いつの間にか眠り込んでいたらしい。気が付くと、辺りはウスウスと明るさを取り戻しかけていた。そうして思い出したように横を見遣れば、共に砂に潜ったヤッコエイは既に其処には居なかった。

 僕は一息置くと徐に砂の中から這出した。一抹の淋しさを懐きながら……またそれすら払い除けるように、身体中に付いた砂をサラサラと払い払い……再び広大無辺の海を当てもなくのろのろ泳ぎはじめた。

 相変らずの殺風景のなか、暫く行くと先の方に何やら黒く迫るものが見えてきた。少しくぼーっと眺めていると、そのうちにそれが何だかオアシスか何かのように思われて、僕はいくらか泳ぎを速めて行った。黒い影がぐんぐん大きくなるにつれ、その正体もいよいよハッキリと認められてくる。

 ……海藻の森……。其処には数知れぬ海藻が、並び、重なり、ユラユラひしめきながら眼前を黒く覆い尽くし、泰然と此方を見下していた。何処となく不気味な風情が揺らめいていたが、不思議とおそれを懐くことはなかった。強いて言えば、むしろ或種の期待感のようなものが仄かに込み上げて来るばかりであった。

 僕は高く高く伸びきったそれらをジロジロ見上げつつ、その懐へ悠然と潜行して行った……。

 森の中は四方八方海藻が密生している為か、少々薄暗く感じた。しかしその狭隘きょうあいさ、暗さが何となく心地好くもあった。

 何処に出るともなく、視界を一パイに埋め尽くす暗緑の枝葉を搔分けてゆく。……すると、或る海藻の前に至った時、不意にその向うに何やら蠢く気配を感じて、僕は思わずピッタリ動きを止めた。

 僕は向う側を見透かすように目の前の海藻を見た。すると声が洩れ聞こえて来た。それは気持好いような……苦しみに喘ぐような……どちらともつかぬ、そんな声であった。そうして同時に、奥の方で海藻が頻りに不自然な動きをするのが分った。

 ……この向うで何が起きているのかしらん……。

 僕は真実を確かめるべく、慎重に、コワゴワと暗緑の幕をくぐって行った……。

 七本の海藻を潜り抜けた先であった。その光景を前に、僕はただ啞然とした。其処に居たのは雌雄のサメであったが、それというのも、二匹はまさに営みの真最中だったのである。雄の方は雌のひれにカブリつきながら、背鰭や尾鰭が傍の海藻を揺らしているのも構わず無我夢中に身を震わせ、雌はと言えば今にも気の遠くなりそうな表情でされるが儘のていであった。

 ……僕は何とも言えぬ申し訳なさと気まずさに苛まれながら目を逸らし、海藻の陰にゆっくりと後しざりをした。相手が此方に気付いていないのが幸いであった。

 それからもうこの森に用は無いなとヘンに納得して、外を目指しヒッソリと海藻を搔分けてゆく。さて何処からドウ来たものか……ドウ行けば出られるのか……最早全く分らなくなっていたが、取り敢えず一つ方向を決めて真っ直ぐ進んでみることにした。

 暫くして海藻の森から脱け出すことが出来た。……が、其処で僕は開放感と同時に、或る違和感を覚えずにはいられなかった。其処から先には海底が無かったのである。見慣れた砂底は海藻の森を以てはてと相成り、切り立った崖が深淵を蒼黒く覗かせていた。

 僕は眼をマン丸くして見下していたが、気が付くと頭を傾けて、その何も見えぬ深い深い蒼へ向け下降しかけていた。そうしていよいよ増して行く辺りの暗さ……静けさ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る