第58話


「──ななちゃんの元カレって、どんなやつなん?」

 俺が聞けば、少し迷ったように、でもちゃんと答えてくれる。どこか切なそうに目を細めたその顔は、ななちゃんも同じやった。


「……バカなやつ」

「……は?」

 その答えは、あまりにも予想外で。


「馬鹿みたいに純粋で素直で、子どもっぽくて。人を惹きつける魅力?オーラ?そんなのに溢れてたよ」

 あまりにも──想像がつかん、その男。


「……モテるやつやん、それ」

「そりゃ当たり前だろ。顔もめちゃくちゃ綺麗だったし、男らしいかと思えば小ちゃい子みたいに可愛かったりしてさー。男からも人気あったよ。友だちも多かったな」

 そういや、前に見た写真の男──あの元カレも、えらい綺麗な顔しとったな。無邪気にななちゃんの隣で笑う男を思い出す。あれは流石の俺も、自信を持って勝てるとは言い切れんわあ。やっぱり、ななちゃんってイケメンにモテるんやな。


 そんな風にあの写真を思い出していると、そうちゃんは微笑んだ。

「……そんでほんっとーに。めちゃくちゃ菜々のこと大事にしてた」

 ああ……コイツも、多分その男のことは認めとったんやろな。ソイツになら、大事なななちゃんを任せてもええかって思えるほどの男。


「それがあいつの元カレ……篠原 波瑠」


 聞き間違いかと、思った。……嘘や。ありえんやろ?


「……ガチで?そいつも“ハル”なん?」


 ホンマ、神様って意地悪やんか。手に入れた途端、これか?

 ……ふざけんな。



「……なんで、別れたん?」

 震えそうな声。平常心を装うのに必死やった。内心カッコ悪いくらいに焦っとったのに。

「菜々が関西の大学に行くから」

 ……ああ、そうや。そこで俺はななちゃんに出会ったんやから。

「あいつ、菜々について行こうとしてさ。決まってた大学蹴ってまで。けど、菜々が許さなかった。『あんたがしたいことするために大学受けたのに、私のために諦めるなら、そんな男願い下げだから!』ってブチ切れたんだよ」

「あいつらしいわ」って笑うそうちゃん。……俺、笑えへんわ。


 ソイツがついてきとったら、あの時した質問の答えは全く違っとった。

『先生は、彼氏おるん?』

『いないけど』

 その違った答えを聞いて、俺はどうしたやろうか。


『好きな人が、いるから』

 あの切なそうな顔は、もっと違ったもんやったやろうか。

 幸せが詰まった顔で、笑っとったんやろか。


 ──その時、俺はななちゃんを諦めとったんやろうか。


 彼女を追って東京には出てこんと、地元で違う女を好きになっとった?


 きっと、全く違う未来が待っとったわけで。……その“俺”は、今みたいに幸せに溢れとったやろうか。



「……そんなん、ヤバイやん」

「なにが?」

 この、人から羨ましがられる外見も、世界で一番ななちゃんのこと大事にできる自信も、ソイツは持っとって。俺の最大の壁である“年の差”も関係ない。

「再会したらさ。俺勝ち目ないんちゃう?」

 相手は結婚しとるって言っとったけど。お互い嫌いで別れた訳やないんやから。向こうがどう思うかは分からんやんか。

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