少女騎士団 第四話【後編】
少女騎士団 第四話【前編】続き。
…………………………
ガロッガガロッ!ガロッ!少し不器用なアイドリングに甲高く空気が動く音が重なっていた。「荷物があったのでね」とハッチバックドアを閉めるなり、くすんだシルバーのヒュンフクーペ・コンプレッサのオーナーは煙草に火を点す。
「エド、君はいい仕事をした」
「え?……ああ、まあ結果的にですが」
彼が言ったのは、以前、受けた取材の見本から感じた違和感。それから陸軍省情報局を動かして編集長の身辺を探ると、あろうことか内閣府情報収集分析局にまで眼をつけている人物で【箱庭】や【躾】などを重点的に調べ、少女の周りをうろついている痕跡が掴まれていた。少女騎士団にとって『不都合な事実』を収集し、定期的にコレクションを自慢する、そんなよろしくない趣味を持っていたのだ。そこで鈴を付けることになったらしいが、その鈴が鳴ったのか鳴らなかったのか、そして、どう扱わられたのかは、私の知る範囲ではない。
「さらに編集長が飛び、あの記事の掲載を許すなんて、実にセンスのいい皮肉だ」
その褒め言葉に何も言わず、微笑んで見せる。すると大尉が「君は怖いな」と不機嫌な眉で微笑んだ。
「さてエンジンも暖まっただろう。誰もいない根城に帰るか」
「それって誘ってます?」
少し本気で投げた冗談めいた声に隠した言葉。それに貴方が少し驚く、その眼が好きだ。「馬鹿馬鹿しい」と、ため息と一緒に吐く不機嫌な声が好きだ。
「私の城は何人たりともに汚されたくない」
そう言って城の主人は運転席に吸い込まれると、いつか大尉が言っていたドアの閉まる音が違うというのは本当だった。
ガロッ!ゴロゴロッ!ガ、ガロッ!コンプレッサの不機嫌なエンジン音は大尉に似ていると言ったら貴方は笑うのだろうか。低く見下ろす窓の中から大尉が言う。
「クーペもいい音はするとはいったが、好きな音だとは言ってない。
三三に乗る前からコンプレッサに憧れていたのだ」
全く、本当に貴方は負けず嫌い。翌日、荷物の無い貴方は、いつも通り電車通勤だった。
…………………………
ゆらゆらと泳ぐ。
ボクは虹色のサンゴの破片や星色のヒトデと貝を集めるのに夢中になっていた。今日も大漁だ。この光を持って、みんなに見せよう。もし、お気に入りがあるならお裾分けをしよう。頭の上で何かが、パッ、パッ、と光るから気になって見上げると水面が揺れていて、気が散る。月がドボンっと海に落ちて、海で休んでいた太陽が勢いよく空に飛び出したから海の中が薄暗くなった………ああ、そうか、朝だ。空が照らされ青くなっていき、お魚さんが泳ぎ始めるから、ボクは急いで水面に上がろうとするのだけど、うまく泳げない。
「魚でも人魚でもないものね」
お魚さんが言った。
「もしかしたら人間でもないのかも」
クラゲさんが笑う。
さっ。
すぅ、ぱっ。
「…………?んー……?…………朝ぁ?」
そう、朝だ。眼が開かないから、ついまぶたをこすってしまってリトに叱られる。眼を覚ますために顔を洗うのだけれど、濡れた顔は、いつ眼に水が入るか分からないから眼が開けられない。だから、タオルの場所が分からずパジャマで拭いてリトに叱られる。頭がふわふわしていて、どこを歩いているのか分からないから寮長にぶつかって叱られる。あと、あとからリトにも叱られる。ベッドの中じゃ、いつまで経っても眠気なんて覚めないから、みんなの匂いがする食堂に向かいボクの一日が始まるのだ。
「おはよう、ファブ」
今朝もナコがいた、おはようナコ。
「ファブも紅茶飲む?」
色んな紅茶を混ぜ混ぜした『ナコの紅茶』大好きだよ。
「のみゅ……ありかとーなこぅ…………」
朝の言葉たちは、もつれ合いうまく気持ちを伝えてくれない。ボクの脚ももつれるから、うまく歩けないし、ふらつくからナコがボクのために椅子を引いてくれるんだ。本当にナコは素敵なおんなのこだと思……
ガンっ!
椅子に座ることはできたのだけど、すぐにテーブルに突っ伏したい頭の降下速度が速すぎて着陸に失敗した。飛行機なら滑走路にべったりと弾け、火災を起こし燃えている。四分の一くらい開けたまぶたの向こうに後ろ姿の…………が、お湯を沸かしている。すーっ、と空気を吸い、匂いを嗅ぐ早朝のキッチン。パンとスープ……あと………今朝はいないの?………あれ?いない?あ、ちがう、ここは……?そうだ、寮だ。だって、食堂の匂いとみんなの匂いがするもん。そうだ、ボクは、もう…………じゃない、そこにはいない。この匂いはナコじゃないか。やっぱりナコの匂いが一番好きだなー。……んー?なんだろ?この匂い。眼を閉じたまま手で探ると、隣の椅子に薄手の高級な生地の感触を発見した。その高級な生地から煙草とコーヒーと硝煙と少しの香水の匂いがする。
「この匂い……あ……ティーチャーだー」
「はい、紅茶。えっと、ね?もう温かいのに借りちゃって……ね」
嬉しそうだなあ、ナコ。ふふ、かわいい。
「あ!ダメだよ!枕にしちゃ!」
ボクたちのハナミズキには、いくつかのルールがある。そのひとつに朝食と昼食は『みんなで集まって食べる』だ。だから、寝坊常習犯のイリアルが今朝も起きてこないから、なかなか朝食に手がつけられないでいる。
「ああっ!ごめんっ!先に食べててもよかったのに!」
それはルール違反だからダメ。絶対にダメだ。
「急いでっ!登校時間がっ!」
「だから!先に食べてろってー!」
みんなで競争のように食事をして、部屋に戻り学校に行くための身支度を整える。ボクは制服のネクタイが上手く結べないから、いつもリトに結んでもらうのだけど、今日はリトが鏡の前で、いつもより、ちょっとだけ長く髪をとかしていた。
「リトー?」
「うん、今行く」
最近、リトの匂いが変わった気がする。後ろから抱きついて綺麗な髪に顔をうずめた。
「ちょっ!ファブ!くすぐったいから!」
「んー!ちょっとだけ!」
匂いを嗅ぐ癖をみんなが嫌がるときがあるけれど、大切なことなんだよ。匂いは嘘をつかないから、安心を手に入れるためにすることなんだ。たとえ、香水をつけてごまかしていても、ダメ。香水はドレッシングのような物だから、食材本来の味を変えることができないのといっしょ。髪に顔を埋め、抱きつくボクをリトの恋人であるシロクマのぬいぐるみ、二〇九号室分隊隊長リヒテン曹長が睨んでいた。
だいじょうぶ、リトは取らないよ。
でも、リトがボクを選んだら…………?
「あれ?ファブ、また眼鏡変わった?」
ナコが気付いてくれた。そう、これは一昨日の午後に名前の知らない後輩ちゃんから「せんぱい!プレゼントです!も、もし!よければ、わ、わたしと……!」と何か言われたけれど、それは断り、プレゼントはもらったのだ。
「どうして、ファブは眼鏡をかけるんだ?伊達だろ?」
「イリアルはわかってないなあ!頭がよく見えるでしょー!」
伊達でも眼鏡をかけるのには、もうひとつの理由がある。どうやら、みんなと違ってボクは子どもっぽく見えるらしい。だけど、眼鏡をかけると『お姉さん』っぽくなるらしいからだ。だから、登校するときには後輩ちゃんたちに対し、先輩としての威厳を保つために眼鏡をかけるようにしている。
「ファブはどこでも人気者だよなー」
「餌付け……も、されてるよね…………?」
みんなが苦笑いしている。実は内緒で学校の教職員さんや事務員さんからも、たくさんお菓子をもらうし、廊下を歩けば色んな教室から声がかかり、これも内緒で持ち込んでいるおやつをもらうことがあるから大変なのだ。
ハナミズキのもうひとつルールは、学校も一緒に登校して、一緒に授業を受けて、一緒に帰る。毎日同じことが続くのだけど、ルールを守ることは大事なことなのだ。あと、楽しい。
「【南方二州五県放棄措置】は、近年稀に見る政治的英断と言えます……」
今日の近代史だけど授業内容は、近代も近代、たった二十年くらい前の話。史学において、二十年なんて時間は時事的すぎるから学問になるのだろうか。
「……公国軍による本国南方海岸線への侵攻に対して、
防衛拠点が少なかった我が国は、民間人の多い南方二州五県で、
無為な戦闘を避ける為に取られた措置です。
また同時に戦線を伸ばさず、措置後は南方側緩衝地帯に軍備を集中させ、
安定化を図る準備期間でもありました。
公国軍による実行支配が成される前に、
防衛線が完成した点も評価すべきでしょう……。
……どなたか質問は?」
「はいっ!」
何故だろう、いつもボクが手を上げると一部のクラスメイトが、くすくす、笑いだすし、いつもハナミズキのみんなが心配そうな顔をして、ほとんどの授業の、ほとんどの教師が顔をしかめるんだ。
「んっ……サクアさん」
「南方二州五県放棄措置は第三国視点からの客観的評価が皆無に等しく、
戦争自体も継続しているために信頼性の高い検証もなされていません!
また締結されたばかりなので、史学として評価をするには早く、
学問として扱うには時事的すぎると思いますっ!」
隣の席のイリアルがスカートを軽く引っ張る。ボクが「ん?なにー?」と言っても、何も言わず、口をパクパクさせるだけなのだ。
「……では貴女は、この判断を評価しないと?貴女なら、この問題をどう判断するのですか?」
「評価しないとは言っていません。
『学問』として扱うには早すぎると言ってます。
ボクの場合は事後判断ですので、判断材りょ……」
「そう、貴女は公国軍侵攻のときには、まだいなかった。よって、貴女が判断するには利があり過ぎる」
「はい、その通りです!では、先生のお考えをお聴かせください!今後の参考にします!
我が国が南に侵攻し連邦として併合した時点で防衛リスクが高まったはずが、
何故、今日のような南方防衛線や防衛拠点を整備しなかったと、お考えですか?」
「それは…………」
どうして、そんな険しい顔で黙るんだろう。ただ、先生の意見を聴いているだけだよ?
「ファブ、やめて」
今度は左隣のナコが制服を引っ張る。どうして?ボクは知りたいだけ、ちゃんと考えたいだけ、そのための多角的な意見が欲しいだけだ。疑問があるから質問しただけで、ちゃんと先生が許した範囲で発言してるのに……。
「おとなは難しー……」
学校の食堂で一緒に昼食を食べる。これもみんな揃わないと食べてはいけないルール。だから、今日みたいにボクが教職員室に呼び出されたり、叱られる時間が長かったりすると、みんないつまでも食べれない。そういうルールだから。
「そう。おとなは難しーんだよ、ファブ」
頬杖をついてフォークを空中でくるくるしながらイリアルが言った。そうか、みんなおとなが難しいことを知っていて、面倒なことになるから注意してくれたのか。
「でも、ファブの言うことに一理はあるよね。
結局、南方二州五県放棄措置で何が成されたのか……。
脱出した民間人の正確な数字がないって聴くから」
「おいおい、ナコ姫まで……」
「ティーチャーって南方二州出身みたい……」
「だから、あたしたちが眼を付けられるんじゃないのか?」
「そんな事で私たちにあたるなんて大人は面倒ね」
「いつもリトは他人事だな」
だから、近代史と生活指導の教師がティーチャーに吹き込まれたのか、とか、これだから南国出身は、とか悪口を言っていたりするのか。でも、ハナミズキのみんなはティーチャーの悪口を言わない。
みんなはこども?
それとも、おとな?
ボクはどっち?
…………………………
私が食事から戻ると大尉が窓辺で煙草を吸いながら、電話口で何やら対応をしていた。コーヒーを淹れる私に、口の動きで「いつものだ」と言って意地悪に口許が歪む。
「はい、ファブ・サクア准尉には十分注意をしておきます」
神妙な声と表情が一致していない。大尉が左手で持っていた受話器を置くと大きく煙草を吸って、窓から空に向かって煙を吐いた。そして、表情が崩れるのを隠すように煙草を挟んだ手で顔を覆い、押し殺しながら笑う。
「嬉しそうっすね?」
シュタイン少尉が書類から手を止め大尉に尋ねる。窓を背に逆光の中から「まったく愉快だよ、ルカ」と、また表情を崩し煙草を灰皿に押し付け、口許を意地悪に歪ませた。
「今回は何をしました?」
「近代史だ。南方二州五県放棄措置に『意見』したそうだ」
「それは、それは」
大尉とシュタイン少尉のやり取りの横から、新しいカップに淹れたコーヒーを大尉に差し出した。さすがに朝から同じカップで、何杯目か分からない冷めたコーヒーは不味いだろうから。
「大丈夫なんですか?」
「それはどういう意味だろう?ホムラ中尉?」
「大尉に召喚状が届いています」
貴方が大きく笑った。
初めて見る、大きく開いた口。
私たち四人の心配する表情をよそに、貴方は楽しそうだ。
「全く、大人は難しい」
そう言って不機嫌な目つきで笑う。
…………………………
少女騎士団 第四話終
D as armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Vier Ende.
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