第22話 今日から俺はマッケンテンナ(9)

 母は道具屋で、わざと高値を吹っ掛けた。

 道具屋の店主はわざわざ大金で手に入れたケロべロスの骨を自慢げに見せびらかす。

 次に母は、衣装屋に入っていった。

 わざわざ小汚い装いのままでだ。

 当然、軽蔑のまなざしが母に向く。

 だが、母はニコニコと微笑みながら店員の目の前に大金を無造作に置いた。

 そして、一番高いドレスを注文するのだ。

 店員の態度は豹変。

 ごまをするかのように母にすり寄った。

 この太客から、さらに金を引き出そうと息子のことを持ち上げる。

 店の中は店員たちのゴマをする声で大忙し。

 その様子をみる他の客たち。

 そんな気前の良い客の噂は、たちまち街に広がっていく。

 母は、そんな行為を何度も何度も繰り返した。

 有り金が尽きるまで繰り返していたのだ。


 噂の発生原因はお前か!

 お母さん……何てことしてくれたんだよ……

 そのせいで、俺はプーア家の者じゃなくなるんだよ……

 それでいいの……お母さん。


 母は、俺にはちゃんとした教育を受けさせたかったのだ。

 だが、我が家にはそんな金はない。

 王立騎士養成学校の初等部、中等部、高等部をすべて通えば、いったいどれだけの大金がいるのだろうか?

 ケロべロスを売った10万ゼニー?

 そんなの初等部を2年ほど通うだけできれいさっぱり消え去ってしまう。

 王立なんだから奨学金があるだろうが!

 確かに奨学金はありますよ。

 でも、これから入学する生徒が賢いかどうかなんてわかりはしないよね。

 ましてや、プーア家だぞ……素性がバレれば、退学なんて生易しいものでは済まない。

 袋叩きにあって、市中引き回しの上、フルちんで磔にされるかもしれないだろうが。

 まぁ、今は、もう、そんな時代じゃないけどね……

 ならばどうすればいい……

 そんな時、母は俺がケロべロスを倒したことを知った。

 すぐさま、母はケロべロスの骨を街に持ち込んで、これみようがしに喧伝けんでんしまくった。

「これ! これうちのがとったのよ!」

 そして、数日のうちに、ドグスの耳にそんな噂話が届く。

「ケロべロスを倒す天才少年がいる」と


 だが、仮にという少年がケロべロスを打倒したと知っても、そのヒイロという子がどこの誰なんだか分かるわけないよな。

 だって、俺は、ずーっと森の中で生活しているんだから。


 どうやら……この入れ替え話……うちの母から持ち掛けたようなのだ。

 母は頃合いを見計らいマッケンテンナ家を訪ねる。

 着飾ったドレス、派手な装飾、そして何よりも美しい姿。

 その姿は、どこから見てもどこぞの貴族。

 一見してこれが森外れの小汚い小屋に住んでいる貧乏な女などと、思うわけがない。

 そんな女がニコニコと現れたのだ。

 きっと何かの儲け話に違いない。

 大金の匂いを嗅ぎつけたドグスは、初見の母をすぐさま家へと招き入れた。


 そこで母は提案する。

「おたくのマーカスちゃんの代わりに、うちのヒイロが騎士養成学校に行きましょうか? 当然、マーカスちゃんとして」

 にっこりと微笑む母。


 ドグスはマーカスの頭の程度を知っていた。

 自分の息子が、どうあがいても騎士養成学校に入学するのは無理筋だった。

 それどころか、普通の学校ですら怪しいのだ。

 裏口で無理やり入学させても、初等部一年生で留年決定は確実だった。

 だって……足し算すらできないのだから……マーカスたん。


 ドグスはすぐにその話に飛び乗った。

 うちの子が騎士養成学校!

 うちの子が騎士になる!

 うちの子が名実ともにエリート!

 あわよくば貴族の娘と結婚でもして、貴族社会の仲間入り!

 そんなことを想像するドグスの目はすでにピンク色。

 社交界で華々しく踊る自分とマーカスたんを夢見ていた。


 母は、そんなドグスに念を押す。

「もし、うちのヒイロが特待生になって奨学金をもらったら、その金額に相当する額は私に下さいね❤」


 えっ……もしかして、これが本当の狙いですか……お母さん……




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