第30話 ちょっと依頼をこなしただけなのだがな

 特大の咆哮が響き渡ると体から振り下ろされる。


「ワリィ、遅くなった、だけど」

「ああ、あの叫び声が」


 地面に降り立つと、オルドが隣にやってきた。どうやら後ろの魔物がひと段落したようだ。だが、またすぐに魔物が集まってくるだろう。


「アーク、さっきみたいにしていたらいつまでも後手に回るぞ」


 オルドのいう通りだ。このままでは先ほどよりもひどくなっている。


「オルドの言う通りだわ」

「そうですね、次の魔物が来るまでに森鬼トロールを倒すべきです」

「うん、それしかないと思うよ」


 全員の意見が一致した。


「わかった」

「ちょっと待ってね」


 ソフィアが僕の額に手を当てると魔力が流れ込んでくる。


「これで少しは回復できたでしょうか?」

「ああ、ありがとうソフィー」


 これでもう一撃だけ防げるだけの魔力量を渡される。


「それじゃあ行くよ」

「ああ!」


 まず僕とオルドが駆けだす。


「泉の精霊よ、我が声が聞こえるならば力をお貸しください“泉の奔流ルサルーカ”」


 次にカリナが精霊を呼び出す。


「縛りあげなさい!!」


 先ほど同様に足元にできた水は触手のような形を成し、全身を縛りあげるようになる。


「炎の聖霊よ、汝が器に宿りその力を発することを願い奉る『炎霊宿りフレイミング』」


 ソフィアの神聖魔法で僕の剣とオルドの手甲、リズの矢が炎を纏う。


 再生させないために焼き焦がす選択をしたのだろう。


 ブンッ!!


 振り下ろされる大木を横に飛んで躱し、またそのまま伝い上る。


 何度も同じ行為をしているので森鬼トロールもすぐに振り落とそうとしてくるが。


「止めなさい!!」


 カリナの精霊魔法で腕の動きを阻害しているおかげで振り落とされる事は無い。


「ありがとう!!」

「サンキュー!!」


 僕とオルドはそのまま顔までたどり着く。


「それじゃあ行くぞ!!『拳砲』!!」


 格闘術のアーツの一つで拳の形をした魔力の固まりを飛ばすというもの。


 超近接戦の格闘術にしては珍しい遠距離の攻撃手段だ。


 『拳砲』が目に当たると森鬼トロールはすこしだけ揺れる。


 その間に何度も切りつけるが、傷が完全にふさがることはなかった。


(だけど、これじゃあ時間が掛かりすぎる)


 剣で攻撃するのはいいが、焼き焦がすことができるのは剣が触れた最初の部分だけだった。それ以外は血によって熱がうまく伝わりにくくなっていおり、軽度の火傷にしかなっていない。


「こっちで時間を稼ぐから大技一発で終わらせてくれ!!」


 その様子を見てかオルドがそう提案してくれる。


「わかった」


 一度、森鬼トロールから離れて一撃で終わらせる準備をする。


「邪魔させないよ!!」


 リズが再び目を狙って矢を放つが、今回はさすがに防がれてしまった。


「さすがに何度もうまくはいかないか~」


 だが狙いはリズに向くことになった。


「俺を忘れるなッ!」


 顔を向けた反対方向から炎の拳を眼球にぶつける。


「ガァアアアア!!」


 さすがに痛かったのか悲鳴が上がる。


 だがうまく焦げたのか今回は再生が始まる様子はない。


「まだかアーク!!」

「アーク君!!」


 二人は何とか僕の方に注意が向かないようにしてくれている。


 そんな二人の期待に応えるため集中する。


「『太陽ノ光剣』」


 掌を上に上げると、そこにまばゆい光を放つ剣が生み出される。


 だけど


(これじゃあだめだ、もっと大きくしないと)


 このサイズだと良くて少し肉を切り裂くほどの大きさしかない。


 なのでさらに魔力を込め大きくする。


(まだ足りない、まだ………まだ……)


 【身体強化】分の魔力以外を総て注ぎ込み出来たのが、2メートルほどの大きさの光の剣だ。


「ゴメン、遅くなった」

「馬鹿!!言ってる前に早くしろ!!」


 オルドの言う通りすぐさま行動に移す。


 光剣は掴む必要はなく掌に垂直に浮いているので幸いにも重さという概念がない、ただ掌を振り下ろせばそのまま剣が振り下ろされるのだ。


 ぉぉぉおおおおおおおおおお!!!


 森鬼トロールは何かを感じたのか僕のことを睨む。


 そして手に持った大木が振り下ろされるが


「はぁ!!」


 同じく切り合うように光剣を振り下ろす。


 アアァアアアアアアアアアアアアアアア!!


 すると大木を水のように切り裂き、さらに森鬼トロールの腕にも無視できないほどの傷をつける。


「まだ!!」


 すぐさま畳みかける。


 腹を裂き、肩から腰に落ちるように傷をつけ、足の健を切り裂き立てなくする。


 スゥウウウウウ。


「させない」


 急いで顔の前まで登り、首を切り落とそうとするが。


 何度も切りつけたせいか剣の大きさが縮み、首を落とすことができなかった。


「だけどこれなら叫ぶこともできないだろう」


 光剣は切りつけた部分を焼き付けるので再生の邪魔をすることができる。なので切り落とすことはできなかったが喉を潰すことはできた。


 再生に集中しているのかほとんど動かなくなっている間に頭の上まで登り。


「これで終わりだ!!」


 頭から股下までを切りつける。


 アァ…………………


 両断とまではいかなかったが脳は左右に割れるほどの傷をつけた、生きていることが不思議なぐらいだろう。


 僕たちは動かなくなったのを確認すると全員が崩れ落ちる。


「はは、それにしてもよく生き残れたな俺ら」

「ほんとうよ、こんなこと二度とごめんだわ」

「疲れた~~ベッドでゆっくりしたい~~」


 そして自然と笑い出す。


「これからどうする?」

「このままみんなの居る場所に向かうのがいいと思います」


 僕の問いにソフィアが答えてくれる。


「そうだな、ここに居たらまた魔物に襲われてもおかしくない」


 全員で移動しようとするのだが。


 アゥゥウウウウウウウウウウ!!


 魔物の遠吠えが聞こえてくる。


「!?そういえば!咆哮をしたけどまだ魔物が来ていない!?」


 僕が一人で戦っているときに上がった咆哮の効果が今出たらしく、続々と僕たちの周りに様々な魔物が現れた。


 だがもうすでに魔力がない。これは僕だけでなく全員がそうだ。


 逃げようとしても周りをぐるっと囲まれているから退路もない。


 魔力がなければ僕たちはタダの子供だ、もはや絶望しか感じなかったその時。







『嵐撃』






 女性の声と共に横に伸びた台風が魔物の群れを飲み込む。


『風迅』


 次に聞こえた声で後ろに一人の女性が現れる。


「見えなかった……」


 現れたのは珍しい黒髪の女性だった。


「……バアル様はいないみたいですね」

「危ない!!」


 何やら探している少女の死角から魔物が襲い掛かるのだが。


「邪魔です」


 その声と共に魔物が切り刻まれる。何の特殊な力とかではない、ただただ剣を抜き、なで斬りにしただけだ。


「さて、お話を聞きたいのですが、周りが邪魔ですね」


 そう言いうと姿が消えた。


「…え?」


 見渡してみると魔物の後ろに移動している。


「いつの間に!?」


 刀すら抜いていないのに周囲の魔物が先ほどのように切り刻まれていき、またすぐに消えたと思うと違う場所に移動して魔物が切り刻まれる。


 それを何度か繰り返すとすべての魔物が切り裂かれた。


「さてこれで話が聞けますね」


 この声を聞き、僕たちはようやく安堵できた。











「そうですか………では私がキャンプ場まで護衛します」


 一通りの出来事を説明し、僕たちがバアル様から離れたことを伝えると彼女はそう言った。


「でも、あの貴族様は……」

「バアル様なら問題ありません」


 彼女の目には絶対の信頼があった。


「でもなんでバアル……様は追いかけてこないんだ?」


 オルドはバアル様がこっちに来れないことを不審がっている。


「おそらく、未だ戦っているのでしょう」


 リンさんはそう断言する。


「ならば、助けに」

「行くだけ無駄ですよ」


 とても従者とは思えないセリフだった。


「ですがもし危険な状況に陥っていたら」

「陥っていても、私たちが行くだけで覆る状況ならあの人にとっては窮地とは言えないでしょう」

「でも……」

「わかりました、ではお三方にあなたたちを任せます、いいですか?」

「「「わかりました、リン様!!!」」」


 魔物を倒し終わった後、同じ班の三人が合流するのだがキャンプの時とは態度が変わっている。


「では私はバアル様の元へ向かいますので、あとをよろしくお願いします」

「はい、もちろんです!!」

「五人には指一本触れさせません!!」

「大船に乗ったつもりでお任せください!!」


(本当に何があったんだろう……)


 それから余力がある三人に守ってもらいながら先生がいるキャンプ場まで移動した。








〔~リン視点~〕


(まだ、戦っていますね……)


 足に嵌めた『土知りの足具』で振動が響いているのがわかる。


(にしてもバアル様がここまで手こずる相手ですか)


 本気の模擬戦では一勝もできないほどの強さをもつバアル様が何かに足止めを食らっている。


(……そんな相手に私が役に立つのでしょうか)


 気弱になるが何とか思考を振り払い走り続ける。


「………そろそろですか」


 思考を止めて戦闘の跡地を通る。


 樹は無残になぎ倒されて、地面には焼き焦げた跡がある。


(これはバアル様の力ですね)


 他にも枯れ果てた草木が目に映る。


(こちらが相手側の能力ですか?)


 二人に接触するまでにいくつもの情報を集める。


(おそらく闇属性の力。そしてバアル様の雷だと相手が使う闇を突破できてないのでしょう)


 証拠に枯れ果てた草の中に焼き焦げた跡がない。


 雷の性質上、弱いならともかく地面に焦げ跡を作る規模で放電したのなら周囲に何も影響を与えないというのはおかしい。


 それもとても燃えやすいであろう枯れ葉や萎びた草だとなおさらに。


 ゴォオン!!


 戦闘音が聞こえてくるほど近くに来ていた。


 すぐさま音の鳴る方に向かうと戦っているバアル様の姿が見えた。









〔~バアル視点~〕


「フム、君は本当にヒューマンかな?」

「少なくとも、お前よりは人に近いはずだ」


 高速で動く視界に奴を捕らえながら会話をする。


「いや、ワガハイが言うものなんだが、人とはこんなことできたであるか?」


 奴は無くなった左腕を見る。


「悪魔というのは軟だな、全力で殴っただけでそんなになるとは思わなかった」


 ユニークスキルを発動してお互いに全力で殴り合うと奴の腕が吹き飛んだ、ただそれだけだ。


「『雷霆槍ケラノウス』」

「闇よ、すべてを飲み込め『闇呑みダークスワロウ』」


 発動した槍が奴の手に集まった闇に突き刺さり、飲み込まれる。


(あの魔法は厄介だな)


 下手な攻撃はすべてあれで無効化されていた。


「お褒めにあずかり光栄であるよ」

「褒めていない」


『飛雷身』、『パワークラッシュ』


 奴の真横に移動して槍を振り下ろす。


 ドン!!

「う~む、痛いであるな」


 残っている右腕の爪で防がれるが、衝撃で地面に激突する。


「本当に異常であるな、怨念よ引きずり込むのである『怨念の掴み手ゴーストハンド』」


 奴の体からにじみ出た闇が地面に広がり、そこから無数の手が迫ってくる。


「こんなものでどうこうできると思っているのか?」


放電スパーク


 近づいてくる無数の手を総て焼き払う。


「やっぱり、人をやめているのであるな」

「フッ!!」


 奴がしゃべっている隙に『飛雷身』で移動して『パワークラッシュ』を叩きこむ。


 だが持っていた槍が奴の体にめり込み、体から無数の手が迫ってくる。


 すぐさま槍を離し距離を取る。


「……うまくやったと思ったのであるが」


 少し離れた木の陰から奴が現れる。


「どうやらすべてが身代わりってわけでもないようだな」


 奴の左腕が消失している。おそらく『怨念の掴み手ゴーストハンド』で視界から外れた時に偽物を作り、罠を張ったのだろう。


(あれも本物であるという確証はないが)


 年月が過ぎた魔物の厄介なところはこれだ。狡猾に知恵を使い、相手を嵌めようとする。


「ん~~ん?………どうやら少し不利になったであるな」

「不利?」


 何のことだと思っていると悪魔は行動に移る。


「じゃあワガハイはこれにて退散させてもらうである」


 奴の足元から闇が広がり周囲を飲み込んで行く。


「逃げるのか?」

「ワガハイも死にたくはないのであるから」


 広がった闇は次第に奴を中心に球の形を取る。


「逃がすと思うか?」


雷霆槍ケラノウス』『雷霆槍ケラノウス』『雷霆槍ケラノウス』」


 何度も攻撃するが『闇呑みダークスワロウ』のように刺さったら徐々に飲み込まれていく。


 そして闇が霧散するとそこには何もいない。


「仕留めきれなかったか………ふぅ~~~」


 ユニークスキルを解く。なぜだか全力でユニークスキルを使うと気分が高揚し、戦闘が楽しくなってしまう。それこそ血が熱を持ち、全身が沸騰する様に。


「バアル様!?」

「……リンか」


 どうやら不利になったというのは、リンが来て数の優位が傾いたからだろう。


「さっきのは」

悪魔デーモンだ」

「……悪魔召喚もされたので?」


 リンはキラが魔物誘引剤を使ったのを知っている。


 だから悪魔召喚すらしたのかと問うてきている。


「残念ながら既に存在している悪魔だ」

「よかったです、バアル様もそこまで手を染められてない様子で」


 信じてはいたのだが可能性として存在していたからこそ出た言葉なのだろう。


「それより取り残された奴らは?」

「こちらに来る際に5人と合流、なにやら強敵と戦って消耗していたので私が救出した3人に護衛を任せてこちらに来ました」

「その3人は実力はあるのか?」

「ええ、曲がりなりにも貴族らしいので多少の戦闘訓練はしているでしょう。ほかにも近くに救助の騎士が来ていたようなので、無事合流できると思います」


 どうやら足具で近くに騎士がいるのを把握していたらしい。


「ようやく終わりか……俺たちも戻るぞ」

「はい」


 こうして学園初めての行事は無事?幕を閉じた。

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