第13話 突発的婚約宣言

 ここは聖女ではないと否定することで、なんとかごまかしお茶会についてはうやむやにするしかない。

 とにかく王妃と第二王子には近づかないようにしなければ。

 私はできるだけ生意気ととられないよう、深く頭を下げ、服従の意を示しながら口を開いた。


「とんでもない。私が聖女さまであるはずが……」

「そうですね。オリヴィア嬢は聖女かもしれない」


 私の言葉を遮り、ノアがそんなことを言うのでついまじまじと隣を見てしまった。


(はぁ……? はああぁっ!? 何言ってくれちゃってるのこの人?)


「ちょ、の、ノアさま何を——」

「ですが、彼女が聖女であろうとなかろうと、恩人に変わりはありません。命をかけて僕を救ってくれた彼女を、責任を持って幸せにしたいと考えております」


 なぜか誇らしげにそう宣言したノアは、私を見て微笑んだ。

 若干その頬が色づいて見えるのは気のせいだろうか。なんだか嫌な予感がするのも気のせいだろうか。気のせいであってくれ。


(責任とかいいから、とにかく毒から自分の身を守ってほしいんですけど)


 第一王子が生きていてくれることそのものが、私の平穏と幸せに繋がるのだ。人のことはいいから自分を大事に生きてほしい。


「そうか。王太子の気持ちはよくわかった。それについては侯爵と話をせねばな」

「はい、父上」


 息子の成長を喜ぶ親の顔で陛下が言い、ノアはそれにはにかむ。

 微笑ましい父子の会話だ。ふたりとも美しいので眼福だ。それなのになぜこんなにも居心地が悪いのだろう。

 先ほどから、何だか私の思惑とはまったく別の方向に事態が動いているような気がしてならない。

 おまけに、聖女ではないと否定するタイミングを完全に逃してしまった。


(まあお茶会についてはうやむやにできたからよしとするか)


「それとは別に、オリヴィア嬢には王太子を救った褒美をとらせる。何か望みはあるか?」

「い、いいえ。望みなど……あっ」

「遠慮をするな。申してみよ」


 私はノアをちらりと見てから、おそるおそる口を開いた。


「分不相応であることは、重々承知なのですが……。これからも、王太子殿下にお会いすることは可能でしょうか」


 毒を盛られていないか、健康状態はどうか等を定期的にチェックしておきたいので、自由に王太子に会いに行けると助かるな。という考えで言ったことなのだが、なぜかノアが「オリヴィア……君という人は」と頬を染め感動したように漏らす。

 なぜだ。定期健診が嬉しいのか。


 戸惑っていると、国王がはじかれたように笑いだすのでギョッとしてしまう。

対照的に王妃は扇で隠しているが、不機嫌そうな目で私たちを見ていた。面白くない、と顔に書いてある。


「なるほど! いいだろう! 侯爵令嬢オリヴィアの王太子宮の自由な出入りを許可する」

「あ、ありがとうございます、国王陛下……?」

「息子をよろしく頼むぞ、オリヴィア嬢」


(頼むって、定期健診をです?)


 いや、まさか。王はノアが毒を盛られ続けていることを知らないはずだ。

 だとすると、また王太子が毒で狙われたときには、身を挺して救えということだろうか。たぶんそうだ。そうに違いない。そういうことにしておこう。


「お任せください、陛下」


 命を懸けて王太子をお守りします。

 なぜならすでに私とノアは運命共同体だ。ノアが死ねば私もいずれ死ぬのだから、文字通り命がけなのである。


 やたらとノアがはにかむのが不可解だったが、とりあえず私は無事、謁見の間を後にすることができた。

 扉が閉まり、安堵の息を吐く。


(大丈夫だったかなぁ。王妃に目をつけられたりしてないよね? 死亡フラグとか立ってないよね?)


 いまさら心臓がバクバクいうのでふらついたところを、サッとノアに支えられた。


「オリヴィア、大丈夫か?」

「ノアさま……ありがとうございました。ノアさまがいなかったら私、死んでいたかもしれません」

「大げさだな。君を守ると言っただろう? 僕は意味のない嘘はつかない。もちろん陛下の前で言ったことも本当だ」


(陛下の前で言ったこと……って、何だっけ?)


 緊張し過ぎていて、中での会話はうろ覚えだ。それなのにノアが「君も同じ気持ちだったなんて、嬉しいよ」などと言うものだから、何の話か聞きにくいなと視線を彷徨わせたとき、廊下の向こうからこちらに駆けてくる人影を見つけた。


「オリヴィア……!」

「お、お父さま?」


 あまりに必死な様子に、私も自然と父に向って踏み出していた。

 よろめきながら父の元へ向かうと、息を切らした父は私を抱きしめ「やっと会えた!」と叫んだ。


(やっと会えたって、どういうこと?)


 戸惑う私の顔を見て、父は深くため息をつき教えてくれた。

 私が倒れて王太子宮に運ばれたと聞き駆けつけてみれば、面会謝絶だと五日も顔を見ることすらできなかったらしい。


(なるほど。毒のことは外部には秘密なのか)


 申し訳なさそうな表情で歩いてくるノアと目が合ったので、気にするなという風に笑って返すと、なぜかまたはにかまれた。いや、本当になぜだ。


「あまり心配をかけてくれるな……」

「ごめんなさい……お父さま」


 強く抱きしめられながら、不思議な気持ちになった。

 一度目の人生では親子らしい会話などなかった間柄だ。てっきり父には嫌われていると思っていたほどだ。


 もしかしたら、自分で思っていたほど嫌われてはいなかったのだろうか。

 そうだとしたら、二度目の人生では親子関係を良くできるだろうか。やり直せたらいいなと願いながら、父の大きな背中を抱きしめ返した。


「王太子殿下。この度は娘を助けていただき、心より感謝申し上げます」

「アーヴァイン侯爵。後日、陛下から正式な話があると思うが、先に直接僕から言っておきたい」

「何でしょう……?」


 私の肩を抱く父の手に力がこもる。

 見上げた父の表情は硬かった。反対に、ノアはにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「オリヴィア嬢を、僕の婚約者として迎えることにした」

「……いま、何と?」

「僕たちは婚約すると言ったんだ。侯爵とはいずれ義理の親子となるわけだな。これまで以上によろしく頼む」


 こんやくしゃ。

 頭に浮かんだのは灰色に黒い点々のついたぷるんぷるんの物体だった。それはコンニャクだ、と妙に冷静な自分がセルフツッコミを入れる。

 父がバッと私に向き直り「どういうことか説明しろ」と目で訴えかけてくるが、むしろそれは私が言いたい。


「ええ~……?」


 なぜそうなった。

 気が遠くなっていく中「愛されたいって言ってたよね」という創造神の声が聞こえた気がした。

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