第2話 本読む人びと
親方の貸本屋は、半月に一度、山のそばの隣村でひらかれた。雨の日はひらかれず、その分、返す期日は二冊で銅貨一枚の料金に追加もなく延びた。
銅貨十枚で帳面が一冊買える物価のこの頃、親方は儲けを考えぬと陰口もあった。それに親方は、馬車賃の一部をいただいている。儲けではない、とだけ返した。
広場に馬車を停め、馬を休ませると、小僧は箱の鎧戸を外す。窓を開け、光と風を入れる。
箱の側面にある扉は左右に開いた。開いてすぐのところには、小さな本箱が積まれている。
小僧は慣れた手つきで、中に上がられるよう階段を据えた。地面に幌を引いて支度が終わると、箱を上り下りしては小さな本箱を取ってきて並べた。
本箱はそれぞれ中身が違っていて、読み物の箱、生活に役立つ本の箱、字引の箱、絵本の箱などに分かれている。
訪れた人々は、まず本箱を眺め、次にはまるで本の
「ずいぶんとあれから良いほうに転じてまいりまして、」
村の若い教師が親方に近ごろの様子を話していた。彼は、馬車が来るたびに荷車を引いてあらわれ、分教場にある小さな読書室の本を、相談しながら入れ替えている。
「この貸本屋で、多くをまとめて借りることができるものですから、子供たちに読ませる読み物がだいぶまかなえます。最近は村の方々も読みに来るのですよ。
本当は、もっと大きな図書室が必要なのですが、まだまだそうもまいりません。今のところは村長が貸本の代金を村の予算としてくださったおかげで、なんとか。ありがたいことです」
学舎をはじめてから、大きな図書館を備えることなしには、とうてい学者は呼べず、町にも居着かないことを痛感して苦心した親方は、うむうむとうなずいた。
「学舎でも、ご存知のとおり、紆余曲折ありましたが、思いきって図書館を建てました。そして、まだまだ書架はがら空きながら、誰でも使えることにしたのです。学舎の者以外は入場料を集めておりますが。
そうしてみれば、工科の学者は都の速報を図書館で受け取ることができ、文科の学者は本が書け、町の者も本を読みはじめ、かえって自分でも本を買うようになりましたようです。
四角い塀に囲まれた、工場や作業場ばかりで殺風景、と、陰口を叩かれるわが町ですが、なんの、紙作りも学問も、目には見えないところが肝心ですからな。
寄付金を歓迎しながら回しておりますが、こちらの村長同様、町のこの先を案じてくださる方々が、まだまだおられるようで、ありがたいことです」
「その大切な本を、こちらにも使わせていただき、まことに感謝にたえません」
「目先の儲けではない仕事のありがたさと味が、爺となれば、面白くなるのです。これからもお互いよろしく頼みますよ」
小僧は、親方たちが話している間、本の見開きに一冊ごと貼りつけている小さな紙挟みから、題名と台帳の番号が記された紙の札を集めて、分教場の貸出分としてまとめた。何度か数をあらため、見出しのついた仕切り箱に保管した。
会計の帳面付けを終え、分教場の用事が済むと、親方と小僧は次に、集まった村人の用事をうかがう。
「どうも、先日はすみませんでした」
前回、借りていた料理の本にうっかり油の染みをつけ、買取となった婦人が親方にあらためて詫びに来た。親方も小僧も、きちんと代金をくれたのだから、気にすることはないと口々に言った。
「でも、汚してしまったけれど、お金を払って自分の本になってみれば、ありがたいもんですね。
あたしの家には本なんかほとんどあったことがなかったもんですから、文字を覚える意味もよくわからなかった。
母さんがなぜか覚えろ覚えろと厳しかったんですが、家に本が来てわかった気がしますよ。文字が読めれば、家によそさまの知恵を置けるんですからねえ」
次には、炭焼きの若者が来た。あまり長くない冒険読み物を探していた。
「親父が足をくじいてしまって。文字が読めないので、なにか読んで聞かせてやらないとやかましいんで」
「そりゃあ、長いやつは厳しいや」
村に通ううちすっかり仲良くなっている小僧が混ぜ返した。
「今年はいつから始めるのかい」
親方が、炭焼き仕事について尋ねた。
「今日あたりから山に、と、思ったんですが、天気が崩れやすいので少し先になりそうです。
今はこんなに気分がいい空ですが、あとで急に来そうですよ。そうまでひどくはならないだろうが、お帰りには気を付けてください」
「ありがとう」
山で働く者の天気の読みは当たるので、親方は帰りには用心して、箱に雨除けの幌をかけるよう小僧に言いつけた。
「くださいな」
小さい娘が銀貨をにぎりしめてやってきた。
「どうぞどうぞ」
馬車には、貸し出しをする本のほか、小間物屋から預かった、文房具の詰まった木箱がある。
娘はそこからさんざん悩んで、六本入りの色鉛筆を選んだ。
「ないしょなの」
聞けば妹が誕生日なのだそうだ。
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