彼女の生き様

雪飴

彼女の生き様

 「『彼女の生き様』は明日発売予定です。今回の作品はいつもの僕のサイコ感溢れる作品とはまた違ったミステリーな部分も楽しめる、いつも通り後味の悪い作品となっております。」

記者たちの群がる会場に苦笑が広がる。

彼は今話題の"サイコパス作家"の「血塗れ先生」。名前や二つ名からして厨二病感の溢れる痛いイメージだが、本当に名前の通りのサイコパス作家で、生々しく、痛々しい、グロい物語を描くのが特徴の売れっ子小説家だ。そして今この会場では明日発売の新刊の宣伝のために会見をしている。

「先生!今回の作品ですが、どう言った思いで書かれたのでしょうか!」

「そうですねぇ……今回は僕みたいな男にはわかりにくい女性の表に出ない部分を書いてみたいと思い……」

人気作家への質問は尽きることなく直ぐに時間を迎え、彼はそさくさと会場を後にする。


 「こんな奴が、人気作家……ね」

私は会見を見ていたスマートフォンの画面消し彼の家へと向かって歩き出した。

十数分歩いたところに彼の家はあった。

呼び鈴を鳴らす。この音に何度期待しただろうか……

暫くして執事らしき男性が家の中から出てきた。

「お入りください……」

執事は怯えながら彼の部屋の前まで案内して去っていった。

ノックをして無言で彼の部屋に入る。不気味なドアの音とともにドアとは反対を向いていた椅子がくるっとこちらを向いた。

「君が出ていった時以来だね。何か用かな?」

低く、冷たく、そして射抜くかの様に鋭い眼差しで問いかける。私はごくりと唾を飲み込みゆっくり口を開いた。

「貴方が父や母を殺し、妹の私にまで手を出し、身寄りのない人を拐っては奴隷にしている事は証拠とともに警察に提出しました。私には弁護士もついています。自首してください。」

綺麗事を言いたいわけではない。ただ彼と同じ様に一方的な意見を言うのが嫌なだけだ。それを聞いて彼は私が臆病者である事に対して何かを言ってくるであろう。それもわかっている。でも震える声を抑えながら言えるのはそれが精一杯だった。

「自首なんてするわけないじゃないか。やった事は認めよう。ただそれは小説の資料集めに過ぎない。人の死を味合わなくては大切な人を亡くした感情がわからない。それでは今の様な素晴らしい小説は書けないではないか。今僕は日本が誇る小説家だ。来月には5カ国語で翻訳された単行本が出るんだ。僕は世界に望まれてるんだ。少し過激でも資料集めをして皆に望まれる僕の世界を描かなくてはいけない。分かるだろう?今回は君のことを書いたんだ。今の状況も記してある。『殺人鬼の兄に全てを奪われ復讐心を燃やすが誰にも信じてもらえず兄の前で自殺する』ってな。愛する妹が今から自殺すると思うと泣けてくるよ……」

頭がおかしい、でも今更。そう思うも恐怖と呆れで言葉が出なくなる。少し間を置いて混乱する頭で言葉を選び声を絞り出す。

「何故私が自殺しないといけないんですか……」

クックック……と悪役の様な笑い方をしながら彼は口を開く。

「君が僕に小説の素晴らしさを教えてくれたんだ。悲しみや苦しみの感動を教えてくれたんだ……君が見せてくれた物語達は美しかった、苦しみや後悔から強くなる勇者達、愛する物を失いそれでも足掻く少女たち、それと反する様に欲に満ちた悪女……どれも有名な物語だがそれは全て苦しみや悲しみの過去を土台に話が美しくまとまっている。人々に苦しみや悲しみは必要なのだ、それを小説に落とし込み美しく人々に伝える。それが僕のしていることだ。素晴らしいだろう……」

回答になってない。でもその言葉が意味する事は理解できた、でもそれも腑に落ちない。私が自殺する理由にはならない。

「腑に落ちないとうい顔をしていますね。貴方が何もない僕に小説を勧めてくれたから巡り巡ってこうなっているのだよ。だから今ここで悔やんで自殺するのが筋だろう?」

この男。頭おかしい。きっと何を言っても通じない。両親を殺された恨みも、傷付けられた悔しさも結局何も彼には通じない。それでも許せなくていつの間にか私は口を開いていた。

「何がサイコパス作家だよ……人を殺して、人を傷つけて、それでしか感動を生み出せなくて。悲しみが人の全てみたいなこと言って。そんなのおかしいよ……ならお前が死ねばいいじゃないか。話題の作家が惜しまれながら死んだなんて最高の悲しみを引き起こすよ。世界中から惜しまれて、作品は評価される。なんで……なんでお前の代わりに苦しまないといけないんだよ!人はおもちゃじゃない!綺麗事だとかそんな事どうでもいい。でも、人の死や、苦しみ。それを土台にしないと得られない感動なんてそんなの気持ち悪い!ほんと、意味がわからない。わからないよ……」

私は叫び疲れて嗚咽しながら床にへたり込んでしまった。沈黙がどれほど続いただろうか。彼は急に高笑いして何か急いで準備をし始めた。俯く私の視界に縄を持つ手が見えた。自殺を装って殺されるのだろうか……それでも良い。それでも、私には何もないから。

「ありがとう」

彼の声が聞こえて咄嗟に顔を上げた時には遅かった。倒れる椅子と吊り下がる人だったものが目の前に見えた私は叫び、そして気を失った。


目が覚めた時にはそこは病院で、彼は死んだ事を聞かされ、数日が経ち何もかもが終わり、世間では彼の事件が公表された直後でニュースを騒がせている様だった。


「彼は小説で私は自殺したと言っていたけど、実際は、サイコパス作家がイカれて家族を殺し、そこから逃げ出した妹が人気になった兄に復讐をするつもりが兄は自ら自殺して妹の未練は晴らされず、何も解決しない。そして妹のこれからは……ってそんなつまらない小説が最後の彼の小説だった。でも私は小説家にならない。ねぇ。このセリフを言わせているのは誰?私は人の望む結末なんて迎えない。さようなら。」

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