第74話 地道に毒


 私がにこりと笑うと、アンがサッと大きな籠を差し出してきた。



「お嬢様。言われたもの、買い集めて来ましたよ!」


「わあ、こんなに? お手柄ね、アン!」



 籠の中には様々なものが入っていた。乾燥した草花、何かの骨、虫の羽のようなものや、中身が蠢く小袋等。

 それを見てヴィンセントが一瞬固まった。



「……何ですか。怪しげなものばかりですが」


「怪しいものを頼みましたからね」



 アンには王都の中心街、または貧民街に近い辺りで、毒と思われるものを探して購入してきてほしいと頼んでいた。

 あらかじめ、簡単に手に入れられそうな草花なども図鑑で見せておいた。

 本当は自分で見て買いたかったが、さすがにそれは、と止められてしまったのだ。


 籠を受け取ると、ピコンピコンピコン!と電子音が連続で鳴り響いた。



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【ドライダリメ(毒):ダリメの根(毒 Lv.1)】


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【炎魚の骨(毒 Lv.1)】


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【古びた小瓶(毒入り):バンガジュラの吐息(毒 Lv.2)】


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 視界が真っ赤な警告ウィンドウだらけになる。

 久々で、何だか懐かしさすら覚えてしまった。慣れというものは恐ろしい。



「これらはだいたい毒ですね。ハズレもありますけど」



 籠の底にあったのは古びた小瓶を手に取ると、ちゃぷんと中の液体が揺れた。

 訝しむヴィンセントの目の前で封を開け、私は中身を一気に煽った。



「オリヴィア様!?」


「う……っ」



 口を押さえながら、その場にガクリと崩れ落ちる。

 私を襲ったのは、果実のような甘さとさわやかな酸味だった。まるで高級ワインのような深みのある毒の味に、気持ち良く酔えそうな心地になる。

 バンガジュラの吐息、どんなものからどう作られたのか想像したくない名前だが、なんと美味しいことか。



「大丈夫ですか、オリヴィア様。お顔が赤く、息も上がっているようですが……」



 様子のおかしい私に、ヴィンセントも膝をつき顔をのぞきこんでくる。

 無表情だが、微かに心配の色が見えなくもない。

 そんな表情も素敵、と思ってしまったのはきっと毒のせいだ。本当にちょっと酔ってしまったのかもしれない。

 だが再び電子音が鳴り、経験値が入ったことで我に返った。



「こほん。……平気です。私に毒は効かないことは、卿も既にご存知でしょう?」



 ヴィンセントの手を借り立ち上がる。

 冷静な騎士はうなずきながらも眉を寄せた。

 


「ですが、なぜこんなに毒を集める必要が?」


「例の事件の毒です。毒の正体がわからないなんて、初めてでした。私に出来るのは、毒について調べることくらいです。たくさんの毒を摂取して、毒について知識を深めなければ」



 ということにしておいて、実際の目的は毒スキルのレベル上げだ。

 もうなりふり構ってはいられない。スキルの通じない毒が現れた以上、いざという時のために私はとにかくレベルを上げておかなければ。

 私の為にも、ノアの為にも。



「お嬢様! ついでに裏の林で、毒草や毒キノコなんかも集めておきました!」


「最高よ、アン! 臨時のお手当弾んじゃう!」


「最高なのはお嬢様です! 一生ついていきます~!」



 アンには毒スキルのことを話し、侯爵家からの給金とは別に、私のポケットマネーから別手当てを出すことで協力してもらっている。

 毒を食べると耐性諸々が上がること、ついでに毒を美味しく感じられることを知ると、アンもさすがにドン引きしていたが、いまではまったく気にした様子もなく積極的に手伝ってくれていた。持つべきものは金の亡者である。


 ちなみに私のポケットマネーとは、父から定期的に譲渡される資産とは別の、私が個人で稼いでいるお金だ。

 離島で暮らしていた間、解毒薬の改良だけに時間を費やしていたわけではない。基礎化粧品から始まり、この世界ではバリエーションがあまりないメイク用品の開発にも勤しんでいたのだ。

 貴族たるもの、直接稼ぐべからず。という意味不明な常識があるので、侯爵家と懇意にしている商会に製造から商品化まで任せた。既に口コミで貴族の令嬢中心に大好評を期している。いま私は生きているだけでマージンががっぽがっぽ入ってくるのだ。

 そういうわけで、私は現在元々お嬢様なのに、更にお金持ちになった。アンの従順さにも磨きがかかるというものである。



「ヴィンセント卿。このことはノア様たちには秘密ですよ」


「……あなたに害がないのなら構いませんが」


「卿が話のわかる方で良かったです」



 ノアには遠回しに「余計なことはするな。おとなしくしていろ」と言われてしまったが、私にだって出来ることはある。

 毒スキルのレベルアップ。いま私がすべきことは、これである。



 こうして毒の摂取にようやく本腰を入れ始めた私。だが数日後、スキルがレベルアップする前に、良くない報せが舞いこんできた。

 報せを直接持ってきたのは、疑惑の王太子側近、ユージーン・メレディスだった。



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