第6話 旅立ちの朝

 朝六時。太陽が昇ったその時間にヨハンは目が覚めると、朝食にパンを二つ取ってから、近衛隊で支給された具足下と皮の鎧と腰当てを着用し、予めこの日のために用意していた道具袋と、国王より贈呈された鉄の剣を腰に下げた。


「よし……」


 鏡で身嗜みをチェックした後、ヨハンは昨日書いた手紙を封筒に入れてから手に持ち、自分の部屋を出て居間のテーブルの上に封筒を置いた。


「母さん、行ってきます」


 その先で寝ているであろうジュノの部屋に向かってヨハンは挨拶を述べると、踵を返して玄関に向かい、家の扉を開いた。


 外では昇りたての太陽がグランドームの白壁の町並みを照らし、白く輝いている。


 ヨハンにとってこれらの風景はいつもの日常の一つなのだが、しかし今日この日に限っては、その風景もどこか特別なもののように彼の目には映った。


 家の前の路地から出て、城と城下町の正門とを真っ直ぐに結ぶメインストリートに出ると、ヨハンは城下町の正門に向かって真っ直ぐ南に進んでいった。


 早朝でありながら本通りには人の行き交いがあり、特に商人達が競りで仕入れた荷物を荷車で引いたり、馬車で引いたりして自分の店に戻っている姿が多く見られた。


 途中すれ違う商人の中にはヨハンが世話になった者もおり、挨拶を交わしながら進んで行くと、町と外とを繋ぐ城下町の門が目と鼻の先に見えてきた。


 普段は開きっぱなしのこの門だが、立派に関所の役割も果たしており、また非常時になると門は閉ざされ、城下町を守る砦と化す程に強固な武装がされた立派な門であり、普段のこの時間帯なら人の出入りも少なく、門番が立っているくらいなものなのだが、今日は違う。


 門の周りにはキッチリとした兵装を装備した兵士が二十人くらい道の端に沿って並んでおり、その兵士達はどれも見たことのある顔ぶれだった。


「お前達……何でここに?」


 そう、その兵士達とは近衛隊の兵士全員だった。


「国王陛下の命により、ゼロ隊長をお見送りせよとのことでしたので、こちらで待機しておりました」


 先頭に立っている、次期近衛隊長のオリエットが背筋から足元、手元までピンと真っ直ぐ伸ばして答えた。


「お見送りって……私がいつこの門を通るかなど、陛下には伝えてなかったが?」


 ヨハンが首を捻ると、オリエットは「ハッ!」と勢い良く返事し、受け応えた。


「ゼロ隊長ならば、早朝までには必ずこの門を通って旅立たれるだろうと我々で予想し、ここで待っておりました!」

「おいおい予想って……もし私がもっと遅くに出たらどうするつもりだったんだ?」

「その時は隊長のご自宅付近にまで向かい、待機する次第でありました!」

「自宅の前って……危うく近所迷惑になるところだったってことか」

「そんな迷惑を掛けるようなことは致しません! ただ隊長が出てくるまで、整列してしずかに待機する予定でありました!」

「静かにしておけばいいってもんじゃないだろ。他人の家の前に十人も二十人も人が並んでたら、それだけで迷惑だと思わないか?」

「……迷惑であります! 申し訳ありませんでした隊長!」


 自分の過ちに気づいたオリエットは、すぐさま体を斜め四十五度に真っ直ぐに傾けて、謝罪した。


「今後気をつけるように」

「ハッ! 心得ておきます!」


 オリエットの馬鹿正直な態度を見て、ヨハンは大きな溜息を一つ吐いた。


 オリエットの考える作戦には少々難があり、彼は昔から考えるよりも先に体が動いてしまう実働タイプだったので、その結果、彼の考案する作戦には詰めが甘い部分がよくあった。


 しかしそういう欠点がありながらも、実直で、近衛隊員からの人望もあり、剣術も隊員の中ではトップクラスの腕の持ち主だったので、ヨハンは彼を自分の後釜に据えたのだった。


「それでは隊長……ではなく、えっと、勇者ゼロ殿の旅に栄光があらんことを! 一同! 構えっ!」


 オリエットの掛け声で近衛隊員は一斉に腰に下げた剣を抜くと、対面に居る隊員同士で剣の刃先を合わせた。


 合わさった剣の切っ先には朝日の光が宿り、まばゆい煌めきが辺りを照らす。


「直れっ!」


 再びオリエットが号令をかけると、隊員達は一斉に剣を引き、グリップを握った手元は胸元より少し下の位置に持っていき、剣先は空に向かって真っ直ぐに立てられた。


 ヨハンはそんな剣を持った隊員達の間を通り抜けて行く。隊員達は通過していくヨハンへエールを送り、ヨハンも一人一人に「ありがとう」と感謝の言葉を述べた。


 隊員達の隊列を抜けたヨハンは、城下町の門の前に立つと、そこには近衛隊とは別に二人の門番が居た。


「お気をつけて」

「ありがとうございます」


 二人の門番が道を開くと、ヨハンは門を潜って遂に外の世界へと出た。


 目の前にはグランドーム平原が広がっており、草木が風に吹かれて、葉が揺れ動いている。


 この広大な平原を見て、ヨハンはこれから始まる冒険へのワクワク感に思いを募らせながら、長い旅の一歩を踏み出したのだった。

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