第1話 初めての戦闘
「トイレに駆け込んだらそこは森の中でしたってか?笑えねぇ」
自分で言ってて意味が分からないけど、今の状況を言葉で現すなら適切な表現だと思う。
あれから少し経ち、ようやく落ち着いてきた。
しかし状況は未だつかめない。
いや、本当はどこか確信めいた予想はあるにはある。
俺だって現代日本人の端くれ、アニメや漫画なんかの作品にはかなり触れている。
そう、これはいわゆる異世界転移と言うやつなんじゃないだろうか?だとするとこんな訳の分からない状況も一応説明がつく。
きっとこれから俺を転移させた神様なり美少女なりがでてきてこの世界を救ってくれと頼んでくるはずだ。
「俺の準備はできているぞ!いつでも来い!」
手を広げ空を仰ぐポーズで誰とも知らない声を待つ。
っとその前に少し落ち着いた所為か、この状況を作り出した原因とも言えなくもない尿意が...
幸いここは森の中だしそこら辺の茂みですましてしまおう。
そそくさと丁度トイレだったはずの方へと向かったその時、ガサガサと後ろの茂みから音が聞こえてきた。
ビクゥッと体が跳ねた。
危ない危ない、驚きすぎてもう少しで漏らすところだった。
ここまで来たら意地でも漏らすなんてことはしたくない。
絶対にだ!
「それよりもさっきの音は一体?」
恐る恐る首を回し後ろを確認する。
何か明らかに大きい生き物がこっちに向かってきている。
ついつい忘れていたけどここは森の中なんだ。
もしここが俺の想像通り異世界だったとすると、どんな生き物が出てきても不思議じゃない。
俺は身構えて茂みをジッと見つめる。
どうしよう...逃げた方がいいのかな?でも俺を召喚した美少女だったら逃げるのはまずいよな。
「ていうか尿意が限界でちょっと走るのは無理だし」
いよいよ逃げられないほど音が近づき、赤い何かが飛び出してきた。
「ヒィェッ...ん?」
あまりにも勢いよく飛び出してきたのでつい情けない悲鳴を出してしまったが、よく見てみると飛び出してきたのは少女だった。
炎の様な真っ赤な髪にまだ幼さの残る綺麗な顔立ちだが、その恰好はボロボロだった。
「俺を呼び出した美少女...って感じでもなさそうだな」
「はぁ?何言ってるのあんた」
おっと、つい口に出してしまっていたみたいだ。
「丁度いいわ、あんた妙な恰好をしてるけどこんなところにいるってことは冒険者よね?ちょっと後ろのやつどうにかしてくれるかしら?」
なんだこの子は?初対面の相手に何を言ってるんだ?ちょっと情報量が多くていまいち頭に入ってこない。
冒険者?漫画や小説なんかで良く耳にする単語だ。
だとするとやっぱりここは異世界なんだろうか?
というか後ろ?
俺は少女の後ろを見やった。
そこには
「グギャーーーー!!」
そこには緑色の肌をした俺の伸長と同じぐらいのサイズの醜い顔の化物がいた。
「ってなんじゃありゃ!?」
「何ってあんた冒険者でしょ!見てわからないの!?ホブゴブリンよ!」
「いや、俺冒険者なんかじゃない!平凡な一般市民だ」
「そんな...どうしてこんな所に...っく!分かったわ!あんたは早くここから逃げなさい!あいつは私が何とかするわ!」
そう言って少女は険しい顔で剣を構えた。
何とかするってあの化物を?この女の子が?
俺はあらためて化物、ホブゴブリンと呼ばれたそいつを見た。
腰にぼろ布しか巻いておらずその巨躯をはっきりと確認できた。
醜悪な顔、強靭な筋肉、手にはこん棒。剣を持っているとはいえあんな化物に女の子が勝てるのか?
「グギャギャギャー!!」
そんな事を考えている間にどうやら戦闘は始ったらしい。
ゴブリンはこん棒を振りかざし雄たけびを上げて少女に突っ込んでいく。
少女は手のひらをゴブリンに向けてかざし何やら呟いている。
危ない!
そう叫ぼうとした瞬間少女の手からソフトボール大の火弾が射出された。
火弾はゴブリンの顔面に命中し体を大きくのけ反らせる。
なんだ今のは?
目の前でおこった不思議な現象に困惑している俺を尻目に少女とゴブリンの攻防は続く。
ゴブリンは顔に火傷を負いながらも体勢を立て直し、少女に向かってこん棒を凄まじい勢いで振り回す。
まともに当たれば一発で骨が折れそうな勢いだ。
少女は剣を使いホブゴブリンの攻撃を上手くいなしている。
「凄い...」
俺はゴブリンの攻撃を華麗に受け流す少女の姿に魅入っていた。
ゴブリンはがむしゃらにこん棒を振るうが少女はすべての攻撃を受け流している。
どうやらさっきの一撃でゴブリンの左目は潰れてしまってるようだ。
なかなか攻撃が当たらない事に焦れたのかゴブリンがこん棒を大きく振りかぶった。
少女はゴブリン渾身の攻撃も受け流し体勢が崩れたゴブリンに斬りかかった。
次の瞬間少女が吹き飛んだ。
「は?」
今何が起こった?
ゴブリンは醜悪な顔をさらに歪めてニタニタと笑っている。
こいつ!体勢を崩したふりをしたのか!?
俺は少女の元に急いで駆け寄る。
「おい!大丈夫か!生きてるか?」
「あんた...さっさと逃げなさいって言ったでしょ!」
「バカ野郎!女の子に戦わせて逃げられるかよ!!」
「あんたこそバカじゃないの...?ホブゴブリン相手にただの一般人が勝てるわけないでしょ!いいから早く逃げなさい!」
そう言って少女は立ち上がったが、フラフラで今にも倒れそうだ。
頭を強く打ったみたいだし眩暈を起こしていてもおかしくない。
そんな状態でさっきの様な攻防ができるとは思えない。
どうする?彼女が言うように俺だけ逃げるか?
さっき出会ったばかりの他人を助ける為にこんな化物と戦う必要がどこにある?
そんな考えが脳裏にチラつく。
いや、それは彼女も同じはずだ。
彼女はなんの迷いもなく俺を逃がそうとあの化物と戦ったじゃないか。
それにこのままこの子を見捨ててしまったら後で絶対に後悔する。
男の俺が逃げて一生後悔しながら恥をさらして生きていけと?
「そんな生き方俺はごめんだ」
俺は覚悟を決め、持っていた鞄の中から筆箱を取りだす。
急いでトイレに駆け込んだから学校の鞄も持ったまま異世界に転移して本当に良かった。
筆箱からカッターナイフを取り出すと限界まで刃を出した。
少女とホブゴブリンはにらみ合っている。
いや、ホブゴブリンはニタニタと気味の悪い顔で、獲物が足掻く様子を見て楽しんでいた。
見ていると鳥肌が立ってくるような醜悪な顔だが、油断しているなら今がチャンスだ。
深呼吸して覚悟を決め、少女の陰から勢いよく飛び出した。
ホブゴブリンは油断しきっていたのか、それとも片目では死角になっていたのか、突然飛び出してきた俺に反応できていない。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
勢いに任せてカッターを突き出しホブゴブリンの首に深々と突き刺す。
手に肉を切る感覚が伝わってきた。
ホブゴブリンの喉にはカッターナイフが突き刺ささっておりどうみても致命傷だ。
俺は勝利を確信しかけたが、しかし頭の中ではうるさいぐらいに警鐘がなっている。
ふとゴブリンと目が合う。
ゴブリンは鮮血を吹き出しながら鬼の形相で俺を睨んでいた。
その目は刺し違えてでもお前を殺すと物語っていた。
「お前が死ねぇぇぇぇ!!!」
本当に言われた訳ではなかったが俺は言い返しながらとっさにカッターを振り抜きホブゴブリンをおもいっきり蹴とばした。
火事場の馬鹿力と言うやつなのか、蹴とばしたゴブリンは弾丸の様な勢いで吹き飛んでいき木に衝突した。
「やったか?」
とりあえずベタなセリフを言ってみるが衝突した際に首の骨が折れたようで、さすがに起き上がってくる気配はない。
一応人型の生き物を殺したのだがそこまで罪悪感は湧いてこなかった。
まぁ向こうはこちらを殺す気満々っぽかったので罪悪感を抱けという方が無理な話か。
「やるじゃないあんた!」
少女が話しかけてくるが俺は戦闘の緊張感から解放されそれどころでは無かった。
なので俺は少女に満面の笑みを浮かべ告げるのだった。
「悪い、ちょっと小便したいからあっち向いてくんね?」
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