妃殿下の章
本編その後番外編【海と少年とハネムーン】①
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9/1、ビーンズ文庫から『毒殺される悪役令嬢ですが、いつの間にか溺愛ルートに入っていたようで』3巻が発売されました! 最終巻を発売出来るのは応援してくださった読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
この番外編は、3巻の本編終了後の物語になります。3巻にはオリヴィアとノアの結婚式を番外編として書き下ろしました。そちら未読でもお楽しみいただけるように書きましたが、3巻読了後でしたら更にお楽しみいただけるかと思いますのでぜひ~!
ちなみに、3巻もアニメイト特典、電子書籍特典の番外編を書き下ろしました! トリスタンがオリヴィアの家の裏に住み着いた話や、一緒に古都に行き母との思い出を回顧する話です。もちろんどちらも業火担が出演しておりますのでお楽しみに!笑
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【海と少年とハネムーン】
『×××さ~ん。海、行きたくありません?』
デパ地下での仕事中、美容部員の後輩のそんな問いかけに、私は営業スマイルをキープしたまま「行きたくない」とはっきりと答えた。
『え~。何でですかぁ』
『だって日焼けするじゃない。この歳で小麦色の肌、なんて冒険出来ないわ』
『うちのリニューアルされた日焼け止めクリーム塗りたくれば大丈夫ですよぉ。デパコスの中でも焼けにくいってバズってるじゃないですかぁ。行きましょうよ~』
『彼氏と行きなさいよ。バズった日焼け止めクリーム塗りたくってもらえばいいでしょ』
『ひどぉい! 先週別れたって言ったじゃないですか~』
そうだっけ? とおざなりに返す私に、後輩は「傷ついた」と口を尖らせ責めてくる。
ああ、そういえば先週やけ酒で顔がむくんでひどい日があったっけ。
『お詫びに私と海に行ってくださいよぉ』
『どうしてそんなに海に行きたいのよ』
『だって夏ですよ? 夏と言えば海でしょ? 青い海、白い砂浜、そして小麦色のイケメン!』
『それが目的かぁ』
『×××さんだって彼氏欲しいですよね? ひと夏のアバンチュールを探しに行きましょうよ、海~』
あまりのしつこさに、私は「わかった、わかった」と苦笑した。
可愛い後輩の失恋の痛みを癒すために、仕方なく付き合ってやろう。
『アバンチュールは求めてないけど、海なんてもう何年も行ってないし、久しぶりにいいかもね』
『ほんとですか⁉ やったぁ! じゃあ後で水着売り場見に行きましょうよ~。露出度高いやつ買わなきゃ!』
『だから日焼けしたくないんだってば。ちょっと、聞いてる?』
はしゃぐ後輩の後姿が、ゆっくりと薄れていく。
あの後、水着はどんなものを買ったのだったか。日焼けは、ひと夏のアバンチュールはどうなったのだろう。思い出せない……。
◆◆◆
目覚めると、カーテンの開け放たれた窓から眩しい日差しが差し込んでいた。
少し汗ばんだ肌、額に張り付いた前髪。今日は朝から随分と暑い。
「王太子妃殿下、お目覚めですか? もうすぐケイト様たちがいらっしゃいますよ。今朝は珍しくお寝坊さんですねぇ」
ベッドの上でぼんやりしていると、視界にひょっこりと見慣れた顔が現れた。
そばかすがチャームポイントの私の専属メイド、アンだ。
王太子宮に移り住むにあたり、アンも侯爵邸から引き抜いて連れて来た。ケイトたち元親衛隊が侍女になってくれたけれど、最初からずっと私の味方でいてくれたアンはまた特別な存在だ。傍にいてくれると安心感が違う。
「おはよう、アン。……ノア様は?」
「王太子殿下は、本日予定が詰まっているからと先に出られましたよ。妃殿下をゆっくり休ませるよう申し付かりました」
「アン……その呼び方はやめてよね」
「妃殿下ですか? たまにはそうお呼びしないと、お嬢様ったらなかなかお立場を自覚されないじゃないですかぁ」
やや呆れたように言うアンの姿が、夢で見た前世の知り合いと重なる。
もう名前も顔も思い出せないけれど、何なら前世のことは、自分のことすらよく覚えていないけれど、ひどく懐かしさを感じた。
自分は前世でどんな風に死んだのか、気にならないわけではないけれど、それよりも今は美容部員の後輩と結局海には行けたのかが気になった。
「海か……何だか行きたくなってきたかも」
「え? どこに行かれたいんです?」
「海よ、海。夏だしいいじゃない、海」
「ええ? 王都に海はありませんよぉ。というか、海なら離島にいた頃毎日飽きるくらい見たじゃないですか」
「離島は崖だらけだったじゃない。私は砂浜の綺麗な海に行きたいの!」
前世の海より、この世界の海は環境破壊なくどこも美しいだろう。
転生後初の海水浴、最高じゃないか。開発中の日焼け止めクリームも試せて一石二鳥。
ただ、ひとつ問題があるとするなら――。
「お嬢様のお気持ちはわかりましたけど……」
「はぁ。そうなのよね。私はもうただの令嬢オリヴィアじゃなく、王太子妃オリヴィアなのよねぇ……」
海に行きたい、よし行こう! と簡単に動ける立場ではなくなった。
学園を卒業してすぐにノアと結婚した私には、王太子妃としての公務もある。公務がなんとかなったとしても、王族の仲間入りをした私が出かけるとなると、準備とお金がとんでもなく必要なのだ。
警備面もこれまでとは比較にならないほど厳重になったし「ちょっと海水浴に」なんてとてもじゃないが言えやしない。
「海は夢のまた夢か……」
「そんなに海に行かれたいなら、王太子殿下にお願いしてみたらどうですか?」
「ノア様に?」
「あの悪魔崇拝ですら許してくださる方ですよ? お嬢様のお願いなら、何でも叶えてくれそうじゃないですか~」
何気に私にもノアにも失礼なことをさらりと言うアンに苦笑する。
王宮に来てからしばらくは、王宮で働くことになるなんて、と部屋の隅で縮こまっていたくせに。
「海に行かれるなら、専用の日傘や敷物なんかを作って『オリヴィアシリーズ』として販売しましょう、お嬢様! 季節限定にして!」
売れますよ~! と目を輝かせるアンは、すっかり元通りのズケズケものを言う守銭奴メイドだ。侍女であるケイトたちの前では大人しくしているけれど、そろそろ化けの皮が剝がれそうだと思っている。
ケイトたちが「メイドのくせに」とアンを詰ることはないだろうけれど、逆に妙に強い結託が生まれそうでそっちのほうが怖いと思うのだった。
◇◇◇
「海に行きたい?」
午前の公務の合間。ノアをお茶に誘った際にアンの言葉を思い出し、海の話を切り出してみた。
隣のノアはきょとんとした顔をしたが、補佐につき書類を整理していたユージーンはやや呆れた顔を見せた。
「あなたはまた突拍子もないことを……」
眼鏡をかけ直しながらユージーンがため息をつく。想像通りの反応だ。
「オリヴィア様。あなたはいまや王太子妃なのですよ」
「もちろん簡単に王宮を出られないことはわかっています。本気で行けるとは思っておりません。言ってみただけですから」
最後、ちょっと拗ねたような言い方になってしまった。
誤魔化すようにティーカップを傾けると、ノアがくすりと笑って首をかしげた。
「ヴィア。どうして海に行きたいんだい?」
「今の時期にぴったりだと思って。それと――」
ノアに体を寄せて、耳元で声をひそめて秘密をひとつ打ち明ける。
『前世の夢を見たのです。そこで私は、友人と海に行く約束をしていました』
体を離すと、ノアは星空の瞳をパチパチと瞬かせながら私を見つめた。
結婚式でノアに前世のことを告白したのは数か月前。それから話題にすることはなかったので、改めて話すと何となくこそばゆい。
「約束が果たされたのかは、覚えていないのですけれどね」
ホームシック、と表現するのは正しくないかもしれないけれど、前世の夢を見たことであの世界を懐かしく思っているのは確かだ。
帰りたい、とは思わない。けれどほんの少し恋しくは思う。この世界よりも安全で、平和で、そして自由な場所だった。
そんな私の気持ちを察してか、ノアは眉を下げて微笑むと頷いた。
「そうか……。うん。いいんじゃないかな。行こうか、海」
「えっ⁉ 本当ですか?」
「殿下。正気ですか?」
私に続いてユージーンも驚きの声を上げる。私とは違って、少々批判の色も混じった声だったけれど。
ノアは私の手を取ると、指先にちゅっと軽いキスを落とした。
「僕はいつだって、愛しいヴィアの願いを叶える為なら本気だよ」
ウィンクつきで愛を囁かれ、私の顔が一気に熱くなる。
そのあまりにも王子様過ぎる仕草に、私は何度でも彼に惚れ直すのだった。
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番外編、数話続きます!
タテスクの毒殺令嬢も2章がスタートしましたので、そちらも楽しんでいただけると嬉しいです!
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