第98話 王の寝所


 第二王子ギルバートの登場に、近衛騎士たちは慌てて敬礼をする。



「ギルバート王子殿下!」


「それが、王太子殿下が……」



 責任の矛先をこちらに向けるように、近衛騎士たちがノアに視線を向ける。

 王太子に対してなんという態度だ、と私はブレアム公爵以上に内心憤慨していた。自分の愛する人が蔑ろにされることが、こんなにも腹立たしいなんて知らなかった。


 先日の魔族との戦いで覚えた新たなスキル【毒解放】で毒まみれにしてやろうか。

 そんな神子らしからぬことを考えていると、ギルバートと視線が合った。

 ギルバートも少しやつれていた。ノアと同じように。母親は違えど、彼らの父は同じなのだと、改めて思う。


 ギルバートは何か思案する表情を見せたあと、近衛騎士たちに「どけ」と命令し扉を大きく開いた。



「通してやれ」


「ギルバート殿下、しかし……」


「神子なら陛下をお救いすることが出来るかもしれない。何か問題があるか」


「ですが……」


「お前たち、この俺に立てつくつもりか?」



 じろりと近衛騎士たちを睨みつけるギルバートは、回帰前を彷彿とさせる俺様キャラだった。

 前世ではあの俺様キャラが苦手だったけれど、いまは良い奴だとわかっているので、盛大な拍手を送りたくなる。

 そんな私の心を読んだかのように、ノアが私の手をつかみにっこりと微笑んできた。目が笑っていなかったので、私もにっこり笑って拍手は内心で留めておく。

 ギルバートの睨みに、近衛騎士たちは顔を見合わせ、迷いを見せながらも槍を下ろした。


 ギルバートに続き寝所に入ると、中は静かだが物々しい雰囲気に包まれていた。

 近衛騎士や王妃派の大臣、文官たちがずらりと並んでいる。王宮医の姿もあった。大臣たちはノアを見て、気まずそうにしながら形ばかりの礼を取る。


 そして大きな寝台の傍には王妃とセレナがいた。

 セレナは白い光を放ちながら、寝台の上に横たわる国王に光魔法をかけているところだった。

 久しぶりにセレナに会えてほっとしたけれど、彼女の横顔もまた疲れて見えた。

 ノアもギルバートもセレナも、皆いまの王宮では休まることが出来ずにいるのだろう。



「……ダメです。魔法がまるで効きません」



 光が収束し、セレナはガクリとうなだれた。

 肩で息をするセレナに、光の女神も心なしか心配そうな目を向けている。



「そう。聖女でもダメなのね。王宮医にも聖女にも治せないなんて、どうしたらいいのかしら」



 王妃が扇で口元を隠しながら、白々しくそんなことを言う。

 寝台の王に向ける瞳はひどく冷たく、夫を心配しているようにはまるで見えない。



「すみません。もう一度やってみます」



 深く深呼吸し、セレナが決意したようにそう言った。

 だがギルバートが歩み寄り、セレナの細い肩を掴んで止める。



「セレナ。無理をするな。顔色が悪い」


「ギルバート様。でも、私が出来ないと……」


「お前がそこまで責任を感じる必要はない」



 きっぱりと言い切ったギルバートに、セレナがぐっと感情を堪えるような顔をして俯いた。

 いまのギルバートの言葉はセレナに言い聞かせたというよりも、私には王妃や大臣たちを牽制に聞こえた。


 王妃はパチンと扇を閉じると、わざとらしいほど優しげに微笑んだ。



「聖女にまで倒れられては、民たちの不安は一層大きくなってしまうわ。下がって休みなさい」


「はい……お役に立てず、申し訳ありません」



 王妃の侍女に付き添われ、セレナが退出していく。

 私に気づいたセレナは一瞬嬉しそうに笑ったけれど、その力のない笑みに私は泣きそうになった。



「……それで、誰が彼らの入室を許可したのかしら」



 セレナが退出すると、王妃は再び扇を開き、冷たく鋭い目を私たちに向けてきた。

 それまで黙って事の成り行きを見守っていたノアが、薄く笑いながら口を開いた。



「王太子であり国王陛下の子である私が、なぜ父上に会うのにあなたの許可を得る必要が?」


 ノアの台詞に、王妃は不快そうに眉を寄せた。


「私は陛下の正妃よ。陛下の意識が戻らない今、陛下の代わりに謁見の判断を下すのは当然のこと」


「当然、か。陛下の意思を、あなたが理解し代弁出来るとでも?」


「逆に聞きましょう。私以外の誰が出来ると?」


「陛下が倒れられる前から、会話らしい会話のなかった方の言葉とは思えないな」



 ノアのあきらかな嘲笑に、王妃の握った扇がバキリと音を立てた。

 寝所の温度がみるみるうちに下がっていくのを感じたのは、恐らく私だけではないだろう。



「陛下がこうなった原因は、王妃にあるのでは?」


「私に? 一体なぜ? 私が陛下を害そうとしたとでも?」


「そこまでは言っておりませんが、まさか心当たりが?」


「馬鹿馬鹿しい。何の証拠があって王太子がそのようなことを言うのかわからないけれど、あなたにもそれは同じことが言えるのではなくて? 陛下がご健勝のうちから、足場固めに忙しかったようだもの」



 今度は王妃がノアを嘲笑し、部屋の空気は完全に氷点下になった。



「私が父上に何かしたと言いたいのか。侮辱するにもほどがある。私は誰より父上を尊敬している」


「偶然ね。私もよ」



 バチバチ、とノアの体から小さいが青白い電撃が走るのがわかった。

 まずい。ノアが本気でキレそうだ。王宮に雷の雨が降ってしまう。



「白々しい。……私は父上を尊敬しているが、ひとつだけ理解できないのは、母上亡きあと、あなたを正妃としたことだ。父上が唯一間違えた選択だった」


「そうかしら。間違えたのは、王太子の選択だったかもしれないわ」



 まずいまずいまずい。こんな所で精霊を召喚してしまったら、大変なことになる。

 止めなければ、とノアの手に触れた時、小さな電撃が手のひらから私に流れてきた。

 その瞬間感じたのは、不思議な心地よさだった。痛い、とか熱いなどの不快な感覚ではなく、どこか懐かしさすら覚えるような不思議な時間が、一瞬私を支配した。



「オリヴィア」



 ハッとノアが私を見て、焦ったように手を離す。

 同時にその不思議な感覚は消えてしまい、心配顔のノアに「すまない」「平気か」と謝られ、それどころではなくなる。



「だ、大丈夫ですから」



 変な空気になってしまった。でもこれはこれでよかったのか。いや、どうなんだ。

 内心ひとり慌てていると、ギルバートが私たちと王妃の間に立った。まるで、私たちを庇おうとするように。



「ふたりとも、父上の前でやめてください。兄上をお通ししたのは俺です、母上」


 息子の言葉に、王妃は扇の向こうで短いため息をつく。


「ギルバート。勝手なことをされては困るわ」


「申し訳ありません。ですが、父上が助かる可能性が少しでもあるのなら、と」


「そういえば、神子は解毒の力があるのだったわね」



 王妃が私にちらりと視線を寄越す。目が合った瞬間、何か嫌なものを感じた。

 狡猾な獣の罠にかかってしまったような感覚。



「いいでしょう。やってごらんなさい」




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本日12/1、ビーンズ文庫より毒殺令嬢2巻発売されました!!!

皆さまの応援のおかげです。ありがとうございます!!

御礼の気持ちは書き下ろしSS、電子特典、アニメイト特典にこめました!!!!

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