第66話 治癒院慰問
私たちが王都の治癒院に着くと、すでに聖女セレナと第二王子ギルバートがいて、建物の前で話しこんでいた。
真剣な顔をしていたふたりだが、セレナが私たちの馬車を見て顔を輝かせた。
「オリヴィア様!」
ノアにエスコートされ馬車を降りた私に、セレナが飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってくる。
セレナたちは別の馬車で先に着いていたのに、わざわざ私とノアを待っていてくれたらしい。
「お待たせしてしまいました?」
「いいえ、とんでもない! まったく待ってません! あっ。でもオリヴィア様にお会いできるのを待ちわびてました!」
素直に感情を口にするセレナは本当に愛らしい。
さすが聖女、そして乙女ゲームの主人公である。攻略キャラたちが骨抜きになるはずだ。この天真爛漫な魅力に勝てるわけがない。わけない、はずなのだが……。
「遅かったな。女というのは、どうしてこうも準備に時間がかかるんだ?」
メイン攻略キャラであるはずのギルバートは、どうも逆行前とちがいポンコツなようで、平気でセレナの好感度を下げに来る。
悪役令嬢である私にいちいち突っかかってこないで、もっとセレナとの仲を深めればいいのに。あと「女は準備が遅い」というセリフ、セレナのことも含めて言っているように聞こえたのだが、本人は気づいていないのだろうか。なぜこんなにもポンコツなのだ。
「別にギルバート様にはお待ちいただかなくても良かったのですけれど」
「おい。人を待たせておいてその態度か」
「ですから、待って欲しいなどとは一言も言っておりません」
「何だと?」
私とギルバートが睨み合う横で、セレナが困った顔をしている。
ここは私が大人になって引いてやるかと考えたとき、ノアが私を庇うように立った。
「ギルバート。婦女子の支度も待てないほど狭量で、この先婚約者が出来たらどうするんだ」
「兄上。俺は婚約など……」
「お前も王子という立場だ。近い将来婚約者を迎えるはずだろう?」
ノアがセレナに視線をやりながら言うと、ギルバートはぐっと堪えるような表情をした。
一応、セレナが自分の有力な婚約者候補だという認識はあるらしい。
「セレナ嬢はどう思う? 身支度の間すら待てないような婚約者は嫌じゃないか?」
「えっ! わ、私は、その……」
話を振られたセレナが、まごつきながらギルバートを見たとき、治癒院の扉が開かれた。
中から現れたのは、ユージーンだった。神官服に似た制服を着た、治癒院の関係者らしき男を連れている。
「皆様、お揃いですか。お待たせしてしまい申し訳ありません。どうぞ中へ」
ユージーンに案内され、私たちは建物の中に移動した。
ヴィンセントが扉をくぐるとき、また先日のように衝突があるのではと、心配で後ろが気になってしまう。
だが私の予想は外れ、ふたりともお互いに目を向けることすらなく、存在自体をないものとして扱っているかのようにすれ違った。
(血の繋がった兄弟なのに……これはこれで心配だわ)
心配したところで、悪役令嬢である私に出番などないことはわかっている。どうにかできるとするならば、それは主人公であるセレナだろう。けれどヴィンセントはいまセレナの騎士ではないし——。
「オリヴィア。よそ見はいけないな」
悩んでいるとぐっと肩を抱き寄せられ、私は隣のノアを見上げた。
笑顔だが、青い目は笑っていない。業火担、怖い。
背筋が凍るような感覚に、私は頬を引きつらせながら無理やり笑った。
「よ、よそ見なんてとんでもない。私にはノア様しか見えておりません」
「もちろん、そうでないと困る」
困ることになるのは一体誰だろう。
私は冷や汗をかきながら、いまはヴィンセントとユージーンの関係について考えるのは止めようと決意した。
治癒院はどの部屋も患者で一杯だった。それどころか病室に入りきらなかった廊下まで患者が廊下まで溢れ、さながら野戦病院のような状況である。
治癒院の白い制服を医者や看護人たちが、慌ただしく駆け回っていた。うめき声やすすり泣き、時には叫び声が聞こえてくる。
異様な雰囲気に私は硬直しかけたが、セレナは青い顔をしながらも誰より早く案内人に説明を求めた。
「これは、どういう状況ですか?」
「実は、原因不明の病が流行しておりまして、ここにいる方々はほとんどがその患者なのです」
「病……どんな病ですか?」
どうやら、セレナは今回の事件について詳しく聞かされていないようだ。
ギルバートは一歩引いたところで、感情を消した顔でセレナを見つめている。
「体の一部が石のように固くなり、変色し、全身に広がっていくのです。この辺りの患者は、全員症状が広がる前に、患部を切り落としました」
「そんな……っ」
「それしか症状の進行を止める術がなかったのです」
案内人の沈痛な面持ちに、セレナは涙目になりながら一歩前に出た。
「わ、私、光の精霊魔法を使います」
「本当ですか! それはありがたい。聖女様に治していただけるとなれば、傷ついた患者たちの心も慰められるでしょう」
「私なんかでお役に立てるなら」
「早速ですが、状態の悪い患者からお願いできますか? ご案内します」
案内人に続き病室に入っていくセレナ。
その後ろ姿は物語の主人公らしく、とても頼もしく輝いて見えた。
「さすが聖女さま、ですね。でも大丈夫でしょうか。あまり頑張りすぎると、またあのときのように倒れてしまうのでは……」
王宮で魔族の襲撃にあったときのことを思い出す私に、ノアは優しく微笑んだ。
「心配ないよ。ユージーンが魔力回復薬を用意しているはずだ」
「ええ。数本ご用意しております。足りなければ治癒院の備品を買い取りましょう」
魔力回復薬と聞いて、私の頭に紫のガラス瓶が浮かんだ。
オリヴィアとして使ったことはないが、前世でプレイした【救国の聖女】では何度か使用したことがあるアイテムである。
ちなみに、体力回復薬と比べると十倍以上値が張る。作るにしても素材自体が高額だ。なので前世でゲームをプレイしていたときは、ここぞという時にだけ使っていた。
魔力回復薬があるなら安心だ。出来ればここでたくさん光魔法を使い、レベルアップしてほしい。主人公が低レベルのままだと、この世界の住人として安心できない。
「それに、セレナ嬢は役に立ちたいんじゃないかな。王宮でお姫様のように扱われるのは苦手なようだったから」
ノアがギルバートに視線をやりながら言った。
確かに、セレナは現在、聖女の保護という建前のもと、ギルバートの婚約者第一候補として王宮に囲われている。
元々平民だった彼女は、慣れない生活に色々と思うところがあるようだった。
「……セレナを手伝ってくる」
ギルバートは難しい顔をしながら言うと、セレナを追って病室に入っていく。その足取りには迷いが見えた。
ギルバートの考えていることが、いまいちわからない。彼はセレナをどう思って、彼女をどうしたいのだろうか。俺様のくせに、はっきりしろよと言いたくなる。
「……それで、私はなぜ呼ばれたのでしょう? セレナ様のように私に光魔法は使えませんのに」
出来ることがあるとすれば、シロを呼び出し水魔法や風魔法で院内や患者を清潔にしたり、火魔法で患者の体を温めたり、逆に水魔法で冷ましたりするくらいだろうか。
大した役には立てなさそうだが、と思っていると、ノアにそっと右手を取られた。
「オリヴィアにしか頼めないことがあるんだ」
「私にしか……?」
思い当たらず首を傾げる私に、ノアは次代の王らしく威厳のある顔つきで頷くのだった。
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