第41話 侯爵令嬢の秘密【Noah】


 シロとともにノアが北の古塔に駆け付けたとき、ちょうど塔の扉が開かれ中から人が出てくるところだった。

 白い外套に口元を布で隠した男たちがぞろぞろと、何かを運び出している。


「あれは……」

『ノア! あれオリヴィアだよぅ!』


 長い板の上に、布でくるまれたものを乗せているのが見える。あれがオリヴィアの遺体だというのか。

 そんなはずはない。死んだなんて嘘だ。


 ノアは男たちの前に飛び出し「何をしている!」と叫んだ。

 一瞬動揺を見せた男たちだが、中からひとりが歩み出て、慇懃に頭を下げる。


「これはこれは、王太子殿下。このようなところに、供もつけずおひとりでいらしては——」

「そんなことはどうでもいい。僕は何をしているのかと聞いたんだ。答えよ」

「……牢の中で囚人が死亡したので、遺体を運び出しているところです」


 男の答えに、ノアは目を細めながら彼らを観察した。

 囚人と言ったが、ここは王族やそれに準じる者が入る牢だ。中で異変があった場合、普通の囚人なら放置されるが、北の古塔の貴人なら王宮医の診察がある。


「お前たちは医官か」

「左様でございます。倒れた囚人を診たところ死亡が確認されました。伝染する病の可能性があるため、速やかに埋葬するよう指示が出ております」


 だからさっさとそこを通せ、と男の本音がにじみ出ている。

 オリヴィアが伝染病で死んだ? 昨日は元気だったオリヴィアが、牢に入れられたった一日で病にかかり亡くなったというのか。


「嘘だな」

「まさか嘘など」

「遺体とやらを確認する。台を置き、全員そこから離れろ」

「……そういえば、この遺体は王太子殿下の婚約者さまでしたねぇ」


 男がにやりと笑った。まるでノアを挑発するかのように。


「ですがいけません。医官として、伝染する可能性があるものを王太子殿下に近づけるわけには——」

「それが嘘だと言っている」


 ノアは男の腰の辺りを指さした。


「外套に隠れているが、剣を持っているな」


 医官は帯剣しない、と指摘すると男たちの雰囲気が変わった。ピリピリとした緊張感が辺りを包む。


「王宮内で帯剣が許されているのは王族と騎士のみ。それ以外は反逆者か——暗殺者か」


 男たちが一斉に外套の下の件を抜いた。


「【ペガサス】!」


 読んでいたノアは精霊を召喚し、剣を振り上げ切りかかってきた男たちに無数の雷を落とした。

 運よく避けた男には、シロが炎の渦を吐き出す。

 外套で炎を防ぎながら男が瞠目した。


「な、なぜフェンリルが火魔法を!?」

『僕は精霊じゃないもんね~!』


 休むことなく今度は火球の嵐をお見舞いするが、ひとりだけ残った男がしぶとい。

 隙をみて逃げようとした男に、跳躍したノアが切りかかる。電撃を帯びた剣により、男は地面に沈んだ。


『ねぇノア。み~んな倒しちゃってよかったの?』

「殺してはいない。色々話を聞き出さなければいけないからな」


 剣を鞘に納め、ノアは男たちが運んでいた台に駆け寄った。

 布を剥がしていくと、現れたのは男の言っていた通り、ノアの愛しい婚約者の顔だった。


「オリ、ヴィア……?」


 真っ白で血の気のない顔に恐るおそる触れる。

 柔らかで温かいはずの頬は、日陰の石のようにひんやりと冷たくなっていた。


「嘘だろう……? 目を開けてくれ、オリヴィア」


 頬を両手で包み、懇願する。だがオリヴィアはピクリとも動かない。

 布がずり落ちると、オリヴィアのドレスが赤黒く変色しているのがわかった。まるで何かに切り裂かれたようにドレスがズタズタになっている。


「絶対に守ると誓ったのに……っ」


 冷たいオリヴィアの体を抱きしめ「すまない」と声をしぼり出す。

 あまりの自分の不甲斐なさに死にたくなったが、やらなければならないことがある。


「……君の命を奪った奴をすぐに見つけ出し、何倍もの苦しみを味わわせてから殺してやる」

『ええ? どうやって?』

「まずは古塔内を確認し、残りの賊や目撃した生存者がいないか——」

『そうじゃなくて、そんなの探したって見つかんないよぅ』

「なぜそんなことが言える!?」


 どうしてそんなに落ち着いていられるのか、と神獣を称するシロを睨みつける。

 お前はオリヴィアを助けるために存在するのではないのか。オリヴィアが死んで悲しくないのか。

 そう八つ当たりしかけたのだが——。


『そもそもオリヴィア死んでないし』


 きょとんとした顔で言われ、ノアも思わずきょとんと見返してしまった。


「……死んで、ない?」

『うん。生きてるよぅ』

「だが、こんなに冷たくなって」

『それはねぇ、スキルで仮死状態に入ってるから』


 スキル? 仮死状態?

 どういうことかと詳しく聞けば、オリヴィアは創造神デミウルに、彼女だけの特別な【毒スキル】を与えられており、毒では死なない体なのだという。弱い毒ならダメージを受けもせず、強い毒でも仮死状態に入りその間に順応させるのだと。

 三年前、ノアの代わりに毒入りの紅茶を飲み、無事だった理由がいま判明した。


「だが、三年前は毒を飲み倒れはしたが、こんな風に仮死状態には入らなかったぞ」

『そんなに強い毒じゃなかったから、すぐに状態が解除されたんじゃない?』

「では今回は強い毒だったのか……」


 死んではいない。そのことにほっとしたが、彼女が襲われているときに駆け付けられず恐ろしい目に遭わせてしまった事実は変わらない。

 自分で自分を殴りたい気持ちで、ノアはシロに「どうしたらいい?」と尋ねた。


「どうすれば仮死状態は解除される?」

『ほっといてもいつか解除されるけどぉ。回復魔法でもかけたら早く解除されるかも? 怪我もしてるみたいだから、そのまま解除されると血がブシャァってなりそうだしぃ』

「回復魔法か……」


 王宮医の詰所に運ぶか、と一瞬考えたノアだったが、それよりもいい方法があることに気が付いた。

 そのときオリヴィア急逝を知らせにきた騎士と部下たちが駆けつけてきた。


「王太子殿下!」

「これは一体……?」


 倒れている男たちを見て、騎士たちがノアの無事を確認してくる。


「僕は大丈夫だ。この者たちは医官に扮して古塔に侵入し、オリヴィア侯爵令嬢を襲い攫おうとしていた。全員拘束し、地下牢へ連れていけ。僕以外の面会を許すなよ。塔の中に残りの賊がいないか、兵は無事か確認を急いでくれ」


 騎士たちに指示を出すと、ノアは動かないオリヴィアを抱き上げ王宮へと走りだした。


『どこに行くの?』

「王宮にいる聖女のところだ。癒しの女神の回復魔法なら、オリヴィアもすぐに目覚めるかもしれない」

『なるほどぉ。じゃあぼくの背中に乗って! 飛んだほうが早いよね!』

「いいのか?」

『だって、オリヴィアが早く目を覚ましてくれないと、デトックス料理が食べられないもん』


 ぼくお腹ぺこぺこなの、と悲しそうに言うシロに(神獣とはいったい……)と若干あきれながら、ノアはオリヴィアを抱いたままその背中に飛び乗る。


『いっくよ~!』


 ノアたちを乗せ、シロが空へと舞い上がる。


(すまない、オリヴィア。僕は君のことを誰より知っているつもりで、何ひとつわかっていなかった。もう一度、温かな君を抱きしめたい)


 もう絶対に離さない。

 星空の瞳に決意を乗せて、ノアは近づいてくる王宮を見据えるのだった。


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