第34話
「──きろ!」
意識の端で、声が聞こえる。
「起きろ、この地味女!!」
身体を揺さぶられて、大声が鼓膜を貫いた。
「口が悪すぎる!!」
ガバッと起き上がれば目の前には橘くんのそれはもう整ったお顔が。
「ぬわっ!」
「……人の顔をバケモンみたいに……」
眉をピクリと動かしてお怒りの男前。イケメンが凄むと怖いんだって!!
「え、ごめん!寝てた!?」
「それはもう気持ちよさそうにな!!」
「すみませんでしたぁっ!!」
平謝りする私に鼻をフンッと鳴らして「……それより」と上を見上げた橘くん。
「多分、助けが来たな」
とまあ軽ーく言ってのけた。
「ええっ!うそ!」
同じように崖を見上げれば、懐中電灯のような光がそこら中に散らばっていて、何だか騒がしい。
……本当に、助けてくれた。
別に晴が助けに来たとは限らないのに。咄嗟にそう思った。
そこからはもうあっという間に救出された。
怪我人である橘くんを先に引き上げてほしいとお願いすれば、なぜかその張本人に「あ、先にそこの地味女子を引き上げてください」と悪口交じりにレディーファーストされた。なんか納得いかない。
数時間ぶりの崖の上。引き上げてもらい、ゆっくりと足をつけると、ようやく落ち着いて息を吸えた気がした。
私の後すぐに橘くんも崖下から姿を現す。心の底から安堵して、座り込むと救助隊員さんに支えられながら橘くんが苦笑していた。
「……あ」
橘くんが私の背後に視線を移すと、何かを発見したように声を零す。その声にはっとした。
私がキョロキョロと辺りを見渡して、探すのは。
「──ななちゃんッ!!」
「……晴」
いつも一直線に、ただ真っ直ぐにぶつかってきてくれた人。いつだって私だけを見つめてくれた瞳が、真っ赤になって、潤んでいるのがわかる。
「ななちゃん……っ」
息を切らして、私の目の前で立ち止まった晴が唇を噛む。
泣くのを我慢しているのかもしれない。
いつも大人になりたがっている彼が、置いていかれた子どもみたいな表情をするのを見て胸が痛んだ。
ゆっくりと、立ち上がって。ガクガクの足を奮い立たせ、一歩を踏み出して──晴の細い腰に思い切り抱きついた。
「なな、ちゃん……」
「うわーん!!」
緊張の糸が解け、安心できる匂いに包まれて涙腺が崩壊してしまう。きっと晴は苦しいだろう。きつく、きつく抱きしめたから。
「ホンマに、よかった……っ」
私の行動に一瞬フリーズした晴も、次の瞬間には痛いくらいに抱きしめ返してくれた。
……全部、分かった。
「ななちゃん」って飽きるくらい呼んでくれた。
その声が、何より安心できる。
“年の差”という壁を取っ払ってしまった時、私が彼を拒む理由なんて考えても考えても出てこない。そんなのは、当たり前だった。
「好きなんじゃないか」と言われてすぐに答えが出せない時点で、答えは決まっていた。
その声が、笑顔が、触れる手が、──大好きなんだってこと。
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