第4話 制服は女の子の憧れ
なんだか恥ずかしくて言えなかった。
『ご主人様、私、明日からご主人様のクラスメイトになりますっ!!』
『これからは学校では一二巳くんって呼んでもいいですか?』
『これからはご主人様がお弁当を食べるのそばで見られますね』
少なくとも前日の夜までには一二巳くんには伝えるつもりだったのだけど、一二巳くんに嫌な顔をされるのが怖くて言い出せなかった。
一二巳くんを見送った後、私は『日向のスペース』と書かれた段ボール箱を開けると、中から下ろし立ての制服を取り出す。一二巳くんの学校の紋章が刺繍されたブレザーを手に私はうっとりとそれを眺めた。
可愛い。
今日から私も女子校生になるんだという実感が湧いてくる。もちろんこれまでも高校生だったのだけど、通信制高校はめったに登校することなんてないし、友達もできないし、自分が高校生だって実感はあまりなかった。だから、こうやって見た目も女子校生になれるのがすごく嬉しい。
この服を着て一二巳くんと一緒に勉強したり、寄り道したりしてみたいな。
制服を見ているだけでそんな妄想が勝手に膨らむ。
一二巳くんと駅前のゲームセンターでプリクラを撮ってみたり、タピオカを一緒に飲んだりしてみたいなぁ……。
もしも私が一二巳くんのクラスメイトになったら、一二巳くんは私のことをメイドとしてではなくてクラスメイトとして接してくれるかなぁ……。
ちょっと不安もある。それに私はご当主様から高校へ通えとは言われたけど、一二巳くんの友達になれと言われたわけではない。
私の役目は一二巳くんを陰ながらサポートすること。確かに少し浮かれちゃってるけど、そのことは忘れちゃダメだよね。それに私にはもう一つ任務があるわけだし。
一二巳くんに学校で恋人を作らせること。
それがご当主様からのもう一つの命令だ。どうやらご当主様、つまりは一二巳くんのお父様は一二巳くんの社交性の乏しさを憂慮されているようだった。確かにそう言われてみれば一二巳くんは少し人見知りなところがある。私が初めて一二巳くんと出会ったときも一二巳くんはお母さまの背中に隠れていたし、一二巳くんとお話しできるようになるまでにはかなり長い時間がかかったような気がする。
私はそういうところも含めて一二巳くんのことが好きだけど、確かにお父様のお仕事を継ぐならば、それ相応の社交性も必要になるのは私にも理解ができた。
そういう意味でも学生の間に恋愛の一つや二つはしておいた方がいいというのも頷ける。
だけど……だけど、この命令はなんだかやだな……。
私は一二巳くんの家でメイドとして働かせてもらっているだけで幸せだし、一つ屋根の下で一二巳くんと一緒に生活できるなんて夢みたいな話だけど、一二巳くんの恋人作りのお手伝いはやっぱり気持ちが乗らない。
ご当主様の言う一二巳くんの作るべき恋人の中に私は含めてもいいのかなぁ……。
そんなこと恐れ多くてお父様には訊けなかったけど、できればその中に私が含まれていることを信じるしかない。
「と、とにかく一二巳くんが一緒にいたいなと思ってくれるクラスメイトにならなくちゃっ!!」
自分にそう言い聞かせて私は立ち上がる。そして着慣れたメイド服を脱ぎ捨てる。下着姿になった私はブラウスを身に着けると、姿見を眺める。
あ、あれ!? なんだか少しブラが透けてる気がする……。それに胸元も少し窮屈な気がする……。
なんだか第二ボタンが左右に引っ張られてる気がする。学校でボタンが弾けなきゃいいけど……。
次に私はスカートを手に取ると、それを履いてみた。だけどスカートの丈が膝の近くまであり少しもっさりしている。ウエストを何度か折って調節すると、いい感じの長さになった。
そして最後にブレザーを羽織ってリボンを首に巻くと、私は再び姿見に目をやった。
わ、私、女子校生になってる……。
それがなんだか嬉しくて思わず頬が綻んだ。なんだか制服を着ると女子校生になった実感が凄く沸いてくるっ!!
一二巳くん、可愛いって言ってくれるかなぁ……。
なんて期待しつつも私は学校での身の振る舞い方を考える。
きっと一二巳くんは自分の家にメイドがいるなんてクラスメイトに話していないと思う。だとしたら、私が一二巳くんのメイドだってことは他の子には絶対に秘密にしてなきゃだめだよね。変に馴れ馴れしくし過ぎると、怪しまれるし最初は普通のクラスメイトとして振る舞わなきゃ。
家では一二巳くんが好きな意地悪なメイドさんを演じてるけど、学校ではどんな風に一二巳くんと接したほうがいいんだろう?
そんなことを考えていると急にまた不安になってくる。
学校でも一二巳くんには意地悪でいた方がいいのかな? だけど、あんまり意地悪にしすぎると悪目立ちしちゃいそうだし、結構難しいなぁ……。
そんなことを考えながら私は姿見を眺めて髪にヘアピンを付けようとした。
のだが、
「あっ……」
私は誤ってヘアピンを落してしまう。床に転がったヘアピンはそのまま一二巳くんのベッドの下へと転がっていく。私は慌ててその場で四つん這いになるとベッドの下を覗き込んだ。幸いなことにヘアピンは手の届く位置に転がっている。私はベッドの下に手を伸ばそうとしたのだが……。
「あ、あれ?」
私はベッドの下にヘアピンとともにもう一つ何かを見つけた。それは見たところA4サイズの茶封筒だった。その茶封筒は一二巳くんのベッドにガムテープのようなもので張り付けられている。
それを見た瞬間、私は何か胸騒ぎがした。
明らかに隠すように張り付けられた茶封筒。
こ、これって……。私はヘアピンを拾うのも忘れて恐る恐る茶封筒へと手を伸ばす。そして、丁寧にガムテープを剥がすと、その封筒を取り出した。
なんだかこの茶封筒、分厚いんだけど……。
その大きな封筒はちょうど漫画本一冊分膨らんでいた。私は、悪いなとは思いつつも封筒の中に入った物を取り出すと、それに目を落した。
や、やっぱり……。
それは私の予想通りえっちな漫画だった。漫画には安定のブックスオフの値札が貼られている。もちろん、一二巳くんがえっちな漫画をどこかに隠しているのは想定していた。だけど、私はその漫画に書かれたタイトルに度肝を抜かれた。
『学園の天使様、俺の前では堕天使様』
な、なにこれ……。
私は慌てて漫画をペラペラと捲る。そして、愕然とする。
細かくは読んではいないけど、その漫画は愛らしい笑顔でクラスメイトからは天使と呼ばれている美少女が、主人公の前だけでは本性を露わにして、主人公のことをえっちにイジメるという漫画だった。
どうやら私のご主人様は、心の底から変態さんみたいです……。
私はそっと漫画を封筒に入れて、元の場所に戻すと立ち上がる。
そして私は一つの推理をする。普通に考えてベッドの下が危険だってことは一二巳くんにだってわかるはず。だって、私、いつも掃除してるんだもん。いくらベッドのフレームにはり付けてたってそのうちバレるのはすぐにわかるはずだよね。
それなのにわざわざこんなバレバレの場所にえっちな漫画を隠す理由、それは一つしかない。
それは私にバレるように隠している。
もしかして一二巳くんは、私が一二巳くんと同じ高校に通うことを知ってるのかな?
そのうえで私に学校でこんな風に接してほしいってことを伝えるためにわざわざこんなところにえっちな漫画を隠してるってこと?
だとしたら、私がやるべきことは……。
「わ、私、学校でも一二巳くんのことイジメる。他のクラスメイトの前では天使のフリをして、一二巳くんの前だけでは意地悪でえっちな女の子になってみせるっ!!」
私はそう心に誓い、学生鞄を手に取った。
一二巳くん、待っててね。私、一二巳くんにとって理想の女子校生になってみせるからっ!!
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