第82話
「てコトで、耳つけよや、耳!」
掴まれた腕をそのまま引かれて、私には少しハードルの高いカチューシャが待つショップへと連れ込まれた。
「ここは定番の、ネズミのオスとメスか……」
「言い方!!」
丸い耳のついたカチューシャを手に取って、リボンのついた方を私に渡す。
「お揃いやないと意味ないやんなあ」
やたらと“定番”を気にする晴に首を傾げる。
「なんなの、そのこだわり」
私が尋ねると、晴は「え?」と不思議そうな顔をした。
「なんで定番にこだわるの?」
その疑問に、ご機嫌な顔が気まずそうなものへと変わる。
「……分らんねんもん……」
拗ねたように、唇を尖らせた。
「……え?」
「俺、デートとかしたことないわけやん?ななちゃんとしたいことも行きたいとこもいっぱいあるんやけどさ。どーしたらカップルらしくなれんのか分からんねんもん。“定番”に頼るしかないねん……」
小さな声でぼそぼそと呟く姿は、いつもの自信たっぷりな態度からは程遠い。
「あー、カッコ悪ッ」
しゃがみこんで、ガシガシと頭を掻いた。
「……ぷっ」
笑っちゃいけないと思うけど、笑ってしまう。
「笑わんといてやぁ……」
泣きそうになってる晴は、情けないんだけど。惚れた弱みか、めちゃくちゃに、可愛く見えた。
「……ななちゃんは、ここ元カレと来たことある?」
見上げてくる晴の表情は迷子になった子どものよう。
「……ノーコメント」
嘘をついても仕方ないから濁してみたけど、まあ誤魔化せるわけもなく。
「はああああ……」と盛大なため息を漏らしていた。
「“誰と?”やなんて、聞けるわけないわなぁ……」
ボソッと零した言葉は、私の耳には届かなかった。
「もぉええわ!前の記憶なんか越えるくらい楽しませたる!」
謎の意気込みを叫んで、私と自分の分のカチューシャを持って行った。
レジから帰ってくると、私の頭にそーっと装着してくれる。髪を整えて、「かわええッ」とお褒めの言葉まで頂いた。
「……ん」
リボンがついていない方のカチューシャを手渡され、再び「……ん」と頭を私の目の前まで下げる。……これは「俺にも着けろ」ってことですよね、ハイ。
綺麗にセットされた茶色い髪を崩さないように慎重に着け、髪を整えて仕上げる。
「どう?」
さっきの彼みたいにサラッと褒めることができないのが私の悪いところ。
「……うん、かわいい」
「……カッコええって言われたいんやけどぉ……」
また唇を尖らせたあと、「ま、ええか!」と大きく口をあけて笑った彼にはきっと、私は一生敵わないだろう。
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