第3話 たまねぎの皮でデトックス
「こ、これはオリヴィアお嬢様! このような所に、一体何用で……?」
アンを伴い厨房に向かうと、中にいた使用人たちは慌てたように一斉に立ち上がった。
休憩中だったのに、悪いことをしてしまった。
「突然ごめんなさい。私のことは気にしないで、そのまま休憩を続けて?」
「そういうわけには……」
「いいのよ。それより料理長。食材を見てもいいかしら?」
傭兵のような体つきの料理長が、ぎくしゃくと食品庫に案内してくれる。
厨房は侯爵邸の本館にあり、離れに住む私が彼らと接触することはまずない。病弱で引きこもりの令嬢が突然厨房に現れたのだから、彼らが戸惑うのも無理はなかった。
(実際は引きこもっているわけじゃなく、継母に離れから出ないよう命令されているだけなんだけどね)
毒スキルとアンの証言で、前々から継母に毒を盛られていたことに気づけた。
ずっと自分は病弱なのだと思っていたけれど、常に私を悩ませていた気だるさや不調は毒のせいだったらしい。
スキルのおかげで耐性はついたものの、ステータスの状態は衰弱のまま。早急な体質改善が必要だ。
だから私は厨房に出向き、自ら食材を選ぶことにした。
健康な体は食事で作られる。毒を体から追い出すのに、早速前世の知識を使うときがきた。
(本気の
ひんやりとした食品庫には、食材の入った木箱がずらりと並んでいた。
見たところ前世の記憶にもある食材ばかりだ。調味料も変わりない。この世界特有の食材もあるはずだが、ここにはなさそうだ。
「お嬢様。ご希望のものはございました?」
ニコニコと聞いてくるアンに、顎に手を当て考える。
ふと、玉ねぎが大量に入った木箱が目に入り、ひとつ手にとった。箱には剥けた玉ねぎの皮もたくさん入ったままになっている。
「……よし。クレンズスープにしましょう」
「クレン……何ですか?」
首を傾げるアンに笑いかけ、他の食材も物色する。
クレンズスープのクレンズは『洗浄』の意だ。デトックス効果の高い野菜を組み合わせ、液状にしたものをクレンズスープと呼ぶ。
前世で一時ブームになった、ダイエット方法でもある。
「料理長。最近食欲がなくて、胃が少し痛いし、お腹の具合も悪いの。だからお肉はもちろん、しばらく固形物は控えたいと思って」
「そりゃいけません! 医者に診てもらったほうが……」
「いいのよ。もうずっとこんな調子だから。そういうことだから、私の食事はスープだけにしてほしくて。構わない?」
「我々は構いませんが……スープだけなんて、お嬢様が倒れちまうんじゃ?」
「心配しないで。回復したら、食事内容はゆっくり戻していくつもりだから」
どれくらいで毒にやられた内臓が回復するかはわからない。様子をみつつやっていくしかないだろう。
「じゃあまず、これ。水でよく洗ってくれる?」
「こ、これって……玉ねぎの皮じゃあないですか!」
料理長もアンも、私が両手にたっぷりととった玉ねぎの皮を見て目を丸くする。
驚くのも当然だ。前世の私も勉強するまで、まさか玉ねぎの皮がデトックス食材になるとは夢にも思っていなかった。
「そうよ。玉ねぎの皮。これでスープのだしをとるの」
「皮で、だし? だしなんかとれるんで?」
「ええ。玉ねぎの皮はビタミンとミネラルの宝庫なの。抗酸化ポリフェノールも中身の30倍もあるんだから! すごいでしょう? 玉ねぎの皮を捨てるなんてとてもできないわ!」
私は拳を握り力説したけれど、料理長とアンは不思議そうに顔を見合わせる。
「ビタミー?」
「ポリフェノル?」
しまった。この世界にはない言葉を使っても、ふたりにわかるはずがない。
前世の仕事柄、デトックスについてはかなり勉強した。
ハマりすぎて友人たちにもレクチャーしたけれど、熱意がうっとうしかったらしく、皆あまり興味を持ってくれなかったのを思い出す。
この世界ではぜひともデトックスについて語り合える仲間がほしいのだが、やはり難しいのだろうか。
「ええと、血の巡りを良くしたり、むくみを取ったり、玉ねぎの皮にも色々な効能があるの」
「へぇ。玉ねぎの皮にそんな効能がねぇ」
「皮でとっただしをアーモンドミルクに加えて、玉ねぎの中身と、ブロッコリーを煮てもらえる? 形がなくなってトロトロになるまで」
「いいですが、どうしてその組み合わせなんで?」
「食物繊維がたっぷりなの。毒素の排出は主に便と尿からだから、便通を良くする食物繊維、利尿作用のあるカリウムは意識してとっていきたいのよ。それにアーモンドミルクにはビタミンEがあって、血流を良くして肌を健康にしてくれる。玉ねぎにはオリゴ糖が含まれていて、腸内環境を整えてくれ、カリウムも豊富に入っている。そしてこれが重要なのだけど、ブロッコリーの栄養素スルフォラファンには、なんと解毒作用もあるのよ! ビタミンCもたっぷりで美肌効果もあるなんて、なんてお得なのかしら!」
天に昇るような気持ちでいると、料理長は頬を引きつらせながら口を開く。
「あのぅ……お嬢様? よくわからねぇ言葉もいっぱいありましたが、その中で毒素だの解毒だの聞こえた気がしたんですが……」
私はハッとしてアンと目を合わせた。
いけない。つい前世の自分がはりきって、余計なことを口走ってしまった。
コホンと咳ばらいして、平静を装いお嬢様らしく微笑む。
「料理長。私たちは知らないうちに、体に毒素を溜めこんでいるのよ」
「毒素って……そりゃワシもですか?」
「ええ。水や食物の中にも微量な毒素があるし、栄養素以外の不要な老廃物のことも言うの。でも自然に排出されるものだから安心して? 私は健康と美容のために、あえて意識して解毒……つまりデトックスをしようとしているだけだから」
料理長はあっさり信じてくれたようで、尊敬の眼差しを向けてきた。
「ははあ、デトックスねぇ。いやたまげた。料理人のワシでさえ知らないことを、お嬢様はたくさんご存知なんですな。一体どこでお知りになったので?」
「それは……臥せっていることが多いから、本を読んだり、ね」
まあ嘘なのだが、料理長は同情したのか「そうでしたか……」と暗い顔になる。
いつの間にか食品庫の入り口には使用人たちが集まっていて、口々に「確かにお嬢様、おやつれになったよな」「あんなにお痩せではなかったわよね?」「病気のせいか?」と言っている。
「独学で栄養について学んでいるなんて」「ブロッコリー、私も食べよう」なんて感心する声も聞こえ、ちょっと照れくさい。
「それとアン。これからは私、たくさん白湯を飲むわ」
「えっ? さ、白湯ですか?」
「白湯には生姜とはちみつを入れてほしいの。血行が良くなって、肝臓の機能も高めてくれるのよ。私は血の巡りが悪いし、内臓も弱ってるから。普通のお水も飲むけど、併せてだいたい大きな水差し二杯分くらいお願いね」
「そんなに飲むんですか⁉」
「大丈夫。普通に生活していても、人間はそれくらいの水を消費するのよ」
だからこそたくさん飲んで、どんどん毒を排出しなければならない。
【救国の聖女】のオリヴィアは悪役だったが、とても美しかった。スレンダーではあった気がするが、それでもこんな骨皮娘ではない。
なんとかしてあの美貌を取り戻さなくては!
と、前世美容部員だった自分が拳を振り上げ叫んでいる。
「生姜にはちみつ……本当にお嬢様は物知りなんですね~!」
金儲けになると考えたのか、アンが目を金貨にさせたそのとき、外から「何の騒ぎです!」と声が響いてきた。
入り口を塞ぐようにしていた使用人たちがさっと道を開け、現れたのは——。
「メイド長……」
眉間に深いシワを刻むメイド長だった。
メイド長はじろりとアンを睨んだあと、私を見る。
「このような所で何をしていらっしゃるのです?」
「……食事をリクエストしたくて来たの」
「食事をリクエスト? わざわざそんなことで? 奥さまから離れを出ないよう言われているのをお忘れですか?」
「熱が下がったから、散歩をするついでに立ち寄っただけよ。なあに? お義母さまは散歩も許してくださらないとでも? それじゃあまるで、離れに私を監禁しているみたいじゃない?」
わざとらしく言うと、まだこちらをうかがっていた使用人たちが「監禁?」「まさか……」とまた騒ぎ始める。
メイド長は舌打ちせんばかりの顔で「とんでもない」と否定した。
「奥さまはあなたを心配されているだけです」
「そう。じゃあ何の問題もないわね。私は離れに戻るわ。料理長、よろしく頼むわね」
「はい、お嬢様! お任せください!」
ドンと胸を叩く料理長に笑みを返し、私はアンと厨房を後にした。
メイド長の横を通り過ぎる際「奥さまにご報告しますから」と囁かれた。きっと義母に何か動きがあるだろう。
(毒、飲まされるかなぁ……)
いまからでも村娘に転生させてもらいたいわ、と私はため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます