第1話
「……そろそろ終電なくなるな」
橘くんのその言葉を聞いて、もうそんな時間かと腕時計を見た。
「だいちゃんー。まだ飲む」
そう駄々をこねる私を軽くあしらうこの男は職場の同期である橘 大輔(たちばな だいすけ)。同期会と称したサシ飲みは毎月開催されている。
他にも同期はたくさんいるが、目の前の男は容姿端麗で仕事もできるハイスペック男子。そんな彼がいればどんな悲惨な飲み会になることか。だから彼の切実な要望で2人で飲むことがほとんどだった。
出来のいい同期を持った私は不運だったと思うけれど、不思議と仲良くなれたのは私がこのイケメンに微塵も興味を示さなかったからだ。
……いや、イケメンは大好物ではあるのだけれど、私は自分の身の丈を知っているからイケメンとどうこうなりたいという欲望がないだけ。目の保養にするのが一番。イケメンに近付き過ぎてもいいことなんてない。それが私の格言。
そして彼は自分に言い寄るそぶりを全く見せなかった私に対して興味を持ったのだと言う。女性からは羨望、男性からは嫉妬の眼差しに晒されて生きてきた彼にとって、私のように下心のない“無”の感情で接してくる存在は稀有なのだと。
気がつけばお互い気の知れた存在までになっていた。
「お前ほんとさ……『まだ帰りたくない♡』ぐらい可愛く言えば?」
「その可愛げを期待するなら私と飲まないでくださーい」
その女子特有の“可愛げ”が嫌で私といるくせに、と悪態をつけば「まあたしかに」と納得するから一発拳を入れておいた。
「ってえよ、バカ」
「さ、今日は橘くんの奢りね」
そう言って立ち上がれば、文句を吐きながら彼も立ち上がった。
「さー、明日の合コンに備えてゆっくり寝よう」
体をうーんと伸ばして呟けば、それに過剰に反応する橘くん。
「は?合コン?」
「うん、リエちゃんが誘ってくれてるの」
そう答えれば、目の前のイケメンは眉間にしわを寄せて顔を顰めた。
「……彼氏、欲しいんだ?」
「当たり前でしょ!一応私だって女の子なの!」
じろりと睨んだ私を馬鹿にしたような目で見てくる。
「そんなとこ行かなくても近場で済ませりゃいいじゃん」
「そんな相手がいないから“そんなとこ”に行くんでしょ!」
鼻息荒く足踏みしながらバーの扉を出て地下から階段を上っていく。
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