赤き月に照らされて-生贄の悲鳴-

めぶき

第2話

※本文内の(N)はナレーション&ひとり語り、(M)はその場の状況説明です。


【赤き月に照らされて-厄介な来訪者-】


「キャラクター紹介」

シエル(♂)

バッカス家の主(あるじ)。一人称は「私(わたし)」。山中(さんちゅう)の豪邸に住み、アンティークやジュエリー等を扱う。得意分野はすべての商品。


アリシア(♀︎)

一人称は「私(わたし)」。ジュエリーやアクセサリー、ワインの目利き。特別な特性で勘が鋭く、先読みができる。


デュエル(♂)

一人称は「ボク」。アンティークと新鮮な食材の目利き。家事が得意で世話好き。面倒見がいい。たまに出る本音もご愛嬌。


美咲(♀︎)

みさき。日本からのジュエリー購入希望者。バッカス家オリジナルの商品で、ここにしか置かれていない世界唯一の商品を求めてきた。気位が高く、負けず嫌い。実家は裕福な暮らしをしている。バッカス家には初来訪。


友樹(♂)

ゆうき。美咲の恋人。負けず嫌いな美咲のなだめ役。美咲も、友樹の言うことはきく。細かいことも、きっちりしていないと落ち着かない。雑誌編集者。



【本編】


シエル

(N)『私の名は、シエル・バッカス。我が家は、特別何も無い山中(さんちゅう)で、アンティークやジュエリーなどの商品を取り扱って暮らしている。名は、私 シエル、娘のアリシア、息子のデュエル。バッカス家で扱っている商品は、世界的に有名なアンティークやジュエリー、絵画(かいが)などの目利きが必要な、歴史と気品のあるものばかりだ。その取り扱い商品の幅広さに、この邸(やしき)には、さまざまお客様がいらっしゃる…』


アリシア

「お父様。近々、お客様がいらっしゃるわ。私、神経が鋭く(するどく)なっていて、鼓動が早いの」


シエル

「そうか。アリシアの勘が鋭く(するどく)なっている時期か。もう赤き月がやってくるのだな…」


アリシア

「このザワザワした感覚、アタリかしら…ハズレかしら…」


デュエル

「アリシアの勘は強いから、アタリじゃない?」


アリシア

「そうかしら…いらっしゃるのは、海外の方みたいなんだけど…」


シエル

「また、値引き交渉をしてくる様な輩(やから)なのか…?強欲(ごうよく)で傲慢(ごうまん)な…値引きを前提にしていなければ買いに来られないというなら、身につける資格などないというのに…」


デュエル

「まぁ、ボクは、とりあえず、美味しくいただける人に来てもらいたいなぁ〜」


シエル

「で、アリシア。来客はどのようなタイプだ?」


アリシア

「わからない…馬車ではなくて、車を使っているの…邸(やしき)の馬が驚かなければいいのだけれど…」


シエル

「そうか。少し心配だな」


アリシア

「えぇ…」


シエル

「厄介な客でなければいいのだが…」



アリシア

(N)『お父様が心配している通り、バッカス家を目指してやってくるお客様のうち、何組かは、あまりいい影響力を持たず、厄介な人々が門をくぐる事もあった。そして、今夜もそんな感覚が今回も…』

友樹

(M)『日本から時間をかけてやってきた、世界的に有名なバッカス家。ジュエリー、アンティーク、絵画(かいが)、オリジナル商品など、様々な物が取り揃えられているらしい。俺はそんなアクセサリーなんか興味は無いが、彼女…美咲(みさき)が欲しい物があると言う。俺も、仕事もクリアできるかもしれないと、しぶしぶやってきた』


美咲

「ねぇ、友樹(ゆうき)。そんなに元気が無くなるほど、興味がないの?」


友樹

「だって、俺、アクセサリーとか付けないし。おそろいの物とか、勘弁してくれよ」


美咲

「ペアの指輪くらいは、してよね!」


友樹

「…マジで?」


美咲

「なに?イヤなの?」


友樹

「まるっきり同じデザインじゃなくていいよな?つか、指輪より、ペンダントがいいなぁ〜って…」


美咲

「ん〜…そうね。指輪だと、サイズが変わった時、困るもんね。わかった。ペンダントにする」


友樹

「あ〜、良かった…(小声で)」


美咲

「何?何か言った?」


友樹

「いや、何も言ってないよ?」


美咲

「とりあえず、タクシーに乗って、シエルっていう人のところに行こうよ。初めて行く場所だから、道がわからないし」


友樹

「…美咲(みさき)、せめてシエルさんって呼んで?っていうか、確かにシエルさんのお宅に行くけど、正式にお邪魔するのは、バッカス家のお店なんだからね…?」


美咲

「バッカス家ね。っていうか、なんでそんなに細かいことを言うの?」


友樹

「さすがに失礼だからだよ」


美咲

「こっちはお客よ?そんなの気にしなくていいじゃない」


友樹

「はぁ〜…(ため息)」


友樹

(N)『タクシーに乗り、バッカス家に向かう俺と美咲。ワガママなこのお嬢様をどれだけ落ち着かせるか、大変だ…』


アリシア

(M)『窓辺のソファでウトウトしていたとき、急に、ある映像が走馬灯(そうまとう)のようによぎる…』


アリシア

(N)『はっ…!いまの映像は何?目が回る…お父様に知らせなきゃ。今回は買い付けだわ。バッカス家オリジナル商品の…』


デュエル

「あ、起きたみたいだね。ねぇ、アリシア。結局、その客って来るのか?」


アリシア

「ええ。車で来るわ。男女ふたり。走馬灯(そうまとう)のように動いていたわ。命の灯火(ともしび)が消えるように…私の勘が間違っていなかったら、だいぶめんどくさいわ…お父様にも伝えなきゃ…」


デュエル

「よしきた。怒らせて、帰らせるか?」


アリシア

「それはダメよ。機嫌を損ねて帰らせてしまったら、バッカス家の評判が落ちてしまう相手なの」


デュエル

「めんどくせー!」


アリシア

「そうね。本当に。お父様に報告しなくちゃ…まずは、何かあったら、女性を納得させる結果がイチバン大変…その女性はジュエリーが欲しいみたいなんだけど…」


シエル

「聞いていたよ。特別な対応が必要だな。まぁ、それはいつものことだ。アリシアの見た走馬灯…。今夜、赤き月に照らされるふたり…見ものだな」


-コンコンコン(ノック)


アリシア

「はい。どちら様でしょう?」


友樹

「あ、えっと…こんにちは!バッカス様の商品を購入したく、お邪魔したのですが!」


アリシア

「ご購入をご希望と言うことですね。ありがとうございます。本日いらしてくださったのは何名様ですか?」


美咲

「見たらわかるでしょ。ふたりよ」


アリシア

「それは大変失礼いたしました。さぁ、中へどうぞ」


デュエル

(N)『なんだ、あの女!ムカつくーっ!』


美咲

「へぇ〜。バッカス家って、こうなってるんだ。面白そうな物がたくさんあるじゃない」


アリシア

「お客様。大変申し訳ございません。素手で商品に触れられると、困ってしまうのですが…」


美咲

「あっ、そ。ふん」


友樹

「こら、美咲(みさき)。こちらこそ、すみません。それで、欲しい商品と言うのが…」


美咲

「バッカス家オリジナルの、ピアスとブローチが欲しいの。あと、ペンダントをペアで。バッカス家が作るものは、すべて一点物って聞いたから、自慢のアクセサリーになるものが欲しいの!」


アリシア

「かしこまりました。商品と、商品のご説明をさせていただく主任、シエルをお連れいたしますので、しばらくお待ちください」


美咲

「ねぇ、早くしてね」


友樹

「美咲…すみません。ありがとうございます」


美咲

「だって、商品の説明なんていいのに。お金の心配だっていらないわよ。いくらでも払うんだから。絶対に欲しいの!」


デュエル

「さぁ、お客様。こちら、ドリンクサービスです。どうぞ、お召し上がりください」


美咲

「綺麗な赤い色…美味しそうだわ」


友樹

「ありがとうございます」


デュエル

「こちらは、バッカス家の商品として取り扱っているドリンクです。お気に召していただけましたら、光栄です」


シエル「お客様、大変お待たせいたしました。ピアスとブローチ、ペンダントをご所望ということですが、デザインはお決まりですか?」


美咲

「新作の商品よ。蝶のゴールドピアスと、薔薇のゴールドブローチ、あとは男女ペアのペンダントよ。最新作って聞いたから、買いに来たの。まだあるんでしょ?日本からわざわざ来たのよ。無かったら悔しいわ」


シエル

「かしこまりました。アリシア。オリジナルセット商品を」


アリシア

「はい。かしこまりました」


シエル

「お選びいただいた商品がお気に召すとよろしいのですが…」


アリシア

「お持ちいたしました。こちらでございます。ゆっくりご覧ください」


美咲

「わぁ、綺麗。これは、ダイヤ?ジルコニアではないんでしょ?」


シエル

「さすが、お目が高い。確かに、こちらの4点は、4C(フォーシー)のクオリティの高いダイヤとゴールドでデザインしております。カラーもDカラーであしらいました」


アリシア

「薔薇のブローチにはメインに1ct(1カラット)のダイヤを。蝶のピアスには0.2ct(0テン2カラット)のダイヤをバランスよく並べております。あとは、こちら。男女ペアのペンダントでございます。どれもバッカス家オリジナルデザインですし、鑑別書(かんべつしょ)もご用意しております」


美咲

「いいわね。試しに付けてもいい?」


シエル

「申し訳ございません。衛生上の理由から、商品のご試着はご遠慮ください」


美咲

「買うって言ってるのに?」


シエル

「はい。申し訳ございません」


デュエル

(N)『バーカ。人の脂(あぶら)をつけた商品、お前なら買わないだろ!めんどくさいメンテナンスさせるな!あんたなら「やっぱり要らない」って言いそうだからだよ!』


美咲

「融通(ゆうずう)が効かないのね」


友樹

「美咲、あまりそういうことは言うんじゃない…」


美咲

「だって…どうしても欲しいんですもの。それに、つけた所を、友樹に見て欲しかったのよ?」


友樹

「買ってから、いくらでも見るよ」


シエル

「お客様。よろしければ、別の商品はご覧になりますか?」


美咲

「え?例えば、どんな物?」


シエル

「コサージュなどは、いかがでしょう。こちらも、バッカス家の一点物になります。お話の中で、お客様が日本の方とおっしゃっていましたので。日本の四季をイメージした4点セットをご紹介いたしました」


アリシア

「こちらでございます」


デュエル

(M)『運ばれてきたそのコサージュは、スルッとした優しい触り心地だった』


友樹

「これはいいね」


シエル

「こちらの素材は、一級品の6A(シックスエー)のシルクでございます。滑らかで、華やかな印象になるかと存じます」

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美咲

「素敵だわ。真珠もついてる。これは冬のイメージかしら?これは桜ね。春だわ。さすがバッカス家オリジナル。でも、なぜ今まで売れなかったの?」


シエル

「私共のお客様で日本の方は少なかったので、お勧めしてこなかったんです」


美咲

「へぇ〜。これもいいなぁ。他にも何かあるの?」


シエル

「はい。日本向けの作品がよろしいですか?」


美咲

「そうね。バッカス家オリジナルなら、何でも観てみたいわ」


シエル

「かしこまりました。少々お待ちください」


デュエル

(N)『いろいろ観てるけど、全部、買うつもり?笑える〜。しかし、強欲な女だな〜』


アリシア

「お客様。モンパリの香りのする商品はご興味はございますか?」


美咲

「モンパリの香り?」


アリシア

「はい。こちらの商品でございます。モンパリ オーデパルファム。甘く芳醇な2種類のローズの深みが加わった逸品でございます。さあ、ひと吹き」


美咲

「わぁ〜、いい香り。気に入ったわ」


アリシア

「ありがとうございます。お客様が、薔薇のブローチをご所望とおっしゃっていましたので、お薦めいたしました」


美咲

「気が利くのね」


アリシア

「とんでもございません。幸福の絶頂の香りでございます、美咲様…」


美咲

「幸福の絶頂…へぇ。…ん…あ、…なに…目がまわる…」


友樹

「み…美咲…俺も、さっきから、目がまわって…」


デュエル

「ドリンクサービスと香水が加わって、目がまわったみたいだね…ドリンクサービスは、アリシアの作った特別なワインだったんだよ?どこにも売られていない。なんて言っても、気づかないよねー」


アリシア

「さあ、お客様。ワインはお好きですか?もし、まだお飲みになれるのでしたら、ご馳走させていただきますわ…」


友樹

「ワインと香水…?な…なにをした…」


シエル

「友樹(ゆうき)様は、美咲様のとばっちりですね。何も悪いことをしていないのに…では、しばらくお休みください」


デュエル

「またあとで会おうね。バイバイ、ふたりとも」


アリシア

「改めまして…今日は、我が邸(やしき)へようこそ…またあとで、目が覚めたらいろいろ教えて差し上げますわ…」


アリシア

(M)『そのまま意識を失うふたり…』


シエル

(M)『ふたりを地下室のワインセラーの横にある防音性の高い部屋へ運ぶ。この部屋の中の音は外にはもれない。ふたりの意識は、まだ戻っていない。そして、今夜は、赤き月の夜…毎月一度、私たちの正体に戻れる夜だ…』


デュエル

「うん…しょっと。ふたりの手首を動けないように縛って、っと。これでいいかな?」


アリシア

「これで簡単に身動きがとれないわね。バッチリ。目を覚ますのが楽しみだわ…ザワザワした感覚がまた蘇る(よみがえる)」


シエル

(M)『美咲(みさき)と友樹(ゆうき)の意識を取り戻させるため、デュエルがふたりに水を浴びせる』


友樹

「ん…ぷぁっ」


アリシア

「こんばんは、友樹様」


友樹

「な、なんだこれは…!」


デュエル

「ちょっと待ってね。美咲様がまだ起きていないんだ。ふたりが目を覚まさないと、同じ話を2回しなくちゃならないからさ」


美咲

「んっ…けほっ…なにこれ…」


シエル

「こんばんは…お目覚めですね」


美咲

「なによ、これ!外しなさい!私を誰だと思っているの!」


シエル

「これはこれは、申し訳ございません。先に正式にお客様のお名前をうかがっていなかったので、わからずに失礼いたしました。えっと、美咲様、でしたっけ?ラストネームがわかりませんので、どちらのお嬢様か存じ上げません…」


美咲

「ふざけないで!」


アリシア

「そんな状態でも、あなたは強いのね。あなたの家族や使用人はさぞかし大変だったでしょう。ねぇ、気品のないお嬢さま?」


美咲

「あなたに関係ないでしょ!早く外して!」


デュエル

「父上、この人の生き血、飲む気になる?」


シエル

「どうだろうね。ワインを注いで誤魔化して飲むしかないかな」


デュエル

「肉については、上手いかもね。ふだんから良さそうな物を食べてる気がする。たぶんだけど。」


美咲

「生き血とか肉とか、何を言ってるのよ!ふざけていないで、これをはずしなさい!」


アリシア

「さあ、そこの色男さん。あなたはなぜ何もしゃべらないの?あなたの彼女、大変な目にあっているのよ?」


友樹

「俺、思い出したことがある…」


アリシア

「あら。なにをです?」


友樹

「赤き月の夜の伝説…」


美咲

「なにそれ!バカじゃないの?」


シエル

「いいじゃないか。その伝説、聞いてみよう」


デュエル

「ボクも聞いてみたいなぁ」


アリシア

「そうね。私も興味があるわ」


シエル

(M)『身動きの取れない美咲と友樹のふたりの前で、シエル、アリシア、デュエルは友樹(ゆうき)の話を聞いた』


友樹

「赤き月が夜空に照らされて、住人は狂った魔物に変貌(へんぼう)する日…。そして、邸(やしき)に人を招き、ワインを飲ませ、心臓を取り上げ、全身の血は飲み尽くされ、最後に残った肉と骨が料理される…と。そして、その邸(やしき)の場所は誰も知らない…」


美咲

「なにそれ!やめてよ!友樹(ゆうき)!」


シエル

「いや〜、これは素晴らしい。その邸(やしき)が、このバッカス家ということで、よろしいのですか?」


デュエル

「じゃあ、せっかくなんで、ふたりにはワインを飲んでもらおうか…アリシア、このふたりにお似合いのワインを選んで」


アリシア

「わかったわ。とても美味しいワインがあるの。この前、手に入れたばかりのポートワインが…さあ、お飲みなさい」


美咲

「要らないわ、そんなワイン!だいたい、ここで私たちが死んだら、疑われるのはバッカス家じゃない!それこそ、バカみたい!」


アリシア

「ご心配、ありがとうございます。でも、それには及びません。だって、バッカス家には誰も来ていないんだもの…そう。あなた達はバッカス家には来ていない…その証拠なんか残らない…」


美咲

「どういうこと!?」


シエル

「我が邸(やしき)が、何のために誰も気軽に来られない山中(さんちゅう)にあるか、想像できますか?そして、何もかもを焼き尽くす、ご神木(しんぼく)に、祠(ほこら)がある。この邸(やしき)での出来事は、何故かニュースにならないんですよ…」


美咲

「ぅ…それは…!いやよっ!ワインなんて絶対に飲まないわ!吐き捨ててやる!」


デュエル

「しょうがないなぁ。じゃあ、友樹様から…」


友樹

「やめろ!」


アリシア

「あら?静かだったから、諦めたのかと思ってた」


シエル

「もともと、伝説の話をしたのは、貴方ですよね、友樹(ゆうき)様。なぜ、あの話をしたのでしょう…」


友樹

「カマをかけたのさ。俺は雑誌の編集者でね。噂を真実に変えるために足を踏み入れたんだ。きっと、俺たちだけじゃなく、これまでたくさんの犠牲者(ぎせいしゃ)がいたはずだ」


美咲

「ちょっと待って…!友樹(ゆうき)が一緒に来てくれたのって、それが目的だったの…?」


友樹「そんなことないよ。確かにバッカス家は警戒(けいかい)してた。だけど、逆に美咲をこんな目にあわせてゴメンな」


美咲

「ねぇ…私を利用したの?友樹…」


友樹

「そんなことはない…だが、すまない…これは、俺にとってスクープなんだ…」


デュエル

「命懸けなんだね。仕事に対しての気持ちがすっごいや。でも、証拠を突き止めても、何も出来ないね。ここに潜入して出た結果は、どこにどうやってどう知らせるの?その公表の仕方、教えてほしいよ」


友樹

「俺が帰らなかったら、記事を載せてくれと言ってきたのさ」


デュエル

「わ〜、そりゃ、怖い。でも残念だね。バッカス家は、世界的な流通があるんだ。どんな事件も事故も、いくらでも、もみ消せるんだよね〜」


シエル

「この邸(やしき)と、この辺り周辺の山々(やまやま)は、すべてバッカス家の私有地だ。だから、上空を飛ぶヘリも緊急車両も、公式な機関は私が許可しなければ敷地内に入れないのだよ。言わば、お客様以外は不法侵入(ふほうしんにゅう)だ。ただひとつ言うなら…令状を持ってこられたら、入れるしかない…」


デュエル

「でもね、令状は持ってこられても意味が無いんだ。その時には、何もかもすべて処理されているからさ…。さて。もういいだろ?ワインをどうぞ…」


シエル

(M)『デュエルはボトルに入ったワインを友樹の口に流し込み、アゴを上向きにしながら注ぎ込む』


友樹

「うっ…ぐふっ」


美咲

「友樹(ゆうき)!」


デュエル

「ついでに、キミも…さぁ、美咲さん、美味しいよ…?」


美咲

「要らないわよ!ん…ぐぅっ」


シエル

「ワインのお味はいかがですか?友樹(ゆうき)さん、美咲さん。赤き月が綺麗に輝いている今夜…改めて自己紹介をいたしましょう…。私の名前は、シエル・バッカス。正体は…ヴァンパイアです(牙が生える)」


アリシア

「私はアリシア。私の本当の姿を見せてあげるわ…これで、何度目かしらね…ふふっ」


アリシア

(M)『角が生え、牙が伸び、爪先が鋼鉄のように伸び変貌(へんぼう)した』


美咲

「お…鬼…!」


アリシア

「ご明答(ごめいとう)。私はハートが欲しいのよ…それも、とびきり新鮮な…。おふたりのハートはどうかしら…私の口に合うのかしらね…こんなワガママな子をいただくのは、なかなか機会がないんですもの」


デュエル

「そして、ボクはキメラ…なんでも食べるよ…そう。父上とアリシアの残したものはすべて…骨も残さず…」


シエル

「さあ、ワインに満たされたあなた方の命、堪能させていただきましょう」


アリシア

「ねぇ、友樹(ゆうき)さんのハートを先にちょうだい?美咲さんのハートは、ちょっといただけないわ…」


アリシア

(M)『ワインを含んだ友樹のハートにアリシアが爪を立てる。そして、その直後、シエルが首筋に牙をたて、生き血を飲み始めた』


友樹

「ぅぐ…やめろ!っくそ…!」


アリシア

「あら、お父様…タイミングがピッタリね。うふふ…」


友樹「み…さ……」


アリシア

(M)『そして、友樹のハートをアリシアは取り出す。友樹は静かに息を引き取った…』


美咲

「やめて!お願い!友樹(ゆうき)…やだ…!いかないで、友樹!!助けて!死んじゃヤダよ!友樹…友樹ー!」


アリシア

「あとは、お父様のご自由に…。デュエル。お待たせ。さあ、美咲さん。少し待っていてね」


アリシア

「さぁ。これで私があなたのハートをいただいたら、ふたりは私の中でまた出会えるわよ?ふふふ」


美咲

「なに?どういうこと?まさか、私まで…?」


アリシア

「そういうことよ…!」


デュエル

(M)『《ズブリ》と鈍い音がして、アリシアは、鋼鉄のような爪を美咲に突き刺す。そしてアリシアは彼女の心臓を取り出し、そして、そのまま食らいつく…』


美咲

「ぅあっ…友樹…ゆ…ぅ…」


シエル(M)『鮮血を飛び散らし、美咲は命の火が消えた…ひと言だけ、愛する彼の呼び、なぜか安らかな顔をして…。友樹のために流した涙がキラリとひかり、そのまま瞼(まぶた)を閉じていた』


アリシア

「さようなら、美咲さん。意外と美味しいハートだわ。ワインと香水で血液も変わったのね…あとは、哀しみも…」


デュエル

「でも、結局アリシアの勘はアタリだったね。最初に邸(やしき)に入ってきた時は頭にきたけど、こんなにかわいい最後を迎えちゃって」


アリシア

「友樹(ゆうき)さんも、こんなにひねくれた女の子のどこがよかったんだか…」


デュエル

「さぁね。ボクにはわからないや」


シエル

「若さだね。ワガママなのは、家庭の事情だろう。美咲さんも、家庭の犠牲になったのだろう。原因は父親なのか、母親なのか…私たちには知らない、家族にしかわからない事情があるんだろう。まぁ、育ち方を間違えたね…可哀想に」


アリシア

「じゃあ、友樹(ゆうき)さんのハートもいただこうかしら。最初は美咲さんのこと、不味そうなハートだと思ったけど、涙の分は魅力があったわね」


シエル

「流した涙も、怒りも、強欲(ごうよく)な執着心も、いつかは流れて消える…」


アリシア

「今夜も、すべての出来事は忘却(ぼうきゃく)の彼方…みんな、忘れていくのよ。私たちは心臓がない分、長生きするのだから…」


シエル

「それこそ、私たち魔物(まもの)としての歴史が、忘却なのだよ…」


デュエル

「そうだね…いつかボクらも、この邸(やしき)から出ていくことはあるのかなぁ…」


シエル

「どうだろうね…」


アリシア

「…それこそ、記憶(きおく)は便利に作られているわ…やがて、土に還る(かえる)のか…灰になるのか…誰にもわからない…」


デュエル

「万能の夢を見られるなら、忘却(ぼうきゃく)も怖くないさ…。ボクは人の肉を食べて、食べて、食べて、食べて…そう…いつか遠い未来…朽ち果てるまで…」


シエル

「さて。今回はタクシーで訪問してくれて助かった…バッカス家への道を知っているドライバーは口が固いからな」


アリシア

「えぇ。お父様。あとはいつもの神木(しんぼく)に…」


シエル

「そうだな。神木の祠(ほこら)を使えば、衣類に付着しているDNAが燃えてその人物の情報が消える。その人物の存在が歴史から消えるから、何も怖いことはない。じゃあ、今日はもう休もう」


アリシア

「はい、お父様。お休みなさい」


デュエル

「あー疲れた!じゃあ、父上、お休みなさい」


アリシア

「あぁ、デュエル。明日の食事、楽しみにしているわ…ふふふ」


デュエル

「任せとけって!」


シエル

(M)『そしてまた、日本人向けの商品は、別の主(あるじ)を待ち続ける。今夜の出来事も、誰にも語り継がれず幕を下ろした…そう。来訪者ふたりのそれぞれの家族や関係者も、何事もなかったように、世界は廻る(まわる)…』

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