TS勇者と筋肉が擬人化したマ王が弛んだ世界をブチこぁす

ぽんぽこ@書籍発売中!!

とあるマオウとユウシャの物語。

 とある皇国が百年にも及ぶ圧政を敷いていた。


 特に当代の皇帝は過去に類を見ないほどの暴虐さを見せた。

 度重なる重税に徴兵、果てには自他国民を問わず虐殺を繰り返したりと、およそ思いつく限りの悪政を次から次へと行ったのだ。



 当然、民は大人しくしいたげられていたわけではない。

 家族を全て殺された、とある勇敢な青年が打倒皇帝のためにクーデターを起こそうと立ち上がったのだ。

 

 ……しかし、そのクーデターは不発に終わった。



 皇国軍に制圧された?

 否、が現れたからだ。



 魔王ではなく、マ王。


 その男は全身のありとあらゆる筋肉を極限まで鍛え上げた、まさにマッスル筋肉の王だったのである。



 マ王はその青年の代わりになんと未武装で皇帝の城に攻め入り、皇国の大軍を相手に勝利を収めてしまった。


 そう、マ王によって民は救われたのだ。

 平和が戻ったというこの事実はまたたく間に大陸中に広まり、周囲の国は諸手を挙げてマ王を歓迎した。


 マ王がこの地の覇者となった瞬間である。




 そして数十年ののち

 皇帝の代わりに玉座に収まったマ王は大陸を文字通り平定し、ここをマ大陸とした。

 もちろん、



 しかしそれは同時に、民達を再び力による恐怖をもたらしてしまった。

 彼の超常過ぎる存在は、普通の人間にとっては理解し難かったのだろう。



 当然、マ王を良く思わない者も多く現れた。彼が王となってから、その座を奪おうとした不遜なやからがマ王の元へ刺客を送ったのである。


 その度にマ王は無傷で生還し、さらには自ら黒幕の場所まで赴いてそいつらを処分した。


 だがそんな話が民の間で噂されてしまえば……以前の皇帝のように、自分たちは再び力によって酷い目に遭わされるのでは、とおそれてしまったのは致し方が無い話であろう。



 偉大なるマ王はそれを知り……悲しんだ。

 これまでの彼の行動は筋肉、ひいては民の為だったのに。なぜなら、


 ――筋肉の化身であるマ王は、全ての健全なる筋肉のためにこの世界に生まれ落ちたのだから。



 マ王は次のマ大陸平定記念日に、かつて皇国に家族を奪われた青年――現在は彼の友人であり宰相――に玉座を譲り、城から去った。


 そしてその後……彼を見たものは居なかった。まるで、最初からそんな筋肉は存在していなかったかのように。


 こうして、この世界を救ったマ王は表舞台から消えてしまったのである。




 やっと真実の平和が訪れたかと思われた矢先、マ大陸に再び暗雲が立ち込めた。

 『民を圧政から救ったマ王こそ、この世界に滅びをもたらす悪の魔王だ』と吹聴してまわる教団が現れたのだ。


 その名も、プロテイン教団。

 己たちの信じるホエイ神こそが世界を救済せんとし、その神を熱狂的に信奉する狂信者たちの集団だ。



 ただ魔王を糾弾するだけならまだしも、彼らは妄執的かつ過激的だった。なんと彼らは打倒魔王を目指し、信者をイケニエに勇者召喚をしてしまったのだ。


 頭に勇者とはついてはいるが、それは名ばかりの悪魔のような儀式だった。

 異世界の魂を降霊し、強大な力を持った肉体を得る禁忌の術。いくつもの犠牲の果てに、異世界より一人のがこの世界へと訪れることとなった。





 そして日本生まれの女子高生、竹国たけくに 月加つきかの魂はこの世界で新たに受肉し、ここに再誕した。 



「あっれー? 私、死んだんじゃなかったっけー??」



 深い海底から長い時間をかけて水面へと戻ったような、深い眠りから目覚めた月加。


 目蓋まぶたをパチパチさせ、ぐるりと辺りを見渡すと……どうやら自分は知らない建物の中に立っていたようだった。

 さらによく見てみれば、地面には黒いローブを被った怪しい人物が何人も倒れている。



「え……大丈夫ですか? って……し、死んでる!?」



 慌てて駆け寄ってみるが……先ほどの儀式で力尽きてしまったのか、ここにいた信者は全て事切れていた。


 だがそれはにとっては幸運だったのかもしれない。

 彼らは召喚によって力を得た月加を拷問し、洗脳して教団の駒として利用しようとしていたのだから。



「ど、どどどうしよう!? ……あれ? なんだか声の調子が低く……って、なんじゃこりゃあああ!!!!」



 ここでやっと彼女……いや、の身体に起きていた異変に気付く。


 ぺた、ぺたと自分の胸や腹など全身をくまなく触れてみるが……明らかにおかしい。

 胸が無い……そして、あるはずの無いものがあるのだ。彼のボディーは、女子高生だった時のモノとは全く異なっていたのである。



「どぉして私が全身ムキムキの男になってるのよォおおお!!!!」



 月加は素晴らしき肉体美を持った高身長、高体重のイケイケマッチョになっていた。




 神の気まぐれか、はたまた悪魔の悪戯か。

 全くの正反対の要素である男臭ムンムンのれ物に、女子高生の若い魂ピチピチソウルが入ってしまった。

 普通のJKなら可愛さが至上命題であるのに、これは散々な仕打ちである。


 あまりの変わり様に、彼女がショックで叫び声をあげるのももっともなわけだが、彼女は生憎あいにくと――



「やったぁあああー!! これよっ。この筋肉を私は求めていたのよ!! ふへへへっ、神よ!! 筋肉の神よ!! 素晴らしい肉体をありがとう!! ひゃっほーっ!」



 ――普通では無かった。



「やっべ、このしなやかな筋肉マジやっば! あ、ヨダレ出そう。ていうか自分の筋肉舐めまわしたいわ、マジで」



 ……心の底から、メチャクチャ喜んでいた。



 実は重度の筋肉フェチだった前世の月加。

 それがどれほど重症かというと……


 部活は筋トレが出来る陸上部。

 それ以外にも自身で筋トレメニューを組んで極限まで鍛え上げる。

 さらには近所にある一般開放されているジムに行き、老若男女を問わず、イケてる筋肉を一日中ひたすら眺め続ける視姦するといった変態行為をやっていたほどである。


 ちなみに彼女は顔の不細工どうこうで人間を判断しない。彼女の価値観は良い筋肉か、それ以外の二択なのだ。




 だが月加もいつまでも喜んでいる場合では無かった。

 ひたすら自分の筋肉の具合を確認している内に、他の場所に待機していたプロテイン教団の幹部らしき男がやってきてしまったのだ。



「おい、儀式召喚はどうなっ……うっ、なんだこれは。ちっ、全滅か!? ――いや待て、そこで奇妙な動きをしている貴様はいったい誰だ!!」


「えっ、やば。誰か来た!? って死体!! ち、ちちち違いますっ! これは私がやったんじゃないんですぅ!!」



 さすがに目が覚めたら周りが死体だらけだったんですテヘペロ、では許されないだろう。

 転がっているローブ集団と目の前の幹部男性は同じ格好をしていることから、両者は仲間だと推測できる。仲間の死体の海の中でアヘ顔をしながら突っ立っていたら、誰がどう見たって月加は完全に敵だ。


 疑われるのは承知で、どうにか自身が分かる限りの事情を説明する月加。



「……そうか、やはり儀式に耐えられなかったか。だがそれはまぁ、ある意味想定内だから死体についてはどうでもいい」


「え、いいの!?」


「ああ。それよりお前に、ある頼みがあるんだ。我々が掲げる理想を実現するため、我がプロテイン教団は多くの犠牲を払ってお前をわざわざ異世界から呼んだのだ。」


「頼み? 理想って……?」



 予想外にもこの幹部の男は仲間の命が果ててしまったことにあまり関心が無いらしい。

 それよりも何か先を急ぐかのように、早口で話を進めていく。



「これからお前には教団の使徒として、この世界に恐怖を撒き散らかしている魔王を討伐してきて欲しい。どうだ、出来るか? もちろん、そう簡単にはいかないのは俺も分かっている。だが我々にも崇高な目的の為には手段を「いいよー!!」そうか、なら仕方が……え?」


「だって、その魔王って悪い奴なんでしょう? この身体の今なら何だってできる気がするし、筋トレがてらババーンと倒してくる!」



 この世界に降り立ってから、月加の身体には全能感に近い力が溢れ出ていた。せっかく手に入れたこのマッスルボディを今度の人生では無駄にしたくない。なにしろ、筋肉は鍛え続けなければ衰えるのだ。


 ならば世界の役に立ちつつ、魔王を倒せるまでこの筋肉をもっと鍛えていけばいい。良いトレーニングには、どこまでも良い筋肉がつくのだ。



「筋トレ……? ほ、本当に良いのか? お前、死ぬかもしれないんだぞ? それに魔王は怖いんだぞ……きっと」


「だいじょーぶ!! 筋肉を鍛えれば精神も鍛えられる!! 筋トレをすれば、恐怖になんて打ち勝てるよ!! ……それに私は一度、死んでるしね」



 月加の前世、その最期はトラックに轢かれそうになった少年をその自慢の筋肉で救っていた。その時でさえ、自分が死ぬことよりも筋肉があるのに救える命を見捨てることの方が耐えられなかったのだ。


 だからもう、月加は死ぬことを恐れない。もう一度、再び筋肉で誰かを助けられるならば喜んで生命を捧げるだろう。

 そうした方が魂と筋肉はとても喜ぶ。




「そ、そうか! なら『はいそうですか、という訳には行かぬなぁ』……え?」


「だれ!? 今度は何っ!?」



 予想以上に上手くいったチョロかったと喜色満面になった幹部。

 さっそく月加を駒としての教育をさせようとしたところで、何もない空間から声が聞こえた。



「我を倒そうとするだけならまだ可愛いものだったが……民の命を脅かし、更には平和を乱そうとするなど断じて許せん。その愚かな罪、貴様の命でつぐなってもらおう」


「は……? 誰だ、お前はどこに居やがぁあああぁぁあぁあぁっ!!」



 幹部がふところから何か武器を取り出そうとした瞬間。

 突然彼の背後から巨大で真っ黒な左手がニュッと現れ「やめろっ、やめてぐれぇえぇえっ」そのまま彼の頭を掴み、成人男性の彼をいとも簡単に片手で《つか》掴みあげた。



「な、なななっ!?」


「ほう、お主が異世界より呼び出されてしまった魂か。少し待っておれ。今はこやつをらしめねばならん」



 驚きおののく月加の視界に入ってきたのは、二メートルを優に超える大男だった。


 何よりも特徴なのが、身にまとっているシンプルな白いローブ――ではなく、黒のブーメランパンツとそれ以上に真っ黒な全身の筋肉。


 つまりほぼ裸なのだが、日本に出没する変質者のような不快さは無い。

 むしろ彼の黒光りする筋肉の塊は芸術品の彫像ような美しさがある。



 そしてその圧倒的存在感は筆舌にしがたい。地球のどのボディビルダーでも見たことも無いほどの筋肉量を持った肉体はマグマのような熱量を持ち、シュウシュウと湯気煙を上げている。


 ゆっくりと近寄ってくる巨大な化け物に、腰の抜けた月加はズリズリと後ずさってしまう。



「よい。お主はそこで見ておれ」



 ニィ、と笑みを月加に向けるが、スキンヘッドのイカつい顔では全く可愛げもない。

 だが今のところは月加に手を出すつもりは無いらしい。


 掴んでいた幹部に向き直ると、けわしい顔に戻った。



「ふん、プロテイン教団は我こそが世界を平和に導くなどとうそぶいているらしいが……なんだこの貧弱な身体は。それで本当に誰かを救うことなど出来ると思っていたのか!?」


「や、やめて……こ、殺さないで……」


「ちっ、情けないぞ貧弱男め。……仕方がない、こやつも処理してさっさと次の拠点を潰しに……それはどういうつもりだ、小僧?」



 興味を失い、ゴミを見るかのような目を幹部に向ける黒い筋肉ダルマ。


 まるでスポンジのように頭を握り潰さんとしていたその丸太のような太腕を――涙目になった月加がガシリと掴んだ。そして震える喉で、男の声とはだいぶギャップのある口調で制止を訴える。



「や、やめなよ。殺すなんて良くない」


「……お主は今回の儀式に巻き込まれた側だろう。この男にはなんの義理も無い筈。しかもこの状況で我の邪魔をするとは……、殺されたいのか?」


「くうぅううっ……!!」



 敵に回るのならば容赦はしないとばかりに、尋常ではないプレッシャーを月加へと飛ばす。

 それはさっきまでこの男から発せられていたプレッシャーとは比べられないほどの、本物の殺意だった。当たり前だが、平和な日本に住んでいた月加がそんな感情を向けられたことなど一度も無い。



 ――怖い、今すぐ逃げたい。

 そんな感情が脳を駆け巡るが、奥歯を咬筋で噛みしめ、全身の筋肉(特に大腿二頭筋)を振り絞る。


 もはや今の月加は筋肉だけで耐えている状態だ。


 だがしかし、マッチョで良かった。

 勇気は筋肉に宿っているといっても過言ではない。



 だがそれは相手も同じ。

 むしろその理論で言えば相手の方が筋肉量は上なのだから敵わないのは当然だ。

 しかし筋肉と根性はどう使うかだ。今こそ筋トレで鍛えた腹直筋を魅せる時。



「それでも……!! 死んじゃったらやり直すことも出来ないんだよ……? 筋肉だって一度ダメになってから強くなるんだ。私たち人間だって、そうでしょう……!?」


「……つまりこの者にもやり直しをさせよ、そう申すのか」



 さらに増していく筋肉の圧力に、月加の全身の筋肉が悲鳴を上げる。


 だが月加も『あれ? もしかしてこれって筋トレになってる?』などと見当違いな考えを振り払い、きしむ胸鎖乳突筋を使って肯定の為の頷きを返す。



「だって、貴方がその魔王さんなんでしょう?」


「ほう? なら貴様が我を倒すと?」


「ううん。だって、貴方の筋肉から悪い感じがしないもの。だから貴方は魔王だけど……魔王じゃない。そうだよね?」


「……ふふっ、ふははははっ!!」



 月加は完全に理解していた。

 この筋肉は悪者如きがが身につけられるモノではない、と。


 そう、この黒光り筋肉ダルマこそ――



「正解だ、小僧。我こそが筋肉の王、マ王である。かつてこの世を平和にするために神より派遣されし、正義筋の使者よ」

「やっぱり……」



 筋肉には筋肉でしか伝わらないものがある。

 言葉で直接言わなくとも、筋肉で触れ合えば相手の事は理解できるのだ。


 それは月加がマ王だと看破したのと同じように、マ王は月加という人間の本質をこのわずかなやり取りで理解し始めていた。



「貴様、名をなんと申す」



 このマ王がこの世界に降臨してから、人間に名を聞いたのは実はこれが二度目。


 一度目は復讐と民の為にクーデターを企て、後に盟友として宰相として傍に居続けたあの青年。


 そして月加で二人目だ。たったその二回しかない。


 彼は筋肉を通して認めた人物以外に興味は無い。なぜなら筋肉の化身である彼は筋肉に宿る精神にしか関心が無いからだ。

 どんな人間性が筋肉を育てるのか、その一点が彼にとって何よりの好奇心なのである。



「私の名は月加。私が居た国では月はにくづき、加は加えるって意味があるの」


「ふむ、良い名だな。生憎我には名乗れる名は無いので人間のその気持ちはあまり分からないが、不思議とお主のマッスル魂を感じるぞ。マッソウルに相応しい素晴らしい名だな」


「へへへ、ありがとう」



 今はもう会えなくなってしまったが、立派に筋肉を育ててくれた、大好きな両親がつけてくれた名前だ。月加はこの世界でもその名で生きていこうと思っているぐらいに、この名前も今でも気に入っている。



「それで? お主……月加はこの後どうするつもりなのだ?」



 本来であれば月加の魂は元の世界の輪廻りんねの流れに乗って、いつかまた新たな生命として生まれていたはずだっただろう。

 それを教団によって無理矢理この世界に呼び寄せられてしまった。

 そしていくら強大な力を持ったマ王でも、月加を世界の壁を越えて送り返すことは出来ない。



「うーん、そうだなぁ。せっかく鍛え甲斐のありそうな身体に生まれ変わったんだし、何かこの筋肉を使ってこの世界の為のことをしたい、かな?」


「……そうか。つまり、我と一緒に良い筋肉の布教をしたい。そう思っているのだな」



 実はこのマ王。あの日に宰相に王の座を渡してからというもの、陰からこの国の為の活動をし続けていたのである。


 東に親のいない腹を空かせた幼児が泣いていれば高タンパクなミルクを与え、西にDV暴力夫に虐げられている女が悲しんでいれば自らその者を鍛え上げ、夫を尻に敷かせたり。

 北に……まぁひと言で言えば、至る所で民を鍛えていたのである。



「うん、それにこの教団もこのまま放ってはおけないでしょう? なによりも……一人じゃ鍛えられない筋肉だってあるでしょう? だから私にも、良筋の精神の布教をさせて欲しいの!!」


「……ふふっ、ふははははっ!! たしかに月加の言う通りだ。よかろう!! これも何かのえんだ、共に筋肉を鍛えようじゃないか!!」



 腹筋群を鍛えるようにピクピクと震わせながら笑うマ王。

 かつての相棒とはまた違ったマッスルフレンドに彼もご満悦のようだ。



「よし、それではさっそく行動だ。次の教団のアジトまで、トレーニングがてら走ろうではないか!!」


「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきからその手に持ってる男の人はどうするの? ……本当に殺しちゃうつもり?」



 忘れていたが、幹部の男は相変わらずマ王の左手に捕らわれたまま。

 ……白目をいて失神してはいるが、辛うじて生きてはいるようだ。



「安心しろ、もとより私は殺しなどせん。いや、こやつの性根の悪い精神には死んでは貰うがな」



 マ王はそういうと、空いている右手の平を上に向けた。



「――ホーリーマッスル」



 何かの呪文を唱えたマ王の右手の五指が、白い光でボウッと光り出す。

 そしてそのままその手を――



「ぎゃあぁぁぁああぁぁっ!?」



 幹部の男の胸に突き刺した。



「ちょっ、何やってるのマ王さん!?」



 もがき苦し始める幹部の男。

 普通なら大ケガじゃ済まない。即死だ。


 しかし僧帽筋付近からさっきの白い光が溢れだし、男を包んだかと思った瞬間。

 光が止むとそこには、全身がキラキラと輝く筋肉の戦士マッスルウォーリアーが現れた。



「……よし」


「よしって……まさかあんなので悪意が消えるだなんて……」


「いや、これはあくまでも一時的だ。これからはこやつも心身ともに鍛えて、世の為に働いてもらうつもりである。取り敢えず、最初の役目は……」



 よいしょっと、とでも言うようにマ王は肩にマッスルウォーリアーを担ぐと、


「我が鍛えるためのウェイトおもりにでもなってもらうかな!」


「あは、あははは。それは最高だね、ビルダー」



 月加の口から出た聞き慣れぬ単語に、マ王はマヌケな顔でキョトンとする。



「ビルダー? なんだ、それは」


「私がつけた、マ王の名前。名前が無いのは、なんだか悲しいもの。ビルダーは私の世界で、創り上げる者って意味よ。それは世界でも、筋肉でも、人でも。……貴方に相応ふさわしいと思って」



 月加は少し照れたように大頬骨筋をポリポリと掻きながらマ王の瞳を見つめる。

 マ王も驚きの表情を隠せないが、しだいにその顔は満面の笑みへと変わる。



「ビルダー……ふ、そうか。我にも名が……ふははは!! 礼を言うぞ月加。よし!! これから我の名はマ王、ビルダーだ!!」



 こうしてマ王ビルダーと月加はこの世界のありとあらゆる悪を叩きのめし、片っ端から鍛え直した。


 やがて二人は最強のコンビとして名をせ――民から尊敬と親愛の心を集めることに成功したのだ。



 特に月加は一般の民でも出来るような筋トレメニューを考案し、その普及に尽力した。

 その活動は筋肉の王さえも感服させ、民に恐れられることなく世界に平和をもたらした英雄として新たな称号を贈った。


 ――マッスルを極めた男の者、マ男者ツキカ。

 ツキカの死後も、その優しい心と勇気が篭もった筋肉の精神はあらゆる人々に引き継がれていった。


 そう……勇者ツキカは世界を越えて、今もみんなの筋肉の中で生きているのだ……。

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