三日目
Ⅰ
翌日、目を覚ました俺はすぐに自分がこの酷いゲームの中にいることを思い出し、憂鬱になった。同時に自分が生きていたことに少しほっとする。
昨日、神楽と御剣の主導で草薙が吊られ、二人の人狼のうちの片方が吊られたことになる。
ということはあと一人人狼を吊れば村人の勝ちになる。
もしこのゲームで勝てば、あのピエロ男は素直に俺たちを解放してくれるのだろうか。そしてゲーム中で死んだ人は本当に死んだままなのだろうか。また、ピエロ男の真の目的は明らかになるのだろうか。
そんなゲーム終了後のことが脳裏をよぎるが、俺は慌てて気を引き締める。
人狼があと一人とはいえ、狂人もどこかに残っているので勝てるかは分からない。仮に村人陣営がゲームに勝つとしても俺が人狼の襲撃を受けないという保証は全くない。
それにそろそろ局面によっては俺が霊媒師として名乗り出ることも真剣に考慮しなければならない。どのタイミングで名乗り出るのか、あるいはまだ名乗り出ないのが最善なのか。
そんなことを考えつつ、俺はベッドの脇に置いてあった朝食に箸をつける。とはいえ食が進む訳もなく、半分ほど残した。
そして外に出ると、いつものようにぞろぞろと部屋から生徒たちが出てくる。
死者が出ている以上彼ら彼女らの表情も明確に暗い物になっていく。
そんな中、俺は御剣の姿を見て少しだけほっとする。どうやら彼女は今日も無事だったらしい。本物の占い師であることがほぼ確定した以上、襲撃されていてもおかしくはなかったが無事だったらしい。
「おはよう」
「おはよう」
御剣は元からあまり表情の変化が豊かではなかったが、やはり疲れた様子だった。
仮想現実の力で強制的に睡眠をとらされているとはいえ、訳の分からないゲームに参加させられているという疲労感はぬぐえないのだろう。
「良かったわ、どうにか生きて今朝を迎えられて」
そこで俺はふと思う。
神楽は狩人に彼女自身を護衛するよう言っていたが、もしも神楽の発言を狩人も人狼も真に受けて、狩人が神楽を護衛し、人狼が御剣を襲撃したらどうするつもりだったのだろう。
それとも、神楽は一晩に一人しか占えない占い師よりも自分の方が頼りになるとでも思ったのだろうか。
もしくは……神楽も人並みに、もしくは人並み以上に自分の命が惜しかったのか。
正直両方であってもおかしくはないが。
そんなことを考えつつ、俺たちは会議室に集まる。
が、やはり昨日までと違って明確に皆の雰囲気が暗い。
やはり皆疲労が溜まってきたのだろう、と思ったが昨日までとは明確な違いが一つあった。
この意味不明なデスゲームにおいて、常に皆に希望を与えてきたリーダー的存在であった神楽の姿が見えないのだ。
昨日の会議では最後本性を現していたが、それでもあれはあれで頼りになりそうではあった。
そして神楽以外にムードメーカー的な存在はいないため、必然的に雰囲気は暗くなる。
「あの、神楽は……」
誰からともなく俺たちは口にするが、誰も神楽の姿を見た者はいない。
誰かが「部屋を見に行こう」と言ったときだった。
突然、暗くなっていたモニターが光り出す。
「おはようございます、皆さん! 本日、人狼の襲撃によって神楽瑠璃さんが命を落としました」
「!?」
それを聞いて俺たちの間に動揺が広がる。
あの神楽が……というのもあった。
何となくあの神楽ならゲームの最後まで生き延びるんじゃないか、という安心感、もしくは風格のようなものを感じていたがそれは気のせいだったらしい。
また、実は俺たちの中で人狼に襲撃されての死者はこれが初めてであった。初日の田村を除けば、不破も草薙も投票で死んだ。
俺は昨日の夢で実は襲撃が行われていたことを知ったが、皆にはどこか、「実は人狼は襲撃なんてしないのではないか」という期待があったが、それも打ち砕かれたことになる。
そんな訳で俺たちの間には二重の落胆が漂っていた。
そしてそんな俺たちの絶望をあざ笑うように、ピエロ男は陽気な声で告げる。
「では皆さん、神楽瑠璃を襲撃した卑劣な人狼を探し出して投票しましょう」
「狩人の方は神楽さんを護衛しなかったのか!?」
最初に口を開いたのは三坂だった。
彼は責めるように周囲を見回すが、狩人は名乗り出ない。仮に狩人が何らかの理由で神楽以外を護衛してこの結果になったのであれば、申し訳なさのあまり名乗り出ることは出来ないだろう。それに名乗り出ても襲撃される可能性が増えるだけなので名乗り出る意味もない。
もっとも、すでに死んでいる不破や神楽が狩人であった可能性も理論上残ってはいるが。
「神楽さん……一体何でこんなことに」
藤川も陰鬱な声を漏らす。
「桜宮さん、あなた正体を暴かれたから神楽さんを襲ったんじゃないの!?」
普段あまり自分の意見を口にしない甘利も、人狼に襲撃されるという恐怖のせいか、桜宮に対して攻撃的な態度をとっていた。
名指しされた桜宮の表情は一瞬強張ったものの、すぐに毅然とした態度で反論する。
「わ、私は村人です。昨日も神楽さん言ってましたよね? 犯罪をしたことがあるのは草薙さん。よく分からないのが天方さんと籠宮さん。嘘をついているのが私だと。私はただ命が惜しくて嘘をついた村人です」
桜宮の言っていることは一応筋が通っている。
命がかかった人狼である以上、村人が嘘をつかない、というセオリーはあてにならない。
「ふん、どうだか。神楽さんだって結局は人狼に襲われている以上、読みに間違えがあったかもしれないじゃないですか」
「いえ、それはないわ」
甘利に反論したのは御剣だった。
「どうしてですか!?」
「それは昨夜私が桜宮さんを占ったから。草薙君が無実だった以上、嘘をついていた桜宮さんが一番人狼の可能性が高い。そう思って占ったけど、結果は違った。もちろん狂人の可能性はあるけど……ひとまず人狼ではないわ」
「ありがとうございます」
桜宮が御剣にぺこりと頭を下げる。
が、御剣は険しい表情のままだった。
「いえ、私は一番怪しい人を占ったまで。狂人かどうかは知らないけど、これからは余計な嘘はつかないことね」
「は、はい」
御剣の言葉に桜宮は頷く。
狂人であれば確定したのならともかく、そうでない可能性もある以上、ひとまず彼女が吊られる可能性はかなり下がったと言ってよい。
「さて、それで今日の会議だけど」
神楽が死んだ以上、自然と占い師である御剣が会話の中心になっていく。
「現状人狼の可能性が残っているのは、私目線だと天方君、藤川君、三坂君、甘利さん、籠宮さんの五人。私が偽占いで籠宮さんか、もしくは誰かが黙っている可能性もあるけど……それは誰かが名乗り出るまで考えないでおくしかないわ」
草薙が人狼であった以上、俺の中でも御剣が本物の占い師である可能性は限りなく高い。
「ちょっと待て、まさかこの中から誰かを投票しようって言うのか!?」
それを聞いて候補に入っている藤川が絶叫する。
確かに人狼ゲームであれば村人であると確定していないグレーな人物の中からランダムで投票する、という戦法はあるが実際の生死がかかっている時にランダムで指定されるなどということがあっては、投票される者は納得しないだろう。
「だが、草薙を吊ったのに襲撃してきているということは、もう一人の人狼も僕たちを襲う意志があるということだ。このままではいずれ僕たちは全員かみ殺されてしまう。それなら吊るしかないだろう」
三坂が冷静に言う。
「吊るしかないだろうって……じゃあお前が吊られてもいいのか!?」
相変わらず藤川は絶叫する。
生死がかかっている以上必死になるのもやむをえない。
「申し訳ないけど藤川君、ここで投票を行おうと提案する三坂君は若干村人の確率が高いわ」
「そ、そんな! これはゲームじゃないっていうのにそんなゲームみたいなことを言いやがって!」
藤川の言うことはとても人間的であった。
何となく俺は彼が人狼だったとして、そんな器用な嘘をつける人間であるとは思えないが、論理的に判断すれば人狼が投票をやめさせようとしているように見えてしまう。
ここは御剣の言う通りグレーの中から誰かを吊るしかない。
それならここでランダムで吊られてしまうのは俺も嫌だし、村人陣営にとっても良くないことだし、名乗り出るか。
俺はおもむろに手を挙げる。
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