義兄さん、やめて! 姉さんにバレたら殺されちゃうよ

チェシャ猫亭

第1話 見られてしまった!

 その日、牧野秀人まきのしゅうとは、朝からそわそわしていた。

 姉のあずさが、婚約者を連れてくることになっていたのだ。

 兄が欲しいと、ずっと思っていた。

 八つ上の姉しかいない秀人に、義理とはいえ、念願の兄ができるのだから。楽しみでしょうがなかった。


「お邪魔します」

 さわやかな笑顔で現れた男性は、堤勇策つつみゆうさくと名乗った。

 勇策は、イケメン、しかも長身。学生時代はボート部で、今も筋トレを欠かさないだけあって、胸板も厚く、腕も太くてたくましい。

 高校二年の秀人は、胸の高鳴りを抑えるのに苦労した。


 あれから三年。秀人は大学二年になり、姉夫婦のマンションに同居している。というか、子供ができるまでの期間限定で、部屋を借りているのだ。

 子供がいないうちはワンLDKで十分、空いた一部屋は、都内の大学に通う弟に貸して家賃を取り、住宅ローンの足しに、という姉の作戦であった。


 出産予定日まで、あと一週間か。


 カレンダーに目をやり、ぼんやり考える。

 九月半ばの、金曜の夕方だ。

 いつもならバイト中だが、急にシフトの変更があった。特にやることもないので、帰ってきてしまったが、街をぶらついてくればよかったかも。


 姉さんが赤ちゃんを産んで、戻ってきたら。

 この部屋とも、お別れだな。

 部屋の隅にたてかけた段ボールの束に、ちらっと眼をやる。少しずつ、荷造りも始めないといけないのだが。

 玄関横の五畳ほどの洋室。秀人が出ていけばベビーベッドを置き、将来は子供部屋になるのだろう。

 姉は、実家に近い病院の方が何かと安心、と、千葉の方に帰っている。その間、秀人は、勇策と二人きり、なのだが。


 忙しい義兄あにとは、なかなか顔を合わすことがない。

 朝は早いし、夜は帰りが遅い。秀人も授業やバイトがあるし、すれ違いの日々が続いていた。


 梓は、やきもちやきだ。

「勇策には付き合ってる女が三人もいたのよ。すべてを蹴落として手に入れたんだから、絶対に、誰にも渡さない!」

 そんな話を、姉から聞かされていた。

 普段、夕食は姉が準備してくれ、時間が合えば三人で食べていたが、食べ終わると、三人で談笑、とはならず、秀人は、部屋に追い返される。夫婦の時間の邪魔をするな、ということなのだ。勇策とほとんど話ができないのは、そんな理由もあるのだった。


 出産のために留守にする前も、姉は、

「秀ちゃん。勇策が浮気しないように、ちゃんと監視しててよ」

 と念を押していたのだ。


 そんなこと言われても、どう監視すんだよ。

 心配だったら、都内こっちで出産すればいいじゃん。


 秀人は、ふてくされた。

 結局、今までと同じで、勇策とは、ほとんど話をすることもなく、時間ばかりが過ぎていた。


 そばで暮らせるだけで、よかったんだけど。それももう。じき、おしまい。


 義兄にいさん。

 陽に焼けた肌、筋肉隆々の腕、などを思い浮かべると、まだ夕食前だというのに、秀人は、その気になってしまった。

 こんな早いうちから、と思うが、自制がきかない。


 そろそろと、股間のジッパーを下ろす。

 ナニをつかみ、這わせた指を、上下に動かす。

 ああ、義兄さん!

 太い腕に抱きしめられ、息が詰まるほどの口づけをされ、自分のそこに勇策の手が。

「ああっ」

 も、もうイキそう。

 こすりあげるピッチが速くなり、そして。


「秀人くん?」

 ドアが開く音と、義兄の声が同時に聞こえた。


 秀人は、凍り付いた。


 ウソ!

 勇策と、しっかり目が合ってしまう。

 驚きに、大きく見開かれた目。


「ごめん!」

 声と同時に、ドアがバタンと閉じた。

 暴発寸前だったナニは、無論、縮みあがっている。


 見、見られた。

 義兄さんを思いながらシコッている現場を。よりによって、オカズにしていた本人に。


 壁の時計は、まだ午後六時を回ったばかり。


 なんで、なんで、こんな早い時間に、義兄さんが。


 考えてみても、仕方ない。

 見られてしまったのは、事実。


 どうしよう、逃げようか。幸い、この部屋は玄関に近い。義兄さんに見られずに外に出られる、はずだけど。

 それから、どうする。

 誰か、友達の部屋に泊めてもらうか。


 今晩は、それでいいとして。明日以降、どうする?

 いつまでも逃げられるわけ、ないだろ!


 どうするんだ、秀人?


 日が暮れ、暗くなっていく部屋で、秀人は、悩み続けるのだった。


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