し俺の力を上乗せした回し蹴りを放ったのだ。


(リンの『風柳』のようだったな)


 全く手ごたえを感じさせずに受け流しカウンターを行う。


 だがその際の対処法も理解している。


「ふぅ~~」


 一度全身の力を抜く。


 そしてゆっくりとバベルを構える。


「さっきよりも攻め込みにくくなったわね」


 今の俺の状態は力を入れるのと抜く境界にしてある。これで瞬時に動くことができる。


 これは武術を習うものが中級者となる登竜門だそうだ。


「でもそんなの関係ないわ!!」


 俺が動かないことをいいことに向こうから距離を詰めてくる。


「ふん!!」


 近づけないようにバベルを振り下ろす。


 それすらも紙一重でかわし、殴りかかってくる。


「っ痛!?」

「な!?」


 歯を食いしばり、体を駆け巡る衝撃を耐える。


 だが同時に


「放して!?」


 拳を食らった時に腕を掴んでいた。


「掴んだらこっちのものだ」

「舐めないで」


 空いている腕で何度も殴りかかってくるが放さない。


「もう遅い、『放電スパーク』!!」


 軽く放電スパークを放ち、感電させる。


 ドサッ


「ふぅようやく、終わった」


 至近距離に無差別に雷撃を与える『放電スパーク』は耐性のないインファイターには鬼門だった。


 雷撃を与えたクラリスは気を失っている。


「……さて逃げ」


 クラリスを人質に逃げようとするのだが、急に地面が動く。


「次々に!!」


 沈んでいく先を見てみると大きな虫の牙が見える。


「蟻地獄かよ!!」


 急いで上に逃げようとするが、砂に流されていくクラリスが目に入る。


「ああ、しかたねぇ」


 クラリスの元に移動して片腕で体を持ち直す。


「ちっ、何のスキルかしらないけど移動しにくい!!」


 埋まっている部分が粘着性になっておりとても動きづらい。


(……こりゃダメだな)


 クラリスを連れたまま上に上がるはまず無理だ。


(『飛雷身』は俺だけしか移動できないし、俺だけならまだしも俺の下半身とクラリスの体半分が砂に飲まれたままじゃ力づく逃げることはできない)


 ということで逃げるという選択肢は取れなくなった。


(さすがに見捨てて逃げる選択肢はまずい)


 本当に命の危機を感じたら見捨てて逃げるが、まだ脱出手段として機能するクラリスを見殺すのは悪手だ。また、仲間を殺されたエルフが激昂して襲い掛かってくることが考えられる。さすがに大軍で報復しにくれば押し負ける可能性があった。


 この二つの理由からクラリスには生きてもらわないと困ることになる。


 そのまま流されて牙の元まで吸い込まれる。


(まだ)


 牙だけではなく頭を出してこちらを見てくる。


(まだだ)


 口を開けて待ち構えている蟻地獄。


(……今か)


 十分近づいた瞬間に『天雷』を放つ。


 ギシシャァァアアアアアアア!!!!!


(っ、しくじったか)


 だがさすがに殺すまでには至らなかった。どうやらかぶっていた砂にほとんどを吸収されて殺すには至らない。


(なにを、っ!?)


 攻撃してくると見るや、アリジゴクはどんどん砂を掛けてくる。


(埋め殺そうとしているのか)


 見捨てる選択肢が頭をよぎると腕が引っ張られる。


「こ……れに……ま…り……く」


 若干回復したクラリスが緑のペンダントを差し出してくる。


「魔力を流せばいいんだな!!!」


 確認するとコクンと頷く。


 魔力を流すと俺の体とクラリスの体が緑の光に包まれる。そしたらアリジゴクは俺たちを見失ったかのように周りをキョロキョロと見渡している。


「……これは何なんだ」

「ま…よけ……と」


(まよけ……魔除け、か)


 つまり魔物を回避するペンダント。


「(だから北の魔物たちに襲われないのか)なんにせよこれで助かった」


 とりあえず上に上がろうとするのだが


 バサッ

「っ、目が!?」


 魔除けのペンダントとクラリスを抱え直そうとして油断してしまい、砂や土が目に入る。


(何が!?)


 急いで目に入った砂を払い、片眼だけでアリジゴクの方角を見る。そこには地面に潜ろうとしているアリジゴクの姿があった。


 ザッザッザッザッッ

(最悪だ)


 アリジゴクが周囲一帯に撒いている土埃や砂のせいでまともに目を開けることが出来なくなっていた。


 ズ、ズズズ


 俺たちは近い位置にいたので、それに巻き込まれて砂に流されていく。逃げようにしても下半身は粘着性のある地面に寄り直ぐには這い出ることが出来ない。また『飛雷身』で逃げようにも周囲に舞っている土埃や砂のせいで目がまともに開かない。


「(仕方ない)大きく息を吸い込め」


 魔除けがあることで魔物には襲われないと判断して、アリジゴクがどこかに行くまで待つ。


 だがアリジゴクが進めば俺たちもその後ろを付いていくように流されてしまう。


(いつまで流される!!)


 砂の波に流されていると、突然投げ出された感覚がする。


(何がどうなっている!?)


 すぐさま目に入った砂を払い落とし、何とか周囲を確認する。


「はぁ?!」


 なぜだが今は空にいて落下している。


「どうなって?!」


 頭が混乱する最中、とりあえず落下のことを考える。


(俺だけなら助かるが……)


『飛雷身』で飛んだ際はそこから落下が始まるので地上に飛んだら衝撃をゼロにできる。


 だが


「お前だよな……」


 抱えているクラリスはこのまま離せば落下死するだろう。


(仕方ない)


 クラリスを包むように抱え俺が下になる。


(タイミングを間違えるな)


 下を見ながらスキルの準備をする。


「『真龍化』それに水魔法『豪水壁ハイドロウォル』」


 まずは強く打ち付けてもいいように強化用の『真龍化』、そして水魔法の『豪水壁ハイドロウォル』。


 この水魔法は水の壁を作る魔法を使い、それをクッションにし衝撃を和らげる。


 そして水の層を抜け、地面に衝突する。


 ドン

「がっ!?」


 転んだ時のような衝撃を受けると、流れるように地面の上を何回か転がる。


(っっ、痛みはあるが、動けないほどではないのが幸いか)


 投げ出された体勢から起き上がると、体を動かし、どこも負傷していないのを確認する。


「で、クラリスの方だが……」


 確認すると『豪水壁ハイドロウォル』により泥になった場所で気絶していた。


 とりあえず無事そうなので軽く体勢を直してから、放置する。


「なぜ地面の下に空が?」


 見上げると空の一部に穴が開いており次第に埋まっていった。


「これが奈落に落ちる、か」


 地面の下の世界と言うことで地獄を連想して出たのがこの言葉だった。


(笑えない………それにここは)


 この空間に心当たりがあった。


「……ダンジョンか」


 おそらく、地面を突き抜けてダンジョンに入ってしまったのだろう。


 オォオオオオ!!!!!

 ギャア!!!ギャア!!!

 ゴォオオオオオオオオ!!!


 遠くからいくつもの魔物の声が聞こえる。


「まずいな」


 声の量からして北の森での魔物の数とは比べられないほど多いだろう。


「……また借りるぞ」


 転がっているペンダントを手に取るとクラリスの背に手を当てて、魔力を流し、安全を確保する。


 しかし俺だけが魔力に包まれておりクラリスは適用されてない。


(さっきはできたのに、なぜ)


 それからいろいろやってみた結果、どうやら皮膚が触れ合っていなければいけないらしい。


 仕方なくクラリスの手を握ると無事にクラリスにも効果が表れた。


(さて、ここからどうするか)


 さすがに長らく帰らないと父上が騒ぎそうだ。


(母上が父上を押さえるから夏休み中は何とか問題ないと思うが……)


 結構不安だった。


(出るにはダンジョンを攻略しなくてはならないが)


 視線を木に背を預けているクラリスに向ける。


「効率を考えるなら、こいつにも協力してもらわないといけないか」


 この広大なエリアをクリアするのには探知もしくはセーフティエリアの場所を作り出せるような技能がなければ無理だろう。


 その点で言うと、このペンダントがあるため問題なく過ごせるはずだ。


(ダンジョンを出るまでは休戦してもらうしかないが、受け入れるかどうか)


 とりあえず眠り姫が目覚めるのを待つしかなかった。












〔~クラリス視点~〕


 温かい。


 手の先にぬくもりを感じる。


「気づいたか?」


 男の声がする。


「おい……どこか痛むか?」


 心配してくれる声がする、その声が聞こえると安心できる。


「へへ~~」


 うれしくてその体に抱き着く。


 なんだろう、父様の背中みたい。


「おい」


 頬ずりするともっと暖かい。


「おい!!!」


 大きい声で意識がはっきりしてきた。


「ようやく目が覚めたか」


 目が覚め、目に飛び込んできた人物は―――

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