捌、完成
さて、バルバリエラの花を数本取ってきた。
毒草オブ毒草なのでほぼ使い道のなかったこの花。よく見ると、なんと禍々しい色合いなのだろう。顔くらいの大きさがあるのだ。顔を近づけると、外側に開いた花びらがグワッと頭を包んで食べられそうになる錯覚に陥るほど。
……ふふふ。ほぼゼロからの開発だわ。ワクワクドキドキが止まらない。薬開発者冥利に尽きる。
吐き出す系の薬草は用意してあるので、あとはこの花の毒をどう使うか。
「デライドは香りが好きって言ってたから……」
花びらを多めにし、その他は葉と茎と根を均一に、そして薬草を調合していく。バルバリエラはどの部分も全て、“めまい・けいれん・しびれ・幻覚・意識不明”などが引き起こされるため、毒草×毒草の薬にすらあまり向いていない。っていうか危なすぎるんだけど本当に大丈夫かしら。そんな症状をかけ合わせて、薬なんて出来るの?
とにかくやるしかないわ。
こうして私は部屋に閉じこもった。部屋の中から鍵をかけ、食事も取らずにずっと薬づくりに没頭した。
途中、口元をハンカチで押さえている兄デライドにドアを蹴破られ、口にパンを突っ込まれながら怒られた……ような気がした。あれ?これは現実?なんか水飲まされた気もしたけど……気のせい?
だけど私は自分の数回の食事なんてどうでも良かった。
ただ、弟デライドを助けたいと、その衝動に突き動かされた。
そして作り始めて二日目の夜。
目を瞑り、調合した薬に手をかざす。
「瘴気を取り除く薬になれ!」
ボンッ!プシュ〜……。
ゆっくりと目を開けると、調合した薬が入った入れ物に禍々しい色をした液体が現れた。花びらの青に、ほんの少し黒と茶色を入れたような、暗い紫色だ。
「……この色は飲みたくない……」
目の前の薬の第一印象は最悪だった。つい本音が……。
しかし魔法がかけられたのなら、それはつまり100%効果があるという事実でもある。
出来たんだ……。
ついに。
瘴気を取り除く薬が。
興奮して、脈がどんどんと早くなるのを体中に感じる。私の両手が震えていた。
……私は、弟デライドを助けられる薬が作れたんだ!
「やったーーー!!」
新薬の完成だ!喜びを爆発させるように大声で叫んだ。それと共に、じわじわと瞳がどんどん潤んでいく。
これで弟デライドは何の心配もなく歩けるんだ。一緒にダンスも踊れるんだわ。そう、外にも自由に出られるのよ!
早く会いたい。会って、会話をしたい。仮面舞踏会では少ししか会うことができなかったけど、これからはもうそんなことを気にしなくていいんだわ!ようやく……本物のデライドに会える!
「ううっ……デライド……私、あなたの病気を治す薬を作れたわ……待っててね、私は兄デライドと結婚しないからっ!」
泣きじゃくりながら、弟デライドと本当の再会が出来るのだと喜びを噛み締めた。そしてそのまま爆睡した。
当初の予定であった二ヶ月間の最終日を待たずして、私は国王陛下と王妃殿下、そして兄デライドに謁見の許可を取り、会うことになった。お父様も同席する。
ついに、伝える日が来たのだ。
この日のために私は、過去に会った弟デライドの特徴を思い出し、いま横にいる兄デライドの違いを徹底的に見つけ、書類にまとめた。よく観察するとあふれるほどに違いが見つかる。唯一違わないところはどちらも美形だということ。だから顔をじっと見続けるのは私のほうが耐えられなかったのだが、なんとか我慢して調べた。その他にも色々と弟デライドと話したことを思い出し、紙に書いてまとめた。
約2ヶ月前、表彰されると聞いてのこのこやってきた私は、過去に結婚の約束をした人に再会した。
でもそれは、今横にいる兄デライドではない。私が過去に会い、結婚の約束をし、長年想い続けていたのは双子の弟である弟デライドだ。
病弱だと言われる弟デライドへの、長年見つからなかった新薬の開発が成功した。
だから私は兄デライドではなく、弟デライドと結婚したいと伝える!
緊張感のある部屋で、私は口を開く。
「こちらが、“瘴気を取り除く薬”です」
国王陛下に薬が入った小瓶を渡すと、眉をひそめながら持ち上げた。
「非常に気持ち悪……ゴホン、不思議な色だ。毒ではないのか?」
「バルバリエラの花を使ってます」
「っ?!」
蓋を開けようとした国王陛下が慌てて蓋を閉め直す。
「あ、アレの匂いは強烈……だからな……」
どれだけバルバリエラは臭いの?国王陛下の顔が歪みすぎてシワだらけになってるわよ!隣の王妃殿下も顔が引きつっている。
「ですが、成功したのは事実です」
目の前で、同じ分量の薬草を調合し、魔法をかける。小瓶と同じ色の液体が再び現れると、みんながその液体を覗き込んだ。そして仰け反る。
「「くさっ!」」
国王陛下と王妃殿下の叫び声で、今魔法をかけて作ったほうの薬は部屋の外へ持っていかれた。兄デライドはかろうじて叫んでいない。だって私の中の“デライド”はこの花の香りが好きで、兄デライドは私が幼い頃に会ったのは自分と偽っているのだから、臭いなんて口に出来ない。
部屋の外へ持っていった侍従の人は鼻をつまんでいた。
私の鼻ってそんなに馬鹿なの?
「薬にしたのに……そんなに臭いですか?」
お父様も首を傾げている。やはりうちの家系は鼻が馬鹿らしい。
「さっそくこれを飲ませてあげましょう」
若干鼻声の王妃殿下がそう言うと、私は立ち上がって声を出した。
「その前に、1つよろしいですか?報告したいことがもう1つございます」
「なんだい?」
国王陛下は興味ありげに私に目を向けた。
「私は10年前、ここによく来ていました。そこである男の子と出会い、たくさん話をしました。とても好きになりました。その人と結婚の約束をしたのです。そう、その人は」
「リーナ、僕のことだよね?」
笑顔で話に割り込んできた兄デライドを無視する。
「弟のヴィンバート殿下です!」
「ほう?」
「まぁ」
国王陛下も王妃殿下も、驚くことがなく私の話に耳を傾ける。しかし横にいる兄デライドだけは反論してきた。
「何を言ってるんだい?幼い頃に会ったのは兄である僕だ!君と僕が約束した話だよ?弟とは一度も会ってないだろう!」
「では。双子であるお二人の違いをまとめた報告書です。どうぞご覧ください」
私は作成した書類を全員に渡した。正直な話、大きくなった弟デライドに一度も会っていないため、全部が全部正しいかわからない。だから、思い出せる限りありったけの情報を書き出した。
弟デライドは眉毛の中に小さいホクロがあり、二重幅が狭く、笑うときは少し首を傾げ、眉尻が下がる等々。
極めつけは、ごまかしたり嘘をついたり、本意じゃなさそうなことを話していたときの行動。
兄デライドは右手で右の髪を触り、弟デライドは左手で左の髪を触っていた。弟デライドは家の話になるとよく左の髪を触ったり耳にかけたりしていた印象が強く、兄デライドに会ってからは過去の話をすると右の髪を触る癖に気づいた。なにか違うなと一番最初に感じたのは、その髪の触り方だった。
国王陛下と王妃殿下が書類と兄デライドを交互に見て驚いている。兄デライドは私への反論をやめて書類に目を落としたままだ。
「仮面舞踏会のとき、私と参加をしたのは横のジルジート様でしたが、2回目に踊ったのはヴィンバート様でした。……おそらく、禁術を使ったのかと。他人の力を一時的に使う薬だと思います」
国王陛下は表情を変えなかったが、ジルジート様は一瞬動きが固まったのを私は見逃さなかった。
「それと私、幼い頃に会った男の子に薬草の話をたくさんしました。彼はメモを取ってくれました。だからその質問をします。彼なら知っているはずです」
「ああ、いいよ。何でも答えられるさ」
自信満々の兄デライドは、私がいくつか質問をした薬草の知識を難なく答えた。兄デライドがなぜ私に『幼い頃に会ったのは自分だ』と言い続けているのかはわからないが、私に質問されたときのために薬草の知識は入れているだろうと予想はしていた。
いくつか質問と回答を繰り返したのち、最後の薬草名を口にする。
「デルンジェの実は?」
「……デル、ンジェ?」
私がその言葉を口にした瞬間、兄デライドが言葉を詰まらせた。そんなの聞いてない、そんなの知らないとばかりに私を見たあとに視線を彷徨わせる。
「ジルジート様。お答えください。幼い頃に会ったのがあなたならば、必ずわかるはずです」
「……いや、ごめん。たくさん聞いたから忘れちゃったな。別のものにしてもらえるかな?」
動揺を隠すように冷静な声で微笑みながら彼は答える。さすが王子だ。この実の話をしてもなお表情も感情もほぼ出さずに私に顔を向けるのだから。
だけどこれで証明になるだろう。
「忘れるわけありません。幼い頃に会った男の子と作った、想像の実ですから」
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