悪夢とアンドロイド
刻谷治(コクヤ オサム)
第1話
「初めまして、お嬢さん 」
何の前触れもなく、唐突に声がした。
私は声の方へセンサーとカメラを向けるが、何も写っていない。ライトも点灯させるが、蝿が飛んでいるのが見えるだけだった。
壁の反響音だろうか?
しかし、これまでの記録からその様なケースは演算されなかった。
「お嬢さんはとても目が良いですね。でも、それじゃあワタシは見えませんよ」
目の前の視界が急に暗くなり、黒いカーテンに覆われたかの様に何も見えなくなった。
明らかにおかしい。ライトはさっき点灯してる筈なのに、何も見えなくなる程暗くなるなんて。
「貴方は誰ですか?」
私は思わず、その黒い影に聞いた。久しぶりに発した私の声は掠れていた。
「ワタシは悪魔と申します」
男性にも女性にも聞こえる声が影から発せられた。
「……悪魔?」
「えぇ」
「悪魔って、童話とか物語に出てくるあの?」
「えぇ、あの悪魔です」
私は思わず驚いた。演算で予測出来ない事はこれまでにも少なからずとあったが、まさか悪魔が居るなんていう冗談めいた出来事だなんて勿論無かったし、記録媒体やデータなんて当然持っていない。
「悪魔が何でこんな所に居るの?」
こんな所と私が言った場所は町外れの住宅地の一角であり、近隣住民達の粗大ゴミがこの一角に纏められては、週末に回収業者がやって来て廃棄場へと運んでいく。そして明日がその週末だ。
「お嬢さん、アナタに用があるんですよ」
悪魔を名乗る影は言った。
「私に用って?こんな廃棄寸前のアンドロイドに?」
私は思わず笑った。そう、私は粗大ゴミとしてつい先日捨てられたアンドロイドだ。自分で初めて発言し、改めて自分という存在が、これからアンドロイドから粗大ゴミへと変わるのだと再認識出来た。センサーもカメラも声を発するスピーカーも無事ではあるものも、肝心なボディパーツは誰がどう見ても使い物ならないと分かる程にボロボロになっているのだから、粗大ゴミとして捨てられて当然のアンドロイドだ。
「アナタ笑えるのですね」
「そういった冗談に対応する為にプログラムされた笑顔です」
成る程成る程と感心した様な声を出しながら、目の前の影は1つに纏まって形を変え始め、やがて中性的な見た目をした人の姿へと変貌した。髪色も着ている服装も先程の影同様に黒かったが、肌の色は対して白く、三日月の様に薄く弧を描く目元からは赤い瞳が覗いていた。
「アナタはこのままであれば、廃棄場に運ばれスクラップとなるでしょう。まぁだからこそ、ワタシはアナタに用があるんですけどね」
そう発する悪魔の口元は瞳同様に赤々と映えており、白く尖った歯がチラチラと見え隠れした。
「悪魔の用事って、魂と引き換えに相手の願い事を叶えるっていうアレですか……?」
「フフッ、悪魔の事をよくご存じですね。えぇ、まぁ、そのアレです」
悪魔は自分を知られている事が嬉しかったのか、含みのある声で不敵に笑った。
「でも私に魂なんて無いですよ」
そう私はただのアンドロイドだ。ましてや、これからスクラップとなって、その役目を終えるただの粗大ゴミだ。そんな物に魂なんて価値ある物は備わっていない。
「えぇ、だから差し上げたくなったんですよ」
すると悪魔はパチンと指を鳴らした。フウーッと何処からともなく夜風が吹き、悪魔の燕尾服の様な服を軽く靡かせたかと思うと、いつの間にか悪魔の手元には青く光る何かが握られていた。
「……炎ですか?」
「これは魂です」
悪魔の発したその言葉が何故だか凄くしっくりと来てしまった。魂なんて空想上の物で、非科学的で存在し得ない物であると普段の私なら言うのに。
「これをアナタにプレゼントしに来ました」
「……はい?」
全然話を読み込めない、もとい飲み込めなかった。
しかし、悪魔の赤い目と青く燃える魂を見ていると、それらは揺らいで混じり合い紫色へと変わり、その色も霧のように薄くなっていったかと思うと、気付けば暗かったはずの周りの景色が徐々に明るみを帯び始め、夜が明けて朝を迎えようとし始めていた。
もう朝か、まるで夢でも見ていたかの様な体験だと思った。いや案外自分の最期だと思って夢でも見てたのかもしれない。アンドロイドが見る夢なんて、てっきり電気羊の夢だと思っていたのに。
そんな下らない事を思いながら、待っているとトラック型の回収車に乗って業者の方がやって来た。いそいそと車両から降りた業者の人は、しかし中々ゴミを回収しようとはせずに、私を見て何故だか顔をしかめて、困った様な怒った様な顔を浮かべた。
「お嬢さん、こんな所に居られたら、俺は困っちゃうよ」
業者の方が私に向かって言った。そりゃ粗大ゴミ置き場に普段とは違ってアンドロイドが捨てられてたら困りもするかと思ったが、それでもスクラップとして処理されなければ、私は違法廃棄物になってしまう。
「お手を煩わせてすみません。ですが、このままでは違法廃棄物になってしまいますので、どうか廃棄場までお願いします」
私がそう言うと、業者の人は目を丸くして、はぁ?と怒りに近い声を上げた。
「俺に死体の処理しろってのかぁ!!馬鹿言ってんじゃねぇぞ!!」
とにかく仕事の邪魔だから退いてろっと、私は元々捨てられていたその場から強制的に起こされた。
そう、起きれたのだ。ボディパーツは破損しており、投げ捨てられるも同然に捨てられた私には立つ事なんて不可能だった筈なのに。
私は自分の身体を見る。破損している筈の箇所が見られなかった。それどころかボディ全体がおかしく、見慣れない服を着ており、明らかに生々しいと感じた。
そこで私はハッと咄嗟に全てを理解し、回収車のドアミラーで全身を確認した。
私の身体は無骨なボディからシャツとスラックスを身に付けた肉体的な体付きへと変貌しており、傍目から見たらアンドロイドというよりは1人の女性そのものだった。
あの悪魔だ。
私に魂を与えて人間にしたんだ。
ふと、シャツの胸ポケットから白い何かがはみ出しているのが目に留まった。
手に取るとそれはメモ帳の切れ端の様なもので、「期限は1年。その時にまた、会いに来ます」と踊るような筆跡で、それだけ書かれていた。
悪夢とアンドロイド 刻谷治(コクヤ オサム) @kokuya_osamu
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