ハナヒゲウツボと別れて、僕は再び珊瑚礁を逍遥しはじめた。珊瑚礁は依然として采々たるキラメキに満ち満ちていたが、段々と僕の目も肥えてきたようであった。

 そんな道中で次に出逢ったのは、モンガラカワハギという魚であった。彼は斯かる極彩色の景色の直中ただなかに在りながら一際目を惹いた。橙のくちばしみたような吻端……体側の下半分は、大粒の白い泡玉が尾鰭へ向かってブクブク湧くようにして黒いカラダに明澄に浮き出し……その上には黄色い網目模様……背、尻、尾の鰭はまるで円光の差すかのよう……といった具合で……。

 それが僕の目にアンマリ麗靡れいびに映ったので「トテモ美しい……ゲイジュツ的だ……」と感歎称讃すると、モンガラカワハギは急に恥ずかしがって近くの穴に飛び込み、きょくを突っ張って籠もってしまった。

 それから、大きなテーブルサンゴを舞台としてチョウチョウウオたちが舞いあそんでいるところへ逢着した。そうしてめいめい思いの儘にチョコチョコ舞うその可愛らしいイエローを暫く陶然と眺めていたが、そのうちに僕はスッカリ惹き付けられたものらしく、気がつくとチョウチョウウオたちの中に交じって鰭をパタパタ振っていた。

 なんて晴れやかな心持だろう……。

 舞い回る黄色い妖精たちの中心で、僕はウットリとしたアタマにそんな事を思っていた。全身が悦びに打ち震え、鰭の先から鱗、血、肉、臓、骨の髄に至るまで、得も言われぬ或るエネルギーのあまね盈溢えいいつするのがハッキリと感ぜられるようであった。

 そんな風にしてフワフワ気持好くなっていると、やがて最前出逢ったハナヒゲウツボが派手な長軀を翻し翻し飛んできた。そうして忽ち僕やチョウチョウウオたちの周りをグルリめぐりながら、その身を綺麗に波打たしてウネウネ舞いはじめた。

 僕はイヨイヨ楽しくなってきた……。

 大珊瑚舞台の上に黄色がうららか跳ねる……青が優雅に揺らめく……。

 するとこの様子を見ていたらしいモンガラカワハギがもうタマラナイといったていで穴からフラフラと出てきた。そうして、見る見るうちに色めいていった……。

 それから僕たちは疲れも知らず久しく舞い游び続け、或る海の或る一角で、鮮やかな光彩を放っていた。

 海面を通して仄かに届く光が辺りに燦々散らばり……水泡は真珠の如くつやめき静かに上昇してゆく……。

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