第35話
「ななちゃん……っ」
「晴……」
存在を確認するように、何度も何度も名前を呼んでくれる。
「“絶対、大丈夫や”って思っとっても……もう会えんかったら、どないしようかって……っ」
あれだけ自信たっぷりに「助ける」って宣言してたくせに、どれだけ不安だったのか。また声が震えている。私もその腕の中でただ泣きじゃくった。
「ななちゃんがおらん世界で、どうやって生きたらええんやって、そんなことばっかり考えて……っ」
まだたったの20歳。いくら頼り甲斐があっても学生なんだ。縋るような声に、更に涙が出てきて自分も泣きながら、晴の背中を安心させるように撫でた。
「……俺といる時は、あんな泣かなかったくせに」
救急車に乗り込みながら、横目で感動の再会を迎える2人に向かって舌打ちをする。
「……わっかりやすい女」
わかっていたことだと、自分を納得させながら──まだかすかに残る重みと温もりを確かめるように、左肩に触れた。決して入り込めない2人との空気を遮断するように閉まった扉。そして動き出した救急車の揺れに身を任せて、ゆっくりと目を閉じた。
──入社初日、色めき立つ女子がウザくて、近寄るなオーラを放出していたにもかかわらず、ごく普通に話しかけてきた空気の読めない地味な女。
「──あれ、イケメンがひとりなの?」
「……なに?」
好奇心を含んだ目は、今まで見てきた女たちのそれとは違っていて。
「おい地味女」
「なによイケメンゴリラ」
媚びない。頬を染めない。なんだか、俺の中の“女”の定義が覆されたような気になって。
「聞いてよ橘くん!!」
屈託無く笑う子どもみたいなアイツの顔が、脳裏から離れてくれなくなって。
「ねぇねぇ、晴がさ……」
初めてアイツの中の“女”を見た。俺に向けられる“女”の目は不愉快だ。
……だけど、アイツの“女”の目が、俺以外に向けられている方が、もっとずっと腹立たしかった。
「──ななちゃんッ!!」
少し高めな関西弁。アイツに近づく男に向けられた、鋭い視線。敵意剥き出しの表情。噛みつきそうな勢いで威嚇してくる、外見だけは最上級だと認めざるを得ないあの男。
どれもおもちゃを取られそうな子どもみたいな行動で、呆れるほど。それでも、アイツにとっては最大級の愛情表現なんだろうな。
あんなガキの、どこがいいんだか。
「晴はね──」
アイツの照れ臭そうな横顔を思い出す。絶対にあの男には教えてやらない。
「私が私でいられる、唯一の居場所なの」
酔ったアイツが、酒のせいかあの男のせいか──頬を染めて零した本音。
「晴の声とか手とか、匂いとか……」
ふにゃりと笑うから、息苦しくなった。
「──だいすきなの、私」
酔って記憶が飛んでたみたいだから。アイツ自身も知らない、俺だけの秘密。
「──ああ、やっぱ、キスぐらいしとくんだったな」
大事にしすぎて、触れることもできなかった。
……情けな。
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