第2話

「なにぼぉーっとしてんの、生理?」

「お昼ごはんを食べてる時にやめてね、ちがうから」

彼女は梅ヶ丘ルカ、超が付くほどの大金持ちでこの学園ではわたしの数少ない親友のひとりだ。

愛知の孤児院を出て相模原に帰って来たわたしは、小田急相模原駅から徒歩十五分の木造ボロアパートに引っ越した。

連帯保証人には孤児院の先生がなってくれた。

交通事故で母を亡くして天涯孤独になったわたしを、唯一温かく迎えてくれた場所が愛知県の孤児院だった。

何の不満もなかったし不安もなかった。

みんなとても優しかった。

小学校二年生から中学を卒業するまでの約十年、わたしは胸を張って幸せだったと言える。

もし孤児院が居心地の悪い場所だったら、こんな東京の進学校には通えなかっただろう。

遺伝だなんだと決めつけて可能性を否定する人もいるけれど、人の運命は環境の作用が大きいのだと改めて思う。

勉強のできる環境がなかったら、今のわたしはきっとない。

たぶん、ルカにも逢えなかった。

「それにしてもみすぼらしい弁当だよね。戦時中みたい」

「いいよねお金持ちは。昼食に惜しみなく私財を投入できるんだから」

「はい、これ。午後からもがんばろ」

「おお! これは表参道の名店、ル・ボンシェールのシュークリーム。ありがとうルカ、恩に着るよ」

「そんなこといちいち恩に着なくていいよ。それより狛江、豪徳寺の試合はどうするの?」

わたしの名前は狛江。

東京は多摩地区東部、小田急沿線の狛江だ。

名付け親はお母さん。

狛江市で生まれたから狛江。

もうちょいいい名前はなかったのかなぁとも思うけど、まぁいいよね。

この名前で決まっちゃったんだし、今となってはお母さんの形見でもあるわけだし。

「んーどうしようかなぁ。またロータスが来るんでしょ? なんかわたし恨まれてるみたいだからやめようかと思うんだけど」

「狛江さ、そういうのこそやめない? 誰かが来るから行かない、誰かが居るからやらない。苦手な人にこそぶつかって克服しないといつまで経っても道は拓けないよ。貧乏人は特にね。じゃ、明日のお昼に迎えに行くから。アデュー」

「あ、あでゅー……」

行ってしまわれた。

苦手な対人関係の克服かぁ。

たしかに、この世界の仕組みは人間関係で出来ている。

それが苦手だといろいろと困ることになる。

だから苦手なタイプの人が居たらなるべく早い段階で克服したほうがいい。

理窟としてはわかる。

わかるけど……。

わたしはルカからもらったシュークリームをひとくちほお張った。

少し、幸せな気持ちになった。

そして明日が来た。

「おまたせぇ」

目の前に停まる高級車。

運転手付きのロールスロイスファントムだった。

「相変わらずボロいアパートだねぇ。そよ風で倒壊しそうじゃん」

「うんまぁね。三島が『金閣寺』を書いた年に建立されたらしいからね、このアパート」

「まるで寺じゃん。では、参るか」

「え、行くって車じゃなくて?」

「小田急で行くに決まってるでしょ。われら小田急民じゃん」

「じゃあなんで来るときも小田急で来なかったのよ。まぁいいけど」

わたしとルカはサウザンロードを経由して小田急相模原駅に向かった。

これから藤沢の体育館で豪徳寺くんのバスケの試合を観るのだ。

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