第12話 正解のない選択肢
謁見のために着ていたドレスは血まみれになってしまったし、着ていくものがない。
国王陛下に失礼なので、謁見は辞退したい。
と、言い訳して逃げるつもりだったのに——。
「いかがでしょう、オリヴィアお嬢さま。王太子殿下が王室御用達の仕立て屋に、急ぎ用意させたドレスですわ」
ふくよかな侍女・マーシャがにこにこしながら数着のドレスを私の前に並べて言う。
どれも私のドレスよりレースや刺繍が美しく、宝石まで縫い付けられている。一着で馬車一台くらい余裕で買えそうで恐ろしかった。
私は顔が引きつらないよう、精一杯の笑顔で「これを全部、私にですか?」と返す。
「ええ。お嬢さまがお召しになっていたドレスを元に作らせましたので、サイズは問題ないかと思われますわ」
ということは、あの血まみれのドレスを仕立て屋に渡したのか。その時の仕立て屋の気持ちを考えると、申し訳なくて泣けてくる。
「どのドレスをお召しになりますか?」
「あの、こんな豪華なドレス、私のような者が着るわけには……」
「まあ! お嬢様が着てくださらなければ、このドレスはすべてムダになってしまいますわ。王太子殿下もさぞ残念に思われることでしょう」
マーシャはほんわかと柔らかな雰囲気の女性だが、中身もそうというわけではないらしい。とても断れる雰囲気ではなくなってしまった。
「で、では、このドレスで……」
比較的装飾の少ないドレスを選ぶと、マーシャは嬉しそうににっこり笑い、てきぱきと他の侍女やメイドたちに指示を出し始めた。
侍女たちに湯あみや化粧を施され、躊躇う隙も与えられずドレスを着せられ、あれよあれよという間に王太子宮のエントランスに立たされていた。
有無を言わせない勢いと手際の良さだった。さすが王宮に勤める侍女である。
「なぜこんなことに……」
帰りたい。切実に帰りたい。
王太子を毒からさくっと救ったら、さっさと退散するつもりだったのだ。それがまさか五日も王太子宮で寝込み、結局国王と謁見までしなければならなくなるとは。
嘆いていると、準備を終えた王太子が階段を降りてきて、私を見て一瞬固まるように立ち止まった。
星空の瞳が見開かれている。そんなに驚くほど似合わないのだろうか。
(まあ確かに、私みたいな貧相な身体で、こんな豪華なドレス着こなせるわけないよね)
「殿下! いつまで見惚れているおつもりですか!」
マーシャにばしんと勢いよく背を叩かれた王太子が、我に返ったように咳ばらいをする。
「す、すまない。あまりに君が美しくて……」
などと言い訳する王太子に、私は内心感心する。
こんなに若いのに、女性に気の利いた冗談を言えるなんてえらい、と。気持ちは完全に親戚のおばちゃんである。
「そう緊張しなくていいよ、オリヴィア。僕が君を守る」
そっと手を握られ顔を上げると、王太子が輝く笑顔で励ましてくれる。
「王太子殿下……」
むしろ私があなたを守るのですが、とは言えない。
「ノアでいいと言っただろう? ドレス、とても似合っているよオリヴィア」
「……ありがとうございます、ノアさま」
名前で呼んだだけなのに、ノアはそれはそれは嬉しそうに笑う。
年相応なその表情にきゅんときてしまったのは気のせいだ。それか前世のアラサーな私が愛らしい美少年に母性をくすぐられているだけ。そう思いたい。
「では行こう」
王太子のエスコートで王宮の謁見の間に向かうと、玉座にはすでにその主がついていた。
冠を戴く威厳に満ちた男性に目を奪われる。
あの人が、イグバーンの国王、フランシス・アーサー・イグバーン。
王はノアによく似ていた。白髪まじりの黒髪に、青い瞳。ノアが成長したら、きっとあのような素敵な男性になるのだろう。
王の横にはティアラを身に着けた迫力のある美人がゆったりと腰かけている。
真っ赤なドレスを纏い妖艶に微笑むのは、現王妃エレノアだ。
彼女は一度目の人生で婚約者だった第二王子の母親で、私の継母の遠縁に当たり、そして恐らくノアの毒殺を企てた張本人。
恐らく、というのは王妃自身は黒幕らしい動きを見せないからだ。親戚筋の継母をコマにしているのだろう。
乙女ゲーム【救国の聖女】本編でも、王妃が黒幕とはされていない。王妃の悪事はファンディスクの真相エンドで明るみに出る——らしい。
そう。前世の私は【救国の聖女】のファンディスクをプレイしていないのだ。ファンディスクで新たに攻略対象に追加されたキャラクターもいたはずだが、それも覚えていない。本編のストーリーをすべて攻略してから手を出そうとしていたからだ。
本編でも攻略しきれていないキャラもいる。それも不安要素のひとつである。
だがまだ登場していないキャラよりも、脅威なのはどう考えても目の前の黒幕だった。
「よく来た、アーヴァイン侯爵家令嬢オリヴィア」
「お初にお目にかかります。国王陛下、王妃陛下。この度は王宮にて騒ぎを起こしてしまったこと、まことに申し訳ありません」
胸に手を当て、深く頭を下げる。
「顔を上げよ。そなたは王太子の身代わりとなり倒れたのだ。むしろ礼を言いたい。そなたは息子の命の恩人だ」
「もったいなきお言葉です、陛下」
そっと顔を上げると、微笑む国王と目が合った。
(うっわイケオジ。めちゃくちゃ好みだわ)
ときめきで、毒を飲んだときより胸が苦しくなる。
前世の私は、二次元では若いイケメンを愛でていたけれど、現実での好みのタイプは年上だった。国王や侯爵、それから執事長も素敵だ。
ノアは将来有望だと思うが、いまは美少年かわいい、と親戚の子を愛でるような気持ちでいる。
同じ美少年でも、創造神デミウルは別だ。あれはいくら見た目が良くても、憎たらしい以外の感情はわきそうにない。
「良かったな、王太子よ。オリヴィア嬢が目覚めるまで気が気ではなかったのだろう」
「はい、父上。あんなにも真剣に創造神に祈りを捧げたことはありませんでした」
「ははははは! そうか! では、お前の祈りが通じたのだろう。これから創造神に感謝し、より一層真摯に崇めるのだぞ」
親子の会話を聞きながら「あんなショタ神に感謝する必要ないです」と言いたくて仕方がなかったが我慢した。
「本当に、創造神デミウルのもたらした奇跡のようですわね」
ねっとりと纏わりつくような声に、びくりと肩が跳ねた。
王妃がじっと、段上から私を見下ろしている。まるで獲物を狙う蛇の目だ。それも蛇は蛇でも、凶悪な毒蛇である。
「もしかして、神託の聖女とはオリヴィア嬢のことだったりするのかしら」
にぃっと毒蛇が笑う。
悪寒が全身に走り、思わず「私は悪役令嬢です!」と叫びそうになった。
毒スキル持ちの聖女などありえない。だがそんな事情など知る由もない王が「余もそう考えていたところだ」などと同意するので、白目を剥いて倒れたくなる。
「王太子とだけでなく、ぜひ私とも仲良くしてほしいものです。今度私のお茶会に招待するので、ぜひいらして? 第二王子もあなたと同い年だから紹介するわ。ねぇ、聖女さま?」
王妃のお茶会など、いったいどんなレベルの毒が盛られるかわかったものではない。
(絶対無理。行ったら死ぬ。確実に死ぬ)
しかも第二王子は一度目の人生で婚約者である私を断罪し、躊躇なく捨て去った男だ。
私に向けられたあの軽蔑のまなざしが忘れられない。二度目の人生で関わりたくない人物ランキングトップ3に入る。可能なら顔すら見たくない。
かと言って、理由もなく王妃からの誘いを断るのは不敬に当たる。断らずに「ぜひ」などと返事をしようものなら、本当に招待状が送られてくるだろう。
どちらに転んでも私に待っているのは死だ。
こんな序盤で絶体絶命の選択肢が現れるなんて想定外もいいところ。【救国の聖女】はこんなハードモードな乙女ゲームではなかったはず。
私にとって良い方向に行くよう考えると言っていたのはどこのショタ神だ。
(どうする、私——⁉)
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