車中泊
卯鮫正信
車中泊
「あーもうついてない!!」
中川陽は雪降る山中で悪態をついた。
それもそのはずだ、街で買い物をした帰りの山の中で雪に車のタイヤがハマってしまったのだ。
しかも保険の会社のオペレーターが言うには「雪が深くて、そちらへ向かうのは明日の昼以降になる」というのだ。
いい加減にしてほしい…と思わずつぶやいた。
幸いにも、今日の買い物は来月行くキャンプの買い出しだったので食料、水、毛布と寝袋はそろっている。
そうでなければ凍えて死んでいたのかもしれない。
「やっぱり山越えなんてせず、遠回りしてでも下道を通るべきだった・・・。」
そうぼやいているうちにも火がどんどん暮れていく。雪はやんだが排ガスの逆流を防ぐためにエンジンは切っている。
車の中のはずなのに寝袋と毛布にくるまっているという滑稽な状態だ。
ふと、ぶるっと震えが来た。もよおしてしまったのだ。
外は雪がやんでるが極寒だ。だが、車中でするわけにもいかないのでいったん外に出ることにした。
幸いにもドアは開いた。
雪を踏み分け道の端に何とか着いた。そして急いで車中に戻るために用をたした。
ぬるい液体で雪が解けていくのを見届けずに慌てて来た足跡をたどって車に戻った。それだけで大仕事をした気分だった。
また寝袋と毛布にくるまりながら思った、排気口回りの雪をどかしてエンジンを付けたほうが良かったと。
冬の日暮れは早い。あっという間に暗くなって月が出た。
積もった雪が月の光を反射しているからか存外明るい。
暇つぶしにモバイルバッテリーで充電しながらスマートフォンを触っていると、突然電源が切れた。
さっきまで電池残量が90%以上あるのを確認したのに、このタイミングで故障なんて運がない。
助手席にスマートフォンを投げ、ふてくされるしかない。
明日までの辛抱だ。こちらの位置は保険会社も知っているから明日になればなんとかけれることが出来る。
そんなことを考えていると後ろの方からべちゃっと音がした。外で雪でも落ちた音だろうか。
体を動かして確認するのも億劫だ。それよりも明日の昼までこの退屈をどうしようか。と考えている間にすぐ後ろの方でべちゃべちゃっと2回音がした。
流石に音がしたところが近かったので体をよじって見ることにした。
その瞬間、凍えていた体の温度がさらに下がった気がした。
音がしたであろう場所には真っ赤な手形がべったりとついていたからだ。
べちゃっ、今度は見ていた方とは逆の方向から音がした。
恐る恐る見るとフロントガラスにまたついていたのだ。
べちゃべちゃべちゃべちゃべちゃべちゃ……
前に後ろに横に上に手形がついていった。
中川は飛び上がって車の中心部に移動したがすぐに気づいた。
待てよ?上に、つまり車の天井にに手形が見えるって言うことはどういうことだ??
彼はすぐに気づいた。手形の主は‘中’にいるということを。
それに気づくが早いか、その手は車のドアに伸ばされていた。
開かない。どれだけドアを開けようとしても開かないのである。
その間にもあの不快な音と共に手形が増えていく。
窓に、天井に、シートに、そしてぬるっとした感触と共に自分の体に。
翌日、保険会社から要請を受け駆け付けた作業員が車の中をのぞくと、綺麗な車内に赤く染まった死体があったという。
特に赤く血塗られた顔は見開かれた眼だけが白く、何かを叫んだように大きく開いた口は喉の奥深くまで真っ赤な液体で彩られていた。
車中泊 卯鮫正信 @usame_masanobu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。車中泊の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます