売国王子ジャムシード

きょうじゅ

 ハイ・エルフの王家にが産まれるのは、およそ三百年ぶりのことであった。女王モダーナがはらを痛めたその子は、センテンティア姫と名付けられた。


 今は治世に直接関わることなくただ権威的な立場に過ぎないとはいえ、しかし大陸で最も高貴な種族であるとされるハイ・エルフのこの慶事に、どの国もどの種族も沸いた。民衆は人々はセンテンティア姫を一目でも見たいと願い、多くの朝貢品を捧げた。


 もっとも、誰もが知るようにハイ・エルフは非定住の民であるから、こうたり得る品には限りがある。金銀やミスリル製品は重量物であるから論外として、美酒や美食のような消費嗜好品、高い霊力を持った魔導具、それに嵩張らない貴石などが好ましい。


 ウッド・エルフの王からは、その年に醸されたうちでもっとも出来の良い霊酒ワインが。ドワーフの王からは、百年ほど前に採掘され行き先が取り沙汰されていた秘蔵の金剛石アダマンタイトの原石が。そして魔物たちを統べる魔王からは、先代の魔王の魂から精製された闇宝玉ブラックオーブが捧げられた。そのほか、挙げていけばきりはないのだが、しかしここに並べて特筆すべき品がもう一つ、あった。


 それは、大陸の東南ヴォクム王国の第三王子ジャムシードが、龍王ヴリトラを討伐して手に入れた龍眼ドラゴンズアイである。生きた、そして若く健康な龍からくり抜れた龍眼は途方もない魔力を有する。ただし、若く健康な龍を討伐するということがどれほど危険で無謀であるかということは言を待たず、従って当然ながら、およそ金銭には替え難い価値がそれには秘められていた。


 それと引き換えに、ジャムシードは彼のほかには魔王一人しか許されなかったセンテンティア姫との直接の謁見が許されることになった。ハイ・エルフは長寿の種族であるが、幼年期はヒト族よりも短い。流石にまだあどけなさが残ってはいたが、しかし既にして確かに美しい少女の姿で、彼女はジャムシードにその手の甲を差し伸べた。


「勇者ジャムシード。口付けを許します」


 その声は決して優しくも温かくもなかった。だが、少女の幻映の如き美しさは、一瞬でジャムシードの心を奪い去るに十分であった。ジャムシードは少女の手を取り、恍惚とした表情で言葉を連ねた。


「センテンティア様」

「なに」

「お願いです。私の……私のすべてを、貴方様に捧げさせて下さい」


 勇者ジャムシードは愚かであったが、決してヒトと交わらないハイ・エルフの姫に直接求愛の言葉を訴えかけるほどまでのことはしなかった。何故なら、それは無論、無意味だからである。


「そう」


 センテンティアは興味もなさげに、しかしこう続けた。



 こうして、ジャムシードの運命は決まった。

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