第36話 あれ?ここはどこだ?
セレナの秘密を知ってから、やたらと俺たちに近い距離を取るようになった。
「バアル様、あそこは分かりますか?」
「バアル様はなんで槍をお選びに?」
「珍しいお肉が手に入ったのですが今晩一緒に食べましょう!!」
という風に子犬みたく纏わりついてくる。
「リンさん、これ頼まれていたものです」
家にまで付いてきてリンと何かとやり取りをしている。
「ええ、ありがとう」
「いえ、これも後輩として当然です」
(後輩?)
こちらの疑問の視線に気づいたのか、セレナは振り向き、前世の敬礼の様なポーズを取る
「はい!!私、セレナ・エレスティナはバアル様の元で働きたく存じます!!」
そういい、綺麗なお辞儀をしてくる。
「………」
セレナの価値を考える。
前世の記憶持ち、専門知識は無いようだがそれなりの書類仕事はできるだろう。まぁこの世界はその書類仕事で十分に文官として働けるがな。礼儀作法の点も大人の記憶があるが故かしっかりとしている。
ここで雇い入れても損がない相手であると判断する。
「わかった、セレナを雇うとしよう」
「はい!!」
ということでセレナに何か割り振らなければならない。
だがその前に
「まずは能力を知りたい、そのために鑑定するがいいな?」
「あ、はい」
モノクルを取り出すとセレナのステータスを調べる。
――――――――――
Name:セレナ・エレスティナ
Race:ヒューマン
Lv:5
状態:普通
HP:68/68
MP:77/77
STR:8
VIT:4
DEX:7
AGI:5
INT:19
《スキル》
【剣術:2】【火魔法:2】【水魔法:2】【風魔法:2】【土魔法:2】【雷魔法:2】【光魔法:2】【闇魔法:2】【料理:4】【家事:3】【算術:12】【化粧:8】【礼儀作法:9】
《種族スキル》
《ユニークスキル》
【多重ノ考者】
――――――――――
あの存在にあったのなら、ユニークスキルを持っているのは当然と言えば当然だ。
「【多重ノ考者】か、どんなスキルなんだ?」
「えっと、意識を二つに分けるって言えばいいのかな、剣術のことを考えながら、魔法を構築することができますね」
「使い勝手がいいのだか悪いのだか、わからんな」
「それはバアル様のユニークスキルが強すぎるだけですよ!!」
普通は発現してもこれくらいなのだと言われた。
「それにしても全属性の魔法を使えるのか」
「ええ、あの世界では魔法というものが無くて、とっても楽しくて覚えました」
「……ならそのまま魔法を鍛えるべきか?」
「ええ、それに剣も使えるように鍛えてもいますよ!!」
万能を目指しているという。
「わかった、お前はこの学園で出来るだけ魔法について調べろ」
「え、それが仕事?」
「ああ、そして覚えた魔法を俺のために役立ててもらうぞ」
「わ、わかりました」
セレナの方向性が決まった。
「あの魔導書を見つけるくらい、魔法が好きなのだろう?」
「……あはははは」
乾いた笑いの後、セレナは素直に白状した。
『ゲームではこれを渡すとバアル様の好感度が上がるから』
だそうだ。
(確かに興味を惹かれる内容だったが)
内容を覚えているのか聞くと。
「大丈夫です、私物覚えだけはとても良くって全部暗記しています」
ということらしい。
「じゃあ、図書館にある魔法のことを全部暗記できるな?」
「………全部?」
「全部だ」
「………はい」
その後、セレナは図書館で俺の恨み言を言っている姿がよく見られたとか。
そして日常が過ぎれば、夏の長期休暇が訪れる。
「夏休みですか?」
セレナはそういう。
「間違ってはいないな、約二月間は休日となる」
そしてそれに伴った宿題が出される。
(まぁこれくらいなら一日あれば終えることができるな)
生徒に関してはみんな様々だ、故郷に帰省するもの、寄宿舎に残りバイトをする者、勉学に励む者。
その中で俺はリン含めて5人を引き連れてゼブルス領まで帰省することになった。
「おかえり、バアル」
ゼウラストの屋敷に帰ってくると玄関では父上が出迎えてくれた。
「ただいま戻りました父上」
「うむ、学園の噂はここにも届いているほどだぞ」
(その噂がどんなものだか……)
聞いたら藪を突くことになりそうなのでスルーする。
「「お帰り兄様!!」」
父上の後ろからアルベールとシルヴァが出てくる。
「二人とも、今戻った」
二人とも成長し、今では『兄様』と呼ぶようになった。
「兄様、僕の勉強を見てよ」
「ズルい!私よ!」
「いや!僕!」
そういって両手を引っ張る始末。
「わかった、わかった、だが、父上と話を済ませてからだ」
「「は~い」」
俺と同様に五歳になったことから二人も教育が始まっている。今は勉学とマナーが大半を占めているが成長するにつれて武術や魔法などの鍛錬も追加されていく。
「はいはい、お兄ちゃんは長旅で疲れてるからあとでね、それよりも先生方が呼んでいたわよ」
「「は~い、母様、じゃあ行ってきます兄様」」
二人はあわただしく屋敷の中に戻っていく。
「さて、おかえりなさいバアル、学園では楽しくやっている?」
「ただいま戻りました、相変わらずイグニア殿下はしつこいですが」
「ふふ、殿下は相変わらずのようね」
母上の事だこの言葉を聞いただけでどんな生活をしているのかも予測できるのだろう。
「連れてきた者たちはどうしたんだい?伴っていったのはリンだけだったはずだが?」
「あの四人は新しく雇ったものですよ」
父上に説明する。だが説明すればするほど父上の顔は険しくなっていく。
「ふむ、前にも言ったがお前が自分で雇う分には何ら問題がないが」
肩に手を乗せられる。
「頼むから子供のころから色に溺れないでくれよ」
(……………………そっち方面はそんなに信用できないのか?)
とりあえず5人をメイドに任せて自室に向かう。
(数か月だけなのに懐かしく感じるな)
たった数か月なのに懐かしく感じてしまう。家具の配置も、衣服も窓から入る匂いも同じなのにだ。
コンコン
「若様、いらっしゃいますか?」
「ああ、それと若様はもうやめろ」
「これは失礼しました」
入ってきたのは見慣れた文官なのだが、その手には分厚い書類の束がある。
「一応聞くぞ、なんだそれは?」
帰ってからゆっくりしようと思っていたのだが、その書類はいったいどういう要件なのか、コンコンと問い詰めたくなる。
「?御当主様から聞いていないのですか?この書類はバアル様が行ってくださると聞いたんですが」
「…………とりあえず渡せ」
心の中で
「――ル様、バアル様」
「ん?どうしたリン」
ふと書類から顔を上げると目の前にはリンが立っている。
「メイド長から夕食の準備ができたとのことです」
窓の外を見てみるとすでに日が落ち始めている。書類を確認しているといつの間にかかなりの時間が過ぎていた。
「わかった。向かうとしよう」
手に持っている書類を置きリンと共に部屋を出る。廊下を歩いているとかすかに芳しい匂いがする。
「で、どうでしたかイドラ商会のほうは」
「とりあえずは問題は無いようだった、今度から商品の補充を多めにしてほしいって要望があったくらいだな」
すでにこの国に無くてはいけないイドラ商会。王の声もあり、ほとんどの貴族のインフラ設備はイドラ商会製の魔道具となっており、儲けだけで言えばこれからどこまでも伸びていくだろう。その商会がもたらす財は百回以上人生を遊び尽くせる。
そうこうしているうちに大広間に到着する。
「何でここだ?」
ここはパーティーで使う場所だ。食事をとる場所はほかにあるのに、今回はここに案内される。
「どうやら旦那様が屋敷の皆でパーティーを開こうと言い出したようで」
それでここを使用しているらしい。とりあえず入ると、盛大な拍手が鳴る。
「さて主役も来たようなので宴を始めるとしよう」
メイドからコップを渡され、中央に押しやられる。
「さてバアル一言頼む」
めんどくさいことに巻き込むなと心の中でつぶやく。
「(まぁここは無難に)パーティーを開いてうれしく思う。今夜は父上のおごりで無礼講だ。父上秘蔵のお酒も遠慮なく好きなだけ飲め!!カンパーイ!」
「「「「カン「え?!」パーイ!!!」」」
約一名動揺しているのがいるけど自業自得として目を瞑ろう。もちろんこの宴ではお酒も配られているがまだ未成年なので飲めない。
「にしても若、新しい嫁さん見つけて来たって本当ですかい?」
晴れて見習いが取れて庭師になったギルベルトが訪ねてきた。
「嫁って……ただ有能だから雇っているだけだ」
「そうなんですか?」
「ああ……どこからそんな噂が」
視界の隅に顔を反らすメイドたちの姿が映る。メイドのたしなみは膨らみ続ける噂話なので、仕方ないと言えば仕方ない。
「ま、まぁご無事そうで何よりです」
「ギルベルトもな」
俺とギルベルトは乾杯する。
「そういえば、バアル様に婚約の手紙が届いているようですが?」
「思い出させるな」
貴族に政略結婚はつきものだが、今婚約するのは少し悪手だ。なにせ状況が状況だ。
(せめて、エルドかイグニアどちらかが王太子に決まれば考えようがあるのだが)
裏でグラキエス家と通じてイグニアを支援しているとしてもエルドが王太子に選ばれる可能性も大いにある。というよりも、この可能性があるからグラキエス家とは密約で済ましている。これが南部の貴族であればそこまで深く考えなくていいのだが、現状で南部貴族と婚約してもほとんど旨みがない。それに婚約の申し込みはエルドとイグニア、両殿下の派閥貴族の家のみから申し込まれている。両殿下の派閥からはせっかく婚約の申し込みをしているということで南部を理由にして拒否するのは危うい。下手すれば両派閥から総スカンをくらう可能性がある。
「……やはり今の時期は厳しい」
殿下たちが成人する3年後までは不安定になる。いやもしかすればもっとかかるかもしれない。
(アルベールやシルヴァが多少大きくなったら俺も楽になるかもな)
弟妹が10に、いや身内だけの貴族のパーティーに出れる8歳にまでなれば婚約という選択肢も取れる。例えばアルベールをエルドもしくはイグニアの派閥のところに婿入りさせ、シルヴァを反対側にという方法も可能だ。
(それにしても……)
会場内を見回す。優雅に食事を楽しんでいるメイドたち、何やら料理のことを熱く語っている料理長、不気味に笑っている家宰、大量に酒を飲み泥酔している騎士たちとこの場は混沌と化している。
「そういえばあの5人は?」
俺と共に来たみんなの姿がない。
「あれじゃないですか?」
ギルベルトの指した先には、なにやらメイドに囲まれて追及されているリン、リンと共に別のメイドに囲まれているセレナ、年のいっているメイドや執事に甘やかされているカルスたちがいた。
「本人が嫌がってないなら問題ないだろう(そのまま大人たちのおもちゃにされていてくれ)」
そうすれば酔った大人の矛先は俺には向かない。
「お~い~なにやっているんだギル~~お前もこっちにこ~~い」
「げっ、親方」
案の定ギルベルトも標的にされたようだ。
「そうだ、若……っていない!!??」
(悪いな。酔った大人のタチの悪さは前世で身に沁みついている)
ギルには悪いと思いながらもこの場は退散する。
大人たちの絡み酒から逃げて自室に戻った。
「ついでに、これを持ってこれたのはラッキーだったな」
机に置いたのは父上秘蔵のワインボトルだ。年齢も12、まぁ本当はダメなんだが別段全員がそれを守っているわけではない。
「(宴会の時だって酔って勧めてきた奴もいるしな)……さて」
キュポン、トクトクトク
今回の人生初の飲酒となる。程よく夜が明けてきていて、満月ではないが月見酒ができる。
ゴクッ
試しにと一口だけ飲むが、やっぱり酒は美味い。
「まだまだいけるな」
それからボトルのワインを総て飲み干す。
この体はまだ12歳の状態だ、大人程の解毒する力はまだない。そんな状態でアルコールを飲んだらどうなるか。
「は……ははは……あはははははははは!!!」
気分が高揚する。心なしか体が軽くなって空を飛んだ感覚さえしてくる。
「あ~~~月がきれいだ~~」
ワインを飲みながら月を見ていると次第に意識が薄れていく。
「ん、ん~~~」
ガサガサガサ
朝日の光で自然に目が覚めるのだが、体を動かすと変な音が聞こえる。
「……??…………???」
気づいたら大きな樹の枝に引っかかっていた。
(………なんで?)
頭を回転させ、覚えていることを思い出す。
(ワインをくすねて自室で楽しんでいたら…………)
これ以上は思い出せなかった。
(とりあえずここがどこなのか調べるか)
都合のいいことに引っかかっているこの樹は周囲の木よりもかなり高い。体勢を立て直しそのまま樹を登っていく。
(……何も見えない、か)
見渡す限り樹海だ。ひたすらに広葉樹が広がっており、遠くには森を区切るように山が見える。
「……こっちもダメか」
いつも持ち歩いている、場所を調べる魔道具もダメになってる。
「これが無事なら問題はなかったんだが」
現在地を知らせてくれる魔道具が無事なら問題なかったのだが……使えないのなら仕方ない。
「嘆いても、仕方ないか」
悲観せずに行動に移す。
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