第72話



「ボールぶつけられた相手にどうやったら惚れるの?」

 と尤もなことを言えば、首を傾げる。

「俺のボールで頭打ったとか羨ましがられんで?」

 そもそも中学生なんて子どもにもほどがあるでしょ!見た目は同級生でも、中身はアラサーですから!

「プレミアもんだね、ありがたいことで!」

 そう嫌味ったらしく言うと、今度は晴がブッと噴き出した。イケメンのくせに汚っ。

「思ってないやん!絶対!」

 ケラケラ笑う晴。……可愛いな、おい。

「オモロい人やなあ──三島 莉英さん」

 ミシマ、リエ。それが私の名前らしい。

 なんで偽名?晴の過去──この時期にはもう私と出会ってるわけだし、本名だと矛盾が出てややこしいから?だとしたらどんなできた夢だよ!

 ちなみにこの名前、聞き覚えがあると思ったら合コンのスペシャリスト、リエちゃんのフルネームだった。


「高野くん、ちなみに私の家って分かったりする?」

「家も分からんのか!?」

 ダメ元で聞いてみたけど、(本人曰く)女子に興味のない晴が知っているわけもなく。女友達もいないらしいから、友達の友達に連絡をとってくれて無事に住所が分かった。


「俺のせいやし、送って行きたいんやけどさ……」

 耳が垂れた子犬のようにしゅんとする晴。

「怪我もしてないし、大丈夫だよ」

 大体の家の場所も分かったし。記憶が飛んでいることを心配してくれているみたいだけど、記憶障害じゃないし。自分の正常さは一番よくわかっている。


「ホンマごめん。今日カテキョやねん」

 その言葉に、目覚めてから一番、心臓が嫌な音を立てた。

「カテキョ……?」

 家庭教師。それはきっと面倒なことなはず……なのに、その表情はちっとも暗くなくて、むしろ目の奥がキラキラしている。

「そやで!せんせぇが待っとるからな!はよ行かなアカンねん」

 晴の柔らかい「せんせぇ」がすごく懐かしくて、なんとも言えない気持ちになる。

「……なんだか、すごく嬉しそうだね」

 そう聞いたのは、少し意地悪だったかな。


 だけど、この子は

「当たり前やろ?好きな人に会えんねんから」

 恥ずかしげもなくそう言ってのけた。

「……へえ」

「反応うっすぅ……」

 本人なんですけど?目の前に未来の“せんせぇ”がいるんですけど!?


「カテキョの先生が好きなんて、物好きだね」

「そーか?」

 なるべく、至って“普通”を心がける。この子はこの先──5年もの間、色褪せることなく瞳を輝かせて想ってくれるんだ、と考えると、非常に擽ったい。

「……そんなに美人なの?」

「……いや、美人ではないな」

 ……おい!!

 期待した自分が馬鹿だったよ!調子に乗って聞いたのがめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?

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