第35話 一つ目の事例があれば二つ目も存在する

 出された料理を一通り見ると


「へぇ」


 俺の好みを調べたのか出来上がった物は好物しかない。


「どうですか?」

「普通にうまいな」

「そっか~」


 手を付けて感想を言うと、なぜだか嬉しそうな顔をする。


「今後もお世話しに来ましょうか?」


 セレナは嬉しそうに提案をするのだが





「いえ、その必要はありません」






 ドアが開かれると三人を連れたリンがそこにはいた。


(なんか妙な威圧があるな)


 リンの姿から何らかの威圧が放たれているように錯覚をする。


「バアル様のお食事は私が用意しますので問題ありませんよ」

「ですが、異国の貴女にこの国に合った味を出すことができますか?」

「平民の貴女よりは貴族の好みは熟知していますよ」

「でもそれがバアル様に合っているかどうかも不明ですよね」


 なんか二人の間に火花が散っている錯覚がある。


「(まぁ気のせいだろう)ということで、家事の心配はいらない」


「フッ」

「っ!!」


 どちらがどんな反応をしたかはあえて言わない方がいいだろう。


「礼と言うならば今日は協力して作ってくれ」


 今回は一緒に料理を作るで終わってもらう。








 食事を終えると俺は自室に戻る。


「意外に平民からも頭いい奴がいるな」


 豪商ならわかるが、教育よりも畑仕事みたいな過程で育った奴しか今年はいないはずだ。それなのにあの頭の良さ。


(本格的に教育すれば、使い物になるか?)


 とりあえず制服を脱ぎ、気楽な格好をする。


(毎回思うが変に凝りすぎだ)


 制服なのにお堅い感じしかない。威厳を感じさせると言えば聞こえはいいが、実際に着るにはゴテゴテしすぎている。


(それにこれを着ているときは歩く姿にも気を付けないといけないからな)


 家みたく気楽な歩き方でなく、よく見せる姿勢で歩かなければいけないためかなり疲れる。


 部屋を出るといい匂いが漂ってくるので一階に下りる。


「様子はど」






「リンは『日本』もしくは『アメリカ』って言葉知っている?」



 ………………………………は?












 キッチンで料理している二人に話しかけようとすると面白い単語が聞こえた。


「日本?アメリカ?????」

「その様子じゃ知らないようね」

「ええ、なんの言葉ですか?」

「国よ、遠い遠いね」


「なにやら面白そうな話をしているな?」


 さすがに今の会話は聞き捨てならない。


「着替えたのですか」

「ああ、あっちは息苦しい……それより、セレナその話を聞かせてもらおうか」


 料理が終わると、俺とリンセレナがテーブルに着く。


「で、その『日本』と『アメリカ』というのを詳しく教えてもらおうか」


 あくまで自分は知らないふりで通す。


「ええ、とてもとても遠い国の名前なの」

「国の名前、な」







〔~セレナ視点~〕


「国の名前、な」


 私を尋問しているのはゲームの隠しキャラである、“破滅公”バアル・セラ・ゼブルス。


「ええ、そうなの昔旅人が教えてくれた名前でね、リンさんは異国の方ですからもしかしてと思いまして」

「残念ながら聞いたこともないですね」


 ゲームの主要キャラである、リン・カゼナギ。


 本来なら中等部から登場するはずなのに初等部から登場している。


(もしかしたら私と同じと思ったけど……)


 あの反応から違うことが分かった。


「国の名前、な」


 バアル様が再びつぶやく。


(設定どおりね)


 バアル様の設定は、まさに運営に優遇されすぎたキャラだった。キャラのステータスもすべてにおいて高く、コアなゲーマーならだれでも攻略に臨む。かく言う私も何日もトライアンドエラーを重ねてようやく攻略することができたくらいだ。


(本当に鬼畜なのよね、腕だけでなく運も必要になっていたから)


 特定のイベントを起こす必要があるのだけど、そのタイミングが完全にランダムだった。


(それでどれだけの苦情が運営に寄せられたか)


 私も運営の生配信で何十回の苦情を入れたか。


(今思うと楽しい思い出だわ)


 それにためにもなる、なにせ、せっかくゲーム・・・の世界に転生できたのだ、思う存分楽しまないと。


「俺は身分柄この大陸に存在するすべての国の名前を憶えている」


 その言葉で心臓が跳ね上がる。


 なにせ先ほど出た言葉がデタラメと見抜かれていた。そしてこの歳になるまである程度の常識は学んできた。もちろん貴族への対応の仕方も。そしてそれがどのような結末を迎えるかも。


「そしてこの大陸以外に行く手段は無い、もしかしたらあるかもしれないが、一般公開されているなら耳にも入ってくるだろう」


 冷や汗が止まらない。


 貴族様に嘘をついたのだ、下手をすれば首が飛ぶ。


 何とかうまい言い訳を考えるが、焦りで一向に思考がまとまらない。


「そして国で秘匿しているのならなんでお前が知っている?」


 ヤバい、本当にヤバい。


「国じゃなく町や村の名前だとしても他国からの旅人が言うのは変だろう?」


 たしかに他国から来たのなら国の名前をまず出すはず。


「………お前は何者だ?」


 その言葉と共にバアル様が何倍にも膨れ上がったように錯覚した。


「は、白状します!!」


 こうなればすべて正直に話すしかない。










〔~バアル視点~〕


「異世界だと?」


 思った通りこの少女は転生者だった。


「そんなことがあると思うか?」

「………」


 深く悩んでいるが、証明なぞはできないだろう。


(悪いがうまく使わせてもらうぞ)


 その現象が起こっていることを知っているが、あえて何も言わない。


「とりあえず、その異世界とやらでお前はどんな存在だった?」


 信じてない風を装い、少女を調べる。


「前世での名前は泉川いずかわ 春香はるかといいます。あっ泉川の部分が姓で春香の方が名前です」

「そこはヒノクニのようなものか」

「はい、私はそこでOLとして働いていました」

「オーエルとはなんだ?」


 発音でバレるかもしれないから少しだけ気を付ける。


「えっとこっちで言う、商家で働く女性ですね」

「だから、あれほど頭がいいわけか」

「あ、いえ、前世では私はどちらかというと頭が悪い方でした」

「なのにあの成績を出すのか」

「アレくらいなら前世での子供は10歳でも解けると思いますよ」

「………なに?」


 演技も結構疲れる。


「前世での世界では義務教育というものがあり、15歳以下の子供はすべて教育を余儀なくされるんです」

「この国では考えられないな………………だが、話が本当なら納得だ」

「ホッ」


 セレナは安堵の息を吐く。


「で、肝心の部分に迫るぞ」

「ゴクッ」

「お前は死んでこっちに来た、そうだな?」

「はい、VRゲームの際に意識を失って、とある空間で神に会いまして」

「…………とりあえず続けろ」

「(信じられないよね)そこで転生させてもらいました。さらにユニークスキルも」


 話を聞く限り、死ぬまでは違うがその後の状況は俺と同じであった。


「………大体わかった。それじゃあ現実的な話をしよう。お前は何ができる?特殊技能はあるか?」


 一番確認したいことはここだ。前世の専門職ならば使い道はいくらでもある。


「……ないです」


 期待した答えではないので少し落胆する。


「それだけの教育を受けて、何もないのか?」

「はい……仕事での計算は電卓を使っていましたし、資料作りもグラフもエクセルやパワーポイント、ワードでやっていたし……」

「つまりはその世界の技術のことは知っていても詳しい部分はまるで知らないのか」

「……はい」


 正直…………微妙な人材だな、ただ一般的な大人をただ子供にしただけの存在でしかない。


 もう聞くことは無いと思い次に移る。


「では最後に、なぜリンに『日本』や『アメリカ』のことを聞いた?この世界に無いってのを知っているだろう?」


 これが一番の疑問だった。ちなみにだが、先ほどこの地陸のすべての国を知っていると言ったがあれは嘘だ、ただセレナの嘘を引き出すための方便でしかない。


 明らかに無いってのを知っていたのにリンに問いかけた、その意味が解らない。


(別に同じ転生者でもそんなことを聞く必要はないだろう?)


 すべての転生者が善人とは限らないし、何より知識は財産だ。独占した知識で金を得ているところに同じ知識を得たものが現れたらどうする、最悪は殺す手段も出てくる。


 仮にセレナが俺と同じような知識を持っていたら、最悪は殺すことも視野に入れていた。その点で言えば凡で助かったとも言える。


「それは……シナリオが違ったから……」


 (シナリオ?)


「最初は全く違う世界に転生したのかと思いました、ですが少し調べてみるとよく知っている世界だったのです」

「どういうことだ、その世界ではほかの世界の情報を知ることができるのか?」


 俺がいたころはそんなことはできないはずだ。


(もしくは全く違う世界の日本から来たか?)

「いえ、それはゲームの世界の話で」

「ゲーム?」

「はい、あ、こっちで言うと小説の世界ですね」

「つまりは知っている小説の世界に来たと知ったのだけど、その話通りに歴史が進んでないわけか?」

「はい、それでほかの転生者がいると思い、それが」

「リンかと思ったわけか」

「はい」


 全容が見えてきた。


「まず最初にお前が狂人じゃないとするぞ」

「……狂人じゃないですよ」

「現状、お前の妄想としか考えられない………で、仮に違うとしてなんで全く同じ歴史になると思った?少し違う世界と考えなかったのか?」

「少し調べてみると知っている出来事ばかりだったんです」

「じゃあ仮にお前の知っている世界だとしよう、だが未来に何が起きるか知るお前が来ている時点でそれは知っている未来に成りえない可能性を持っているんだぞ」

「?????」


 セレナは理解できないようだ。


「仮に未来に起こる事を知っているとしよう、それを阻止しようと動くともちろん違う結果になる。そしてそれを促進する動きをしても何らか違う結果になるだろう、人員が違ったり、規模が違ったり様々だ。最後に無干渉を貫いたとしよう、でもそれは知って無干渉と知らずに無干渉だとまた違う結果をもたらす」


 例えばそのまま歩けば転んでしまうことを知ってしまったとしよう。回避しようとした当然、違う結果になるし、転ぶことになったとしてもその後の対応も知る前と知った後では全く違うものになる。本来なら泣きじゃくるところなのに、冷静に水で洗って包帯を巻いたりとかだ。


「つまり未来を知る時点でお前の知っている未来ではなる」


 要約するとそういうことだ。


「「?????」」


 理解していないのが約一名増えた。


「とりあえず、知っている時点で未来は変わると考えろ」

「はい、わかりました」

「で、どこでその歴史が変わっていると考えた」

「それは……リンさんが学園に来るのは中等部からなのです」


 それから俺はこいつの知っていることを聞き出す。













「本当にあの事を信じるので?」


 その夜、セレナが帰ると俺とリンは今後のことについて話をする。


「もちろん信じない。だが、ただ妄言にするにはやけに詳しい、詳しすぎた」


 実際は本当のことだとわかるが何も言わない。


「このことはルナたちに?」

「言えるわけがないだろう」


(それにしても不自然に思わなかったのか?)


 この世界には前の世界にあった冷蔵庫などを模倣している魔道具がある。そこから俺の正体が推測はできそうなものなのだが……


(まぁ、あの様子だとゲームの中だと疑ってないみたいだからな)


 不審に思えないのだろう。


 にしても


「少し気が晴れた顔をしていたな……」


 帰る際のセレナだが、すこし嬉しそうな顔をしていた。


「苦悩を知ってくれて受け止められる存在ができたからでしょう」


 何やらセレナのことを分かった口ぶりで言う、リン。


「しかし、あの妄言を信じるならめんどくさいことが何回かありそうだな」


 教えてもらった情報にはいくつも関与しそうなのがあった。


「とりあえず様子見だな」

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