第40話:バイト

「じゃあ転移するわよ」

「オッケー」

「うむ」


 今日は朝から王都へ、ダンダさんと一緒に買い物へとやって来た。

 そのついにでちょっとアルバイトも。


「お待たせ~」


 リリアンの転移魔法でやって来たのは、どこかの森の中。


「よぉラル。それにダンダのおっちゃんもよく来てくれた。助かるよ」

「なぁに。世話になったお礼じゃからの」


 そう。

 マリンローの一件でレイやリリアンには世話になっている。何より王様にも恩が出来た。

 それを返すために、盗賊団退治のお手伝いに来たのだ。


「へぇ、立派な砦を築いたもんだねぇ」

「そうなんだよぉ。奴ら木を伐採して、あんなもん建てやがってさぁ」

「大工をしとった奴がおるのかの。良い出来じゃ」

「いや、感心しないでくれよおっちゃん」


 丸太で壁を造り、砦をぐるりと囲んである。壁の上に人が立っているのが見えるので、厚みがありそうだ。

 あれを崩しての突入は難しそうだなぁ。上から狙い撃ちされるだろうし。


「よし。じゃあ行ってくるよ」

「おー、頼むはラル」


 レイの声援に応えるように手を上げ、それから隠れていた茂みから出て行った。

 門番らしき盗賊たちから見える所まで来たら「おーい」っと声を掛ける。


「な、なんだ貴様!?」

「"スピードアップ"」

「ん? んん? んああぁぁ?」


 混乱する盗賊さん。

 その声を聞きつけ、別の奴らが壁の上に上がって来る。


「何があった!?」

「"スピードアップ"」

「はあぁ!? な、なんだこれはっ。か、体が動かないっ」


 その声を聞きつけ、更に盗賊たちがやってくる。


「"スピードアップ"。あ、こっちも"スピードアップ"」


 どんどんバフる。

 どんどん、どんどんバフる。


 やがて壁の上に誰も現れなくなると、今度は門が開き始めた。

 するとレイとダンダさんが茂みから駆けだす。二人が突撃する前に、俺は少しでも盗賊を視界に入れようと地面に這いつくばって──


「"スピードアップ"」


 と唱えた。


 ふぅ。なんとか見えた連中だけでもバフれたぞ。

 ふふ、バッファーの鑑だよな、俺。


「お疲れ様ラル。中のほうはどうかしら?」

「んー、見えた限りだと二十人ちょいはいたと思う。壁の上に十数人いるだろうから……四十人ぐらいかな?」

「そう。ここは五十人以上いるはずだから、砦の中にまだいるかもね」

「そっか。中入るかい?」

「そうしましょう」


 俺とリリアン、それに騎士が三人。一緒に砦へと向かう。

 その頃にはレイとダンダさんによって、盗賊たちは全員地面に倒れていた。


 砦の中にも盗賊たちはいたけど、見つけた傍からバフバフバフ。

 無力化した盗賊たちは、三人の騎士が手際よく捕縛してくれる。


「んー、思ったんだけどさリリアン」

「何よラル」

「これさ。遠距離魔法一発ぶち込めば、直ぐに終わるんじゃない? 君なら出来るだろう?」

「あのねぇラル。ここには旅の人や行商人から奪った物がため込まれてるの。それも一緒にふっ飛ばしちゃうでしょ?」


 あ、そうだった。

 砦を吹っ飛ばすような火力だと、盗まれた物も一緒に消し炭にしてしまうか。


「それだけじゃないの。近隣の村や旅人やら、拉致された人もいるのよ」

「う……それは、マズいね」

「そ。だから私がどっかーんって、一発で終わらせる訳にもいかないのよ」


 奪われた金品の中には、持ち主がはっきりしているものだってある。そういったものは流石に持ち主に返してやるんだとか。


「それにね、ここにはいないんだけど……近隣の村から若い女の子や旅人がね……」

「あぁ、うん……なんとなく分かった。そうだね。魔法に巻き込んでしまうといけないよね」


 若い女の子──奴隷商に売るためか、自分たちの慰み者にする為か……。

 捕らわれている人がいるアジトもあるってことだ。

 労働力としてなら、男だって捕まることはある。


 さくさくと制圧を済ませたら、事後処理なんかは騎士たちに任せて次の場所へ。


 この日、朝から夕方までに六つのアジトを制圧。

 本日最後になるここが終われば、七つを潰せたことになるな。

 いやぁ、アジト多すぎだろ。


「じゃああとは洞窟の中だけだね」

「そうね。じゃあラル、先頭お願いね」

「申し訳ございません、ラル殿。魔術師であるあなたを前に立たせるなど……くっ」

「いやいや、俺の前に立たれてるとうっかりバフりそうだから仕方ないって」


 いつも後ろに控えていた俺が、最近は何かあると先陣を切ることになっている。

 後ろから仲間をバフっていたから、どうも前に立たれるとうずうずしてしまうんだ。

 まぁ俺が前に立つことでそのうずうずも抑えられているんだけど。


 そのせいか、バフってもいい相手──つまり盗賊なんだけど、視界に入った瞬間に速攻でバフっている。

 

「ラルの無詠唱反応速度が速くなっているわよね」

「それだけラル殿がバフることに飢えているのでしょう」

「どんだけバッファーなのよ、あんたってば」

「ふっふっふ。さぁ次来ないかなぁ」

「レイたちと盗賊を間違えないでね」


 善処します。ふふふふふふふふ。






「いやぁ、助かったぜラル。ダンダのおっちゃんも感謝するよ」

「なぁに。買い物ついでじゃ」


 この日、朝から日が暮れるまでの間に五つの盗賊団を壊滅できた。

 前もってアジトが分かっていたので、あとは転移魔法でそこに行くだけ。行ってバフるだけの簡単なお仕事だ。

 レイ直属の騎士団が小隊に分かれて各アジトで先に待機しており、制圧後の処理は彼らに全部任せて移動するから早く終わった。


「またいくつかアジトが判明して、まとめて叩けるときには呼んでよ。手伝うからさ」

「お前の場合、バフりたいだけだろ?」

「そうさ!」


 王都に戻って来た俺たちは、レイとリリアンは報告のためにお城へ。

 俺とダンダさんは本来の目的である買い物へと向かった。


 向かって、そして……


「閉店時間……」

「この時期はどこの店も閉めるのが早いのぉ。開いておるのは飯屋か酒場ぐらいか」


 こんなことならバイトする前に買い物を済ませておけばよかった……。

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