北極ウサギ
少しだけ地吹雪の舞うある日の事。
いつものようにビゾが倒木にじっと腰を下ろしていると、雪原の上にポコポコと丸い塊が現れ、その数がどんどん多くなっていった。ヒューヒューと風が時々唸り声を上げ、視界を遮る。
地吹雪に押されて、その幾つかがコロコロと転がっていく。
ビゾにはその正体は分かっていたが、自然現象のように見える美しさを暫く楽しんでいた。
傍らに置いていた双眼鏡を覗き、その塊の一つピントを合わせる。
並んだ小さな二つの黒い目と、小さな枝を
「可愛いな」
二十歳の頃の思い出が蘇る。
・・・
二十歳の時、私は父親になった。
自分の子供というものが、こんなにも愛おしいものだとは思いもしなかった。女の子だった。眠ってばかりいたが、よく泣いていた。おっぱいをよくせがんでいたが、母親の乳の出が足りなかったようだ。一ヶ月たって顔立ちも少しはっきりとしてきたが、身体はあまり大きくならなかった。
その子のまんまるい黒い目を見ながら私は妻に言った。
「この子は北極ウサギみたいに可愛いね」と。
しかし、その子のぷっくらとみずみずしかった白い肌は少しやつれたように見えた。
その日の夕方、私は狩に出掛けた。日が暮れて、満月が顔を出すと今日の光景のように北極ウサギが沢山集まってきた。
私が見入っていると、ウサギ達は奇妙な動きを始めた。
一匹のとても可愛らしいウサギを中央に、その周りを取り囲んでウサギ達の大きな円が出来た。
ウサギ達は踊り始めた。美しい踊りだった。これは宴なのか?
満月の光が中央のウサギを照らし、そのウサギはスポットライトを浴びているように見えた。
突然、スポットライトを浴びたウサギが空中に浮かび上がった。そのウサギはキラキラと光を放ちながら、月に引き寄せられ、遂に月の中に消えてしまった。この世の物とは思えない美しい光景だった。私は夢を見ているのかと思った。
急いで家に戻ると、妻が慌てふためいていた。子供が突然消えてしまったと‥‥‥
私達は辺りを探し回ったが、見つける事は出来ず、それっきりだった。
・・・
妻には言う事が出来なかったが、月に消えたウサギがあの子に違いないと思えてならなかった。
それ以来、私はウサギを見る事が出来なくなった。見るとあの子の顔が目に浮かび、悲しみに耐えられなかったのだ。
いつからだろう? ウサギを見てあの子を思い出し、あの子との思い出に浸れるようになったのは‥‥‥
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