お嬢様のお世話は大変です!

@kuwagatasann

お嬢様の執事は大変です!


 見渡す限りの穏やかな海、温暖なこのエルレ海は内海で荒れることが一年を通してほとんどない。北にザド、南の大国の南朝があり東の地はには大小様々な国や都市が点在している。四方を囲まれほとんど風も吹かないため、荒れることはまずない。

 ただ、非常に広大で、この商船が全速力つまりオールを使っても5日もかかってしまう。



 そして、この商船は商業国ザドの貴族ギレ家が所有する大型商船であり、私はそのギレケ家に使える執事でエドと言う。ギレ家の歴史や所有する領地などについてここで語るのもやぶさかではない。


 がしかし、困ったこ事態に直面しているため、少し話をお嬢様周辺に進めることにする。

 私は2日前から主家が所有する商船の視察のため乗船している。もう使えて16年になり、ちょうどお嬢様エレーナ様のお歳と同じである。


 この春に執事エレーナ様専従の執事として任命された。つまり次期当主との執事となった。将来はこのギレ家の執事長としの席を約束されたようなものであり、長年の仕事が評価された気がして嬉しかったし、ギレ家の家政、行事全般を取り仕切る立場となり身の引き締まる思いであった。


 この視察自体は、かなり儀礼的なもので、日中は実務上の船長である副船長から説明を聞き、運搬物の見学や招待客や同門貴族との商談や談話が行われて、夜は宴会が催される。要は社交会への面通しのようなものである。


 当主が代々船長に就いてきているが、実際の乗ること少ない。

 この、数少ない船長の乗船機会のうちの一つである。次期当主の成人祝いと顔見世である。


 時期当主といっても、現在の当主のレオパルド様はまだ40歳を少し過ぎただけであり、船長交代はまだまだ先の話である。

 ただ、今回の成人の乗船式はいくつか異例のことがあった。まずは次期当主のエレーナ様が女性党首になるということであり、この15代続くギレ家でも女性当主は第四4代のシシーリ様がただお一人だけである。


 したがって、通常は女性が乗ることの殆ど無いこの商船に女性が乗ることになった。側使いも含め4名である。そのための準備たるや調度品の調達だけでなく、船内の改修まで行い1年を要した。大掛かりなものとなった。



 そして、もう一つが、そのエレーナ様が乗船初日に倒れたことであった。


 専従執事としての初の大任ということで、今回の視察乗船には念入りに準備をしてきたし、幼いころより面倒を見てきたエレーナ様の社交界への顔見世ということで張り切っていただけに、私はこの状況には肝をつぶす思いである。


 そして、翌朝に聞こえた悲鳴(怒声?)エレーナ様の部屋は艦橋にあるのだが、成人の乗船式には同門貴族たちも乗船しており対面が悪いため、乗組員や側使えが使用する艦尾にある一室に運び込まれ寝かされている。


 誰も近づけてはならないと旦那様が指示を出され、エレーナ様のお部屋は、海に面した一室を当てられその隣が、執事エドの部屋、そして迎いの部屋が副船長ブレッドが未明の悲鳴を聞きつけ顔を見合わせていた。いくら執事と言えど、女性の部屋に無断で入るわけにもいかず


「どうされましたお嬢様?」「入ってよろしいか?」とひとまず聞いてみた。

「・・・は、入らないで」と幾分の間がありお嬢様がお答えになった。とりあえず無事な様子で一息つくことができた。

「どうされました?」再度聞くが今度は返答がない。


 副船長とドアの前で顔を見合わせる。

 この男、幾分顔には眠気が残っているようだが、目はしっかり覚醒している。

 あまり口数の多い男ではないが、30過ぎで副船長までなったのである。腕は確かで、若い頃は外海でも経験を積んでいたらしい。髪はくすんだ金髪で収まりの悪いものを無理やり帽子に押し込んでいる。


 しかし、今朝は飛び起きたまま出てきたため、頭髪は外の穏やかな海とは反して荒海のようにうねっている。

「ひとまず、側使えエッタを連れてきましょう。彼女ならお嬢様のお召し替えを担当しておりますし適任でしょう。」ブレッドにこうは言ったものの、なぜ適任なのか自問する。どうやらまだ頭は回っていないらしい。


「そうでしょうな。」副船長は引き結んだ口をなんとか開きそう答えた。


「それでは私がエッタを連れていきますので、ブレッド殿はここで様子をうかがっていただけますか?」これは副船長のブレッドのほうが、ほかの船員に対しても支持を出せる立場であるし不測の事態にも対応しできるだろうと判断したのある。


 しかし

「いやいや、それは執事のあなたのほうが適任でしょう。私が連れてまいります。」ともう行ってしまった。どうやらこの男にとって、この手の展開は苦手らしい。


 ブレッダが足早に去って行くのを見送り、それでもじっと居ている訳にもいかず、もう一度入室の可否を訪ねたが、同じで断られた。


 暫くしてエッタが小走りにやって来た。

 ブレッダは旦那様にこのことを知らせに行ったとのことであった。

 エッタは長いオリーブ色の髪を一結びにして、同じ緑の瞳をやや潤ませている。

 お嬢様より2歳上のおっとりした性格で快活なお嬢様と並ぶと仲の良い姉妹のようで、実際にお嬢様も姉のように慕っていた。


「副船長様から大凡うかがております。」エッタは薄い頬を紅潮させながら言った。落ち着いた性格に珍しく、焦りが見て取れる。


「私がエレーナ様にお話しても良いでしょうか?」

 そのために呼んだのだから当然だが、敢えて決まりきった内容を口にすることで自らを落ち着かせる。

「ああ、もちろんだ。よろしくたのむ。」私もエッタとの人となりを十分把握しているつもりだ。無粋なことはいいわしない。10歳以上下の人間だが、この娘はなかなかに冷静で自制の強さにも定評がある。仕事では信頼している。


 エッタが静かに、話かける。「お嬢様、エレーナお嬢様、エッタでございます。」

「・・・・」やはり中からは返事がない。

「入りますね。」エッタが、ほっそりとした指をゆっくりドアにかける。


「入れ・・・」その時、かすかに声が聞こえた。声は低く乱暴な語気を幾分含んでいた。

 私たちは、違和感を感じながらも中に入る。


 部屋の中では、エレーナがベッドに腰を下ろして座っていた。藍色の滑らかな髪は、なだらかな肩に沿うようにやさしく下に伸びベッドまで緩やかな流れを作っている。


 いつもであれはその顔には金色に近い活力にあふれた瞳があるのだが、今はうっすらと開かれてどこか遠くを見つめているようであった。

 私たちは普段は快活で明るいお嬢様と今の雰囲気の違いを感じ取った。ピンと張りつめた雰囲気に初めは困惑したが、今では圧倒され飲まれ声が出ない。


 しかし、私はエレーナの座る姿勢に違和感を覚えた。あろうことかベッドの上で足を組んでいるのである。


 性格が快活であるが故に、エレーナが幼いころには目に余る部分はしっかりと指導してきた私にとっては、久しぶりに頭に血が上るような感覚だ。また、これが声出す助けにもなると考えて、声出した。・・・が、くじかれることになった。

「何ですか!お嬢様その座り方は!そ・・・」勢いよく口を開けたが、言い切らぬうちに

「静にせぇ・・」くぐもったような声が響き、私の頭にあった熱いものが一気に冷めていくのが感じ取れた。言葉自体を聞き取ることができなかったが、その語気に意味を十分に悟った。


「エレーナ様」

 二人だけのときにしか使わない。優しい声色でエッタが声をかける。

「もう少しだけ」エレーナの声にいつもの調子が戻っていることに二人は気が付いた。

「もう少しだけ、待ってもらえる。」そう言った後、エレーナは長く息を吐きながらゆっくりと目を開けた。

 その目はしばらく中を彷徨いながら、何かを探しているようであったかが、すぐにエッタとエドの方向に焦点を合わせた。

 しばらく見つめたままで、珍しいものを見たように見つめている。

「大丈夫ですか?どうなさいました。」とエッタがやさしく問いかける。


 はっと、したように瞬いた瞳には、大きな金色の瞳がくっきりと見えた。


「ええ、大丈夫よ。驚かせてしまってごめんない。」

 やや間をおいて、答えた。勢いよく答えたエレーナの声はやや上擦って、言葉ほど大丈夫そうには聞こえなかった。


「ええ、良かったですわ。」エッタがそう言うのを聞いたエドは、自分なら真っ先に何が起きたか聞き出そうとしてしまうだろうと思った。ここはしばらくエッタに任せたほうが良いだろう。と考えた。


「それにしても、驚きましたわエレーナ様」 エッタが努めて明るくそう言う。

「ごめんない。エッタ エレーナの声には落ち着きが戻っているようであった」。その変化を感じてエッタが続ける。

「そうね、もう大丈夫そうね 宜しければ何かあったのか話してくださいますか?」

「ごめんなさい。今はまだ・・・」少し目線を落としてそう答える。


「ええもちろん、お話しできるようになってからでかまいませんわ。」エッタが明るく返す。

 そこまで来てから、エドも重ねる「本当に大丈夫なのですね?それに旦那様もご心配なさいます。訳をお箸していただくわけには・・・」


「エド様、お嬢様にはお時間が必要なようです。時が来れば必ず話してくださいますので」まるで妹を守るようにエッタがしっかりとエドのほうに向きなおって告げた。細身の体が、今は大きく見える。

 ドアノックする音が響く、「ブレッダです。入ってもよろしいか?」


 エッタのオリーブグリーンの瞳が、二人の眼を見る。「ええ、構いませんよ」

「ご無事でよかった。」ブレッダはそういうと軽く帽子のツバに触れる。先ほどまでと異なり帽子にボリュームのあるくすんだ金髪を収めている。


「旦那様がお呼びでございます。」ブレッダそういうと少しエドのほうを見てから「仕事がございますので、失礼させていただきます。」と告げた。執事長と側使えがいるのである自分がでしゃばる事はないだろうとのこの男らしい考えから出た発言であった。


「お持ちになって」エレーナが声をかける。「朝からお騒がさせして申し訳ございません、それで父上は起きたばかりのご様子でしたか?」

「滅相もございません。旦那様も昨夜の宴席もありましたので、まだお休みの様子でございましたが・・・」ブレッダは不思議そうに答える。

「ありがとう。お仕事のお邪魔をしてはいけないわ。もう下がって頂いてよろしいわ。」

 ブレッダはまたツバに触れて部屋を出て行った。


 ブレッダの大きな足音が離れていった。

「うう~ん、お腹が空きましたは、エッタ簡単なものを用意してくださらない?」エレーナはそういいながら伸びをした。豊かな胸が一際目立った。


「お嬢様、お聞きになりませんでしたか?旦那様がお呼びですよ」エドがすかさず入れる。

「あら、お父様ももうひと眠りしたいところよ。」軽くエレーナが答える。


「簡単に食事を済ませてから参りましょう。そのほうがいいわよ。」

「かしこまりました。すぐにご用意いたします。」エッタももう言っても無駄だと悟ったのか部屋を後にした。


「エドもご心配をお掛けしてごめんない。もう随分良くなったわ。ありがとう。」と微笑みながら言っているが、もう下がれと言われているようで、エドも何も言えずに部屋を辞した。


 エドも朝に悲鳴を聞いて飛び起きてから、何も身支度をほとんどせずに来ていたので、旦那様に面会する前に時間が必要であることはわかっていた。

 隣の自室へ戻ると、軽く顔と体を拭く、丁寧に髪をまとめて身支度を済ませる。水は船旅では貴重なため僅かしか支給されないが、そこは商船を営む家のものである心得ておりわずかな水でしっかりと貴族の身なりに相応しい様相に仕上げた。

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