第4話 プーアと言う名(1)

 騎士養成学校に入る前の俺は、街はずれの人気の全くない森の中で生活していた。

 まぁ、街はずれというだけでもある程度想像できると思うが、そこからさらに、人すら住まない森の奥となれば、当時の俺の生活が、どれだけ赤貧であったかということは簡単にお判りいただけるだろう。

 決して俺の名前【ヒイロ=プーア】とは関係ないぞ!

 このプーアという名前は元からだ!


 というか、実はプーア家の家柄は結構いいらしい。

 俺が生まれてすぐに死んだ父が言っていた。

 えっ! 赤子の俺がなんでそんなことを知っているのかだって?

 だって、今でも家の暖炉の上には『プーア家、最高! 違った! 再興!』という父の自筆の張り紙が貼ってあるのだ。

 おそらく、金がなかった父の唯一の形見なのだろう。

 母は、そんな張り紙をはがすことなく毎日その前に一輪の花を手向けたむけている。

 そして、母は笑顔で父の話、いやプーア家の話をするのだ。


 その昔、プーア家は、先の三大貴族と並ぶ大貴族の一員だったらしいのだ。

 しかも、嘘か本当か知らないが、貴族筆頭!

 王につぐ序列!

 なっ! 凄いだろ!

 でも、凄いのはここまでなんだ……

 魔王が初めてこの世の生まれいでし時、プーア家の不幸が始まった。


 キサラ王国の果ての果て、遠い遠い山の中。

 洞窟の奥底から突然、ヘドロが湧き出るかのように黒い瘴気が噴き出したそうである。

 洞窟から吐き出された瘴気は、あっという間に周りの草木を枯らした。

 とどまることを知らない黒い霧は、辺りの空気を薄暗い世界へと染め上げた。

 瘴気の霧に触れた生き物は突然と倒れ、体中から泡を吹き溶けるように崩れ出した。

 泡に包まれたその体は、みるみる内に姿を変えていく。

 森のいたるところに何かよく分からない生き物がうごめき出した。

 よく分からない生き物たちが子を産んで、今までとは別の生態系がキサラ王国をどんどんと侵食していった。

 その増殖サイクルは人間たちが思っていたよりも異常に早かった。

 そう、この世界にモンスターと呼ばれる生物があふれかえるのに、さほど時間はかからなかったのである。


 平穏だった町々に、異形のものが跋扈ばっこする。

 幸せに満ちた人々の顔が、恐怖におびえおののいていた。

 互いに姿の異なる者たちは、互いに互いを傷つけた。

 それは自然の事なのかもしれない。

 人は生きるためにモンスターを狩る。

 モンスターは生きるために人を食った。

 それは仕方のないことなのかもしれない。


 そんなご時世だからこそ、人々は英雄を求めた。

 だが、そんな閉塞感に包まれた時代、何をトチ狂ったのか、異形のモノとの共存を叫ぶ者がいた。

 そのアホが、我がプーア家の先先先代の女当主だ。

 バカじゃね……

 時代に逆らって格好でもつけたかったのかね……

 みんなと違うこと言ってマジ凄い! とでも思っていたのかね……


 その俺のツッコミを聞いた母は悲しそうな顔で物語をつづけた。


 当時のプーア家の女当主は、この異変の原因を解明すべく自らこの辺境の地を調査していた。

 当時、そのお腹には、俺の爺様がいたそうだ。

 そんな身重の体でよくやるよ……

 だが、黒い霧に触れた彼女の部下たちは、次々と肌が崩れ落ち、まるでゾンビのように徘徊し始めた。

 彼女が騎乗する馬もまた、突然気が狂たかのように木の幹へと頭を打ち付ける。

 その傷ついた額から、みるみる角が伸びてきた。

 その様子を見たプーア家の女当主は恐怖した。

 だが、ココで手ぶらで帰れば、貴族筆頭の名が廃る。

 しかし、部下たちは、一人、また一人と正気を失う。

 ついに一人になった女当主。

 だが、懸命の捜索の結果、瘴気が湧き出ずる洞窟を見つけたのだ。

 やめときゃいいのに一人、中に入る。

 中には透き通る体をした女の子が二人、何をするわけでなく静かにちょこんと座っていた。

 当主は剣を構え声をかけた。

「お前たちは何者だ!」

 赤い目の女の子が答えた。

「お前こそ何者だ!」

「我はプーア家当主【カーナリア=プーア】! 再度問う! お前たちは何者なんだ!」

「私たちは最初に生まれしものだ」

「お前たちの目的はこの世界の破滅か!」

 今度は隣に座るピンクの目の女の子が答えた。

「私たちは、ただ生きたいだけ……」

「何を寝ぼけたことを言っている。この周りの惨状はお前たちのせいだろう! 今すぐやめろ!」

 女の子たちは困った様子で顔を見合わせると、赤い目の女の子は薄ら笑いをうかべた。

「私たちに死ねと言う事か?」

「それはどういうことだ?」

「私たちは、この黒い霧の中でしか生きられないのだ」

「うん、お姉ちゃんの言う通り……だから、私たち、この霧からでると形を維持できなくなっちゃうの……」

「だからと言って、世界中を混乱に陥れていいという理由にはならない! そもそも、本当に霧から出たら死ぬのか? やったことはあるのか?」

「お前は馬鹿か! もしそれで私が死んだらどうしてくれんだ!」

「でも、お姉ちゃん……やってみないとわかないよね……」

「そうだろ、何事もやってみないと分からないじゃないか! 私と一緒に洞窟を出てみないか?」

「断る! 私はそんなことで死にたくはない! 私は生きたいんだ! あらゆるものを犠牲にしてでも私は生きたいんだ!」

「でも、お姉ちゃん……みんなとケンカしたら、生きてても楽しくないよ……」

「なら、お前だけ行けばいい! 私は残るからな!」

「……あなただけでもおいで……」

 カーナリアはピンクの目の女の子に手を差し伸ばす。

 その手を恐る恐る握るピンクの目の女の子。

 

 二人は、赤い目の女の子を置いて洞窟を出ていった。

 それを見送る女の子の赤い目は憎しみに満ちていた。

 みんな私を置いていく……

 みんな私を苦しめる……

 みんな私を殺そうとする……

 殺される前に殺してやる……

 殺してやる……

 殺してやる……

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