少女騎士団 第五話【前編】
少女騎士団 第五話
Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Fünf.
…………………………
女学校が終わるとボクたちは急いで寮に戻った。この後、一五二〇時から模擬戦を行うために第二基地へ移動するということだから、搭乗着に着替えて、夏隣の春の夜に身体を冷やさないようにジャケットを羽織る。ティーチャーに指示された荷物を用意しながら、ボクは今夜もキャンプだと予想して、わくわくする気持ちが止まらないのだ。「先に出るねっ」とリトに言うと「ファブ、今夜もいい子にね?」と、模擬戦での行動や行いに注意するよう促してくれた。本当にリトはやさしい。いつも様々なことに注意するよう言ってくれて、間違うと叱ってくれる。ボクが分からないことに答え、眠れない夜には抱きついて寝ることも許してくれている。リトの恋人であり、ハナミズキ二〇九号室分隊長であるシロクマのぬいぐるみのリヒテン曹長、親衛隊隊長でネコのぬいぐるみのベル少将に「いってきます!」と敬礼をして部屋を出た。
廊下でナコとイリアルの背中が見えたから「今日もキャンプだねー!」と大声を投げると、イリアルがボクを睨むように振り返り、指を「しぃーっ」と口許にあてて「ファブっ、キャンプなら前の作戦でしただろっ?」と額を指で小突いてきた。ボクは額をさすりながら、何をそんなに怒っているのだろう?と眉をしかめる。確かに前の作戦でキャンプはしたけど、だからといって怒るほどのことではない。いつだって、キャンプは楽しいものだ。明日も明後日も、毎日あっても楽しいことなのに、どうして、そんなに不機嫌なんだろう。イリアルはキャンプが嫌いなのだろうか。それともボクがこどもだから?
むずかしー。
模擬戦はボクたちの寮があるヘヴェデツ陸空軍共同基地から、二十二キロメートル離れた第二基地西側の演習場で行われる。そこまでボクたちは輸送トラックのホロで覆われた荷台に乗り込んで移動する。暗がりの荷台には後輩ちゃんの【キンモクセイ隊】が、すでに乗り込んでいてボクを見るなり眼を輝かせた。
「ファブせんぱい!よろしくお願いしますねっ!」
「あ、うんっ」
最近、寮に来た彼女たちはボクよりもすこしこどもだ。あれ?そういえば、キンモクセイ隊は前からあるはずなのに、どうして、今になってきみたちが来たのだろう。とりあえず、ボクはきみたちのせんぱい……先輩なのだから、しっかりしなければいけないと拳を握り決意すると「せんぱい!やっぱりかわいい!」と彼女たちが抱きついてきて、ボクの頭を撫でまわす。
先輩のボクを、こどものきみたちが……どうして?
トラックはA滑走路を並行して走った。ガタガタと揺れる荷台に低く大きな音が入ってきて、音の正体をホロの隙間から探すと、戦闘機が滑走路に入りプロペラを回転数を上げ走り始めたところだった。
「イリアルーっ!飛行機だよっ!」
あーはいはい、と、手振りだけで相手にしてくれなかったのに、ナコが隙間からのぞいて「あの戦闘機にティーチャーも乗っていたんだよ」と言った途端、イリアルも、リトも、ボクが見つけた隙間に集まり、みんなで飛行機を追う。翼が揚力を得て、ぐんっ、としなって、タイヤが滑走路から離れ、空に上がっていった。
「「「「おお〜」」」」
みんな声を上げたのだけど、よく考えれば、飛行機が飛ぶところなんて、滑走路があるここでは特別なことなんかじゃない。でも、ボクたちは特別な毎日をみんなで協力して生きている。今日という日を迎えられている毎日は特別なことなんだ。そんな特別な今日が続いている。
あの飛行機はどこに行くんだろう。ひとを殺しに行くのはわかっているんだけどね。どこまで殺しに行くのかなー?って気になるんだ。
基地を出て高速道路に乗り二十二キロメートル。何度かゲートを通過して薄暗い森のなかへと飲み込まれ……食べられるみたいに入っていくなと考えちゃったから、ちょっとだけ…………本当に森がボクたちを食べないか心配になってナコに抱きついていた。トラックが停まり「全員!降りるように!」と開けられたホロの外から発電機の音や軽油の燃える匂い、たくさんのひとの声と機械油、月華に使われる動力液の匂いが混じる空気が鼻をくすぐる。
薄ら暗く、湿った土の匂いがする森を踏むと、脚の裏がやわらかく、少し沈む。なんだか、それが不思議で脚を上げてブーツの裏を見ていると「落ち葉が積み重なって、土に還ろうとしているからやわらかいんだよ」とナコが教えてくれた。頭の上をおおう樹々の葉を見る。ああ、あれが新しいので、これは死んだやつか。いらなくなったんだね、きみたちは。
「うおーい、ナコっ、ファブっ!こっちだぜ!」
イリアルが呼んだトラックの影に隠れていたのは、投光器に照らされたボクたちの月華と二騎の燦華。あと四騎の月華には、ボクたちの月華とは違う花が描かれていた。あれが『キンモクセイ』なのかな?ナコに「ボクはキンモクセイを知っているのかなー?」と聴くと「樹に咲く切ない香りのする花だよ」と教えてくれる。でも『切ない香り』って、なんだろう?
「思い出しただけでも胸がきゅっとなるな」
「そう?私は好きだけど」
イリアルもリトも知っているっていうことは、ボクも知っているはずだ。だって、ずっと一緒にいるもん。いつ出会ったか思い出せないくらいに一緒だ。たぶん、ボクが『キンモクセイ』を思い出せずに切なくもならないのは、ボクがおとなかこどもか選べていないからだと思う。
簡易指揮所になっている大きなテントの中は、戦場で使われるときと同じように機器やひとの熱で蒸れていた。リトが「ハナミズキ隊!ただ今、到着しました!」と言い、みんなで敬礼をする。いつものように眉間にしわを寄せて、話をしていたティーチャーが金属製のマグカップを置いて、嬉しそうにボクの頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。
「ファブ!またやってくれたそうじゃないか!」
え?ボク、なんか褒められるようなことをしたかな?今日を思い返しても、そこにボクがしたいいことなんて、ひとつもない。イリアルが肘で小突いて、口をパクパク。
「あっ!えと………っ、ごめんなさい!ティーチャー、ボクっ!」
「謝らなくていい。私は褒めている」
ティーチャーは「時には意見をすることも大事なのだよ。兵士として、また………人間として」と、なんだか悲しそうな顔を一瞬した。ボクは謝ったり、褒められたり、おとなは怒ったり、笑ったり、悲しんだり………やっぱりおとなは難しい。
模擬戦の説明を受け、ティーチャーの燦華を先頭に、月華をあわせて五騎連なって森の奥深く入っていく。今回の訓練はキンモクセイ隊と条件を幾度となく変えて、朝まで何度も模擬戦を行うということだ。前を行くティーチャーの燦華から不機嫌な音声が通信帯に乗り、耳元のスピーカーから流れる。
『キンモクセイが新しい隊だからと言って、油断してかかるなよ』
キンモクセイ。
「ねえ?ナコ。キンモクセイには、どんな言葉があるの?」
普段からナコはお花の話をたくさんしてくれるから聴いてみたのだけど、なんだか無線のノイズに混ざって、戸惑う感情や声の震えを隠すようにキンモクセイの花言葉が聴こえてきた。
『謙遜、真実、陶酔……』
途中まで言って言葉に詰まったようだった。『……えとね?あの………』と戸惑うノイズ混じりの声。ああ、そうか、今は訓練中だ。これ以上、ナコにお話させてるとナコがティーチャーに叱られる。
「ナコは物知りだなあ」
そう言うと、いつものように『たまたま花が好きなだけだよ』と照れるんだ。
そういえば、ボクたち【ハナミズキ】の花言葉はなんだろうなあ?
三〇分進行したところで、ティーチャーの燦華からピンク色の煙が上がり歩行が停止した。ナコが『ティーチャー?なんですか、これは?』と呼びかけても返事はない。すると、あの大きなテントから無線で呼びかけられ、
…『こちらカニクイギツネ。君たちの隊長は行動不能となった。しかし、模擬戦は続行する、繰り返す、模擬戦は続行する』
なるほど、今回の状況は指揮を与える隊長のロスト下で対応する訓練と試験だ。
『ティーチャー!返事を!』
ねえ?ナコ?
…『姫!回線が切られているよっ』
『イリアル……』
…『ティーチャーは放棄しよう』
『リト!』
ねえ?ナコ?どうして、あなたは……
…『姫?狼煙が上がる場所に張り付いて一緒に死ぬか?』
『イリアル…っ、そんな…………』
「そうだよ、ナコ。これは仕方がない」
そう、こういう場合は放棄して進むべきだ。それが最小の損害で済む確率を上げる選択なんだ。
「ナコ、本当にティーチャーが死んだんじゃないよ」
ねえ?ナコ?どうして、あなたは、こんなにもティーチャーに一生懸命なの?
ティーチャーを放棄して、最初の目的地点へ進んでいく。イリアルが『誰が指揮を執るかを決めないといけないな』と提案した。その提案にボクも賛成だ。ばらばらに思考していたのでは、有事の対応速度が遅くなり、混乱に陥れば立て直すのは、ほぼ不可能。だから、強力な決定権を持つリーダーの存在を作っておくことが必要だ。
…『一〇秒後に投票を行おうか』
投票制にも賛成。
…『十秒だ。投票開始、三、二、一』
『『『ファブ』』』「ナコーっ!」
え?あれ?ボク?
…『ファブ三、ナコが一で指揮権をファブに移行することが決定!これからハナミズキの指揮権はファブにある』
「えーっ!?ボク……っ?なんでっ!?」
…『ファブは冷静で、的確な判断が速さをもってできるからだよ』
…………………………
発煙筒だけを置いて指揮所に戻るとハナミズキ隊の燦華があった。大きなあくびをしながらテントに入り、金属製のマグカップに熱いコーヒーもどきをたっぷり注ぐ。黒い液体に映る寝不足のひどい顔には、コーヒーもどきの黒にも負けないクマができているではないか。液体をすすり唇を火傷させ、無線交信や記録機、通信式位置情報機器に張り付く観測士たちに、あくびをしながら聴く。
「キンモクセイは待ち伏せを選んだようですね。対してハナミズキは動いている」
「面白いですよ。ハナミズキは古参の陸兵みたいだ」
ハナミズキは二騎一組で動いているのか……。一騎が前衛で、もう一騎は後方から長距離を警戒した防御的な役割……?さらに組のなかでも前衛後衛を入れ替えながら、組同士の位置すら入れ替え移動をしている。両組で違う動きをしながら展開………か。
「特殊部隊とは真逆ね……」
統率が取れていないようで取れている。流動的な戦術が用いられるスポーツでもしているような動きだ。
『こち……ナコ。イリアル、何か見え……?』
…『ザッ!や、何も』
…『……ちらリト。恐ら……ッ騎は狙……ようとしてい……ッ』
位置情報機器のモニタ上では目視できないほど、キンモクセイとの距離が離れているのに、ハナミズキの隊員はキンモクセイが潜む選択をしたのが分かるのか?狙撃が得意だと聴くリト騎を前で展開する三騎より後方に置いて防御の要にしている。流動的ながら前の三騎で組み立て動いているのだと思っていたけれど、もしかして、規則性がない?
……子どものくせに、効率よく人を殺すことに慣れやがって。
「アサカ大尉は?」
「外で会いませんでしたか?」
眼をこすりながらテントを出て煙草の匂いをたどる。人の眼につかないテントの裏で倒木に座り、葉の隙間から見える五月の薄い月を見上げる煙草の光を見つけた。
「アサカ大尉、こんな暗い所で?」
「いちいち一喜一憂する技術者や観測士たちの雰囲気が肌に合わなくてね」
煙草を咥える不機嫌な横顔は少女たちの事など考えてもいないんだろう。
「技術屋たちにはノイズでも『見える』のかもしれないが、私にはサッパリだ」
「確かに、彼らはノイズの中に見ているようですね」
彼の隣に座り煙草を取り出した。大尉が少し驚いた顔で「君は嫌煙家だっただろう?」と言う。それもそのはず、大尉は知らない。
「……人は変わります。今は吸うんです」
模擬戦といえども緊張で手が震え、上手く煙草に火が点けられない。横から大尉がオイルライターの火を差し出してくれた。
「話は聞いている、残念だった」
私は十四ヶ月前にキンモクセイ隊に所属していた少女たちを失い欠番させ、一度、隊を整えるために解散させてしまっている。四人の少女のうち二名死亡、二人が生き残り病院にいる。一人は意識こそあるが医者曰く生涯動くことはない。もう一人は…………『壊れた』。
「戦争ですから」
都合のいい言い訳だ。そう言い聴かせて自分の心を守っている。あろう事か、たまたま戦術的な理由で、私だけが離れた場所に待機していたため難を逃れた。
「大尉は彼女たちを信じているんですね」
私と違い、落ち着いている大尉に苛立っていた。だから、嫌味を言ったつもりだった。
「気にしていても仕方がない。簡単に死ぬような部下を選別するのに模擬戦は丁度いい」
その言葉を選び発した彼を睨む。
「鼻先に弾丸が飛び交っている。綺麗事を並べるようなことは出来ないからな」
睨む私に対して、大尉は私の眼の奥を見て、
「ナタル大尉。君にその自覚がないなら隊長職を辞した方がいい」
相変わらず、心が……ここにない人だ。大尉ではなく、他人が使っている心地のいい言葉ばかりを借り、次々と出してくる。不機嫌な大尉の声で発せられるやさしさに騙されてはいけない。いつも、彼のやさしい言葉は警戒心をも騙し、高い塀と近衛兵の間を縫って、身体の奥へと沁み渡ろうとする。言葉選びだけが上手なだけだ。突き放せば、突き放すほど、隙ができるというのも分かっているのに、抵抗しながらも侵入を許す言い訳を探してしまう。
「まだ負担を感じる余裕があるうちに辞めた方が、君や君の心を壊さなくて済む」
駄目だ。彼は心地よすぎる。
「……やさし…………いんですね?」
「君ほどやさしくないよ。心を取り繕うほど守るものもないだけだ」
「守るもの………ですか?」
大尉は「そうだ」とだけ言って、空に煙を吐いた。
煙、葉の香り、不機嫌な横顔、うつろな眼。
彼は危険。
「最近っ、いやっ!彼女たちを失ってから、夜がっ、うまく眠れなくて……っ!」
突然、私の防衛線が崩壊し、大尉の侵入を許してしまった。大尉のような人間だけには、と思っていたのに、本音を吐いて楽になり、気が付けば胸の中で泣き喚き、安堵し、肩を抱かれながら腕のなかで少し眠ってしまっていた。
彼は、危険だ。
…………………………
少女騎士団 第五話【後編】へ続く。
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