第76話 死者のステータス


「確かに、私ではお役に立てないかもしれませんが……」


「待ってくれ。そういうことを言ってるんじゃない。僕が嫌なんだ。君にこんな血なまぐさい場所にいてほしくないんだよ」


「ノア様……私はそんなにやわではありません。それにここにはノア様も、ヴィンセント卿もいます。それでも心配なら、ほら。シロを呼びますから」



 おいで、とシロに呼びかけると、光の粒子が宙に集まりシロが現れた。

 だが床に着地した途端、神獣は前脚で鼻を押さえながらごろんと後ろにひっくり返った。



『くっさ~~~!!』


「ちょ、ちょっとシロ。いきなり何……」


『えっ!? 何これくっさ! くっさいよここ! 何でこんなくさいところに呼び出すのさオリヴィアぁ~~~』



 この世の終わり、くらいの勢いでクサいクサいと叫ぶシロに呆れる。

 緊張感の欠片もない。そこがシロの良いところと言えなくもないけれど、いまじゃない、と思ってしまう。

 そこまで臭いだろうか。確かに埃っぽさはあるし、遺体があるのだから、多少は臭うのかもしれないが、私にはよくわからなかった。



「臭いって、どういう風に?」


『何かぁ、色々混ざったような匂いがするんだよぅ』


「色々混ざった……?」



 益々わからない。

 犬と同じで、神獣も人より鼻がいいのかもしれない。狼……というより大きいポメラニアンのようだし。



「この部屋に毒が充満してるとか、そういうわけじゃないのよね?」


『そうじゃないけどぉ。でもすっごくすっごく、クサいんだよぅ』


「そうじゃないならいいの」



 全然良くなーい! と抗議の声を上げるシロを置いて、横たわる商人の遺体の横に膝をつく。



「オリヴィア。汚れてしまうよ」


「構いません。……失礼します」



 遺体に被せられている布を少しめくり、中から手を取る。

 肉厚な商人の手は既に冷たく、固まっていた。死人に触れるのは初めてで、緊張と恐怖で体が震えた。

 頭の中で電子音が鳴り響き、ステータスウィンドウが表示される。



【死体:中毒死(???:毒Lv.???)】



(死因も表示されるの!?)


 あの創造神にしては珍しく親切設計だと思った。

 だがやはり、毒の詳細については謎のままで、変化はない。



「……この方を死に至らしめたのは、一連の事件の毒と同じ物のようです」


「毒については?」



 ノアに魔法で警告されたことを反省していないのか、食い気味に尋ねてくるユージーンに首を振る。



「シロ。デミウ……創造神から、毒について何か聞かなかった?」


『えー? 何かって?』



 コテンと首を傾げるシロに、ため息をつく。

 あのマイペースショタ神に本気で期待したわけではなかったが、それでも少なからずがっかりしてしまった。



「神子様。他になにかわかったことはございませんか?」


「やめろユージーン。オリヴィア、もういい。充分だ。早くここを出よう」



 厳しい顔をしたノアに肩を抱かれ、私は今度は素直に頷いた。

 これ以上居座ると、業火担に更なる雷の雨を降らされるかもしれない。大して役に立てない上に、邪魔になることだけは避けたい。

 ユージーンもさすがにもう引き留めることはしなかった。

 当然だろう。次は感電死どころか、丸焦げにされてしまうだろうから。


 ノアに連れられ隠れ家を出る。

 馬車に乗りこむとき、ふと、ヴィンセントがついて来ていないことに気づき振り返った。

 ヴィンセントは隠れ家の入り口前で、右目を押さえたまま立ち尽くしていた。



「ヴィンセント卿? どうかしたのですか」


「右目が痛むのか?」



 私とノアの声かけに、ヴィンセントはハッとしたように顔を上げ、右目から手を離した。



「いえ……もう大丈夫です」



 もう大丈夫?

 それは先ほどまでは大丈夫ではなかったということだろうか。眼帯の下の目に、何かあったのか。

 気にはなったが、ヴィンセントがいつもの無表情で馬の用意を始めたので、聞くタイミングを逃してしまった。



「早く行こう、オリヴィア。まったく……君をこんな所に連れてきたことが侯爵に知られたらどうなるか」



 頭が痛いとばかりに額を押さえたノアに、私も怒る父を想像して震えた。

 ノアが雷の雨を降らせるなら、父は王都を氷漬けにするかもしれない。



「ひ、秘密にしましょう。お互いの為に」


「こら。ユージーンにはきつく言っておくが、君も僕以外の男に簡単について行くんじゃない」



 じゃないと閉じこめてしまうよ。

 いい笑顔でそんなことを言われ、私は笑って流すことしかできなかった。冗談ということにしておきたい。切実に。


 馬車に乗りこむ直前に見えたのは、まだ右目を気にするヴィンセントと、彼を嫌な顔で避けるシロ。

 そして、そんなヴィンセントにまるで観察するように見つめる、ユージーンの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る